憧れが愛となり、強さへと
アキナ ― 住宅地 ―
トウカ「この!!」
トウカちゃんの足が、私の脇腹を軽く蹴り飛ばした。
ドカッ!
アキナ「キャッ!」
痛みよりも、胸の奥の方が先に揺れた。
アサヒ君の“覚悟”に動揺した、その一瞬の隙を突かれたのだと気づいたのは、地面に手をついたあとだった。
トウカ「だったら望み通り殺してやる!!」
拳銃が持ち上がった瞬間——世界がひっくり返ったように見えた。
アサヒ君が、いつの間にか銃口の前に立っていた。
ゴリ…
額を金属に押しつける音。その音だけが、やけに鮮明だった。
アサヒ「早く撃って!」
静かで、冷たくて、優しさを捨てた声。トウカちゃんが後退る。
トウカ「うぅ…!」
彼女の瞳に映るアサヒ君は、もう“子ども”の形をしていなかった。死ぬことを恐れない人間の影をしていた。
アサヒ「早く!!撃て!!!」
叫びが空気を裂いた。私の心臓も、同じように裂けた気がした。
トウカ「うわぁあ!!」
トウカちゃんが尻餅をつく。銃がカランと転がり、夕陽の色を吸い込んで小さく光った。
——負けたんだ。
トウカちゃんの“殺す覚悟”が、アサヒ君の“死ぬ覚悟”に。
その事実が、私の胸を静かに締めつけた。
トウカ「な、なんでよ…死ぬのが、怖くないの?」
震えていた。まるで、目の前のアサヒ君が“人間ではない何か”に見えているみたいに。もう、殺意なんて残っていなかった。
夕暮れの住宅地は静かで、風の音すら遠かった。その静けさの中で、アサヒ君の声だけがやけに澄んで響いた。
アサヒ「それは、お姉ちゃんたちも同じでしょ?」
トウカ「え?」
トウカちゃんが息を呑む。アサヒ君は、ただ事実を述べるみたいに淡々としていた。
アサヒ「お姉ちゃんたちも、怖いのに戦ってる。それで僕は、何度も、何度も助けてもらった。
だから僕は、その恩を返したい」
彼が微笑んだ。
幼いのに、どこか大人びた、優しい笑顔。
胸が熱くなる。
痛いほどに。
アキナ(やっぱり、この子は戦わせちゃいけない)
アキナ「そんなこと気にしなくていいんだよ!!」
気づいたら叫んでいた。声が震えていたのは、きっと私の方だ。
アキナ「大巫女はみんなを守ることが使命なの!!だからアサヒ君は何も考えなくていいの!!ただ幸せに生きていればいいの!!
守った人たちが安心して暮らせることが、私たちの幸せなの!!その為なら私たちは命をかけることができる!!
それが、大巫女なんだよ!!」
私の叫びを、アサヒ君は正面から受け止めた。そして、同じ強さで返してきた。
アサヒ「お姉ちゃんに守ってもらうことで幸せなんか感じない!!
お姉ちゃんたちが傷付いて、泣いて、失って…それでも笑うことなんて、僕にはできない!!」
誰かに心臓を掴まれたみたいに、胸の奥が酷く痛んだ。
アキナ「それが神に選ばれた私たちの使命なの!!アサヒ君は弱いから、だから!!」
アサヒ「弱いからって逃げたくない!!僕には、僕にできることがあるはずだ!!僕はお姉ちゃんに守ってもらう為に生まれたわけじゃないから!!だから諦めたくない!!」
夕陽が、アサヒ君の横顔を赤く染めていた。その姿は、子どもではなく——覚悟を持った戦士のようだった。
アキナ「どうして、そこまで…」
アサヒ「さっきも言った。僕は、恩を返したい。だけど、僕を命懸けで守って死んだお姉ちゃんたちには、もう返せない。だから、恩送りがしたい。
そうしないと、僕は自信を持てない。
これは、僕の為の戦いでもあるんだ」
アキナ(駄目だ…何を言っても無駄だ)
アサヒ君の覚悟は、もう私たち大巫女と同じ高さにあった。
いや——もしかしたら、それ以上かもしれない。
彼はきっと、数え切れないほど守られて来て、数え切れないほど“死”を見て来た。
本来なら、それは当たり前のこと。
守られる側の子どもなら、誰だってそう。
なのに——
アサヒ君は、それを拒絶している。
怒っているんだ。
この世界そのものに。
守られるだけの自分を許せない世界に。大切な人が消えていくのを見続けるしかない世界に。
その怒りが、彼をここまで連れてきた。
そして私は、
その怒りの強さに、
ほんの少しだけ——震えていた。
アキナ「アサヒ君……守られることは、悪いことじゃないんだよ……
誰かがあなたを守りたいって思うのは、あなたが優しい子だからだよ……
だから、いなくならないで……」
自分でも驚くほど弱い声だった。
風に溶けて消えてしまいそうなほど。
でも、アサヒ君は迷わず答えた。
アサヒ「それはお姉ちゃんも一緒だよ。それなのに、お姉ちゃんは神に選ばれたからって、仲間外れにしたくない。弱いなら、これから強くなればいい。僕は決めた」
その瞳には、もう子どもの迷いはなかった。
私の言葉は、どこにも届いていない。
アキナ(それなら、もう……)
私はアサヒ君の小さな腕を掴んだ。
細いのに、驚くほど温かい腕。
アキナ「アサヒ君、私は貴方の為なら何でもする。だから黙って私に従って。そうしないと、手足を千切って、未来へ連れて行く」
ギリッ
指に力を込める。骨が軋む感触が伝わってくる。
それでも——
アサヒ君の眼差しは、揺らがなかった。
アサヒ「それでも僕は諦めない。だって、誰かを守ることは綺麗だって、お姉ちゃんたちが教えてくれたから。だから、僕はお姉ちゃんたちを守りたい」
アキナ「私たちが、教えてくれた……?」
その瞬間、胸の奥が冷たく沈んだ。
——アサヒ君を狂わせたのは、私たちだったんだ。
私たちの戦い方。
私たちの価値観。
私たちの生き方。
その全部が、アサヒ君の心に焼き付いてしまった。
アキナ(アサヒ君は……私たちの生き方を真似してしまったんだ……)
だから止められない。
自分自身を止めるようなものだから。
でも、そのおかげで——
私はやっと、アサヒ君のことが分かった。
私はアサヒ君を失って三年間苦しかった。
だけどアサヒ君は、何人もの少女に守られて、失い続けてきた。
それを十年以上も、幼い頃からずっと。
私よりも、ずっと深く、ずっと長く、苦しんでいた。
アキナ(だから、死を受け入れることができたんだ。
私たちの為に……)
それがアサヒ君にとっての救い。
なら、私は——
アサヒ「でも僕はお姉ちゃんたちを苦しませたくない。
だから僕を―――」
トウカ「もう、いい……」
トウカちゃんの声が割り込んだ。
アサヒ「え?」
アサヒ君が驚く。
トウカ「今の貴方を殺したところで……」
トウカちゃんは俯いていた。その肩は、小さく震えていた。
彼女もまた、アサヒ君の優しさに打ちのめされたのだ。
アキナ「私も……アサヒ君を未来へ連れて行くのは、諦めるよ」
私は無力感に押されるように、その場を離れようとした。
そのとき——
ミドリ「ちょっと!」
ミドリちゃんが私の腕を掴んだ。
ミドリ「貴女たちはタイムスリップして来たんでしょ!?
それなら、貴女たちがいた時間が変わらないように、私とアサヒの記憶を消しなさいよ!!
その手段があったから私と関わったんでしょ!?」
夕暮れの空気が震えた。




