変えられぬ運命
アサヒ ― 住宅地 ―
アキナ「うわぁああああ!!アサヒ君!!会いたかったよアサヒ君!!」
いきなりだった。
ピンク色のお姉ちゃんが、僕をぎゅううって抱きしめてきた。
アサヒ(えっ……えっ……?)
息ができない。
胸が苦しい。
でも、それよりも――
なんでこのお姉ちゃん、僕の名前知ってるの?
アサヒ(はるかぜ、あさひ……?
名札、読んだだけ……?
でも……なんで泣いてるの……?)
お姉ちゃんの腕は震えていた。僕の服が濡れるくらい、ぽたぽた涙が落ちてきた。
僕は怖かった。
でも、怖いだけじゃなかった。
ぎゅってされるの、久しぶりだった。
お母さんが忙しくて、最近あんまり抱っこしてくれなかったから。
でも、このお姉ちゃんの抱きしめ方は、
なんか違った。
苦しいくらい強くて、
でも離したくないみたいで、
泣きながら笑ってて――
アサヒ(なんで……?なんでこんなに僕のこと……?)
胸がドキドキして、
頭がぐるぐるして、
涙が出そうになった。
お姉ちゃんが、僕から離れた。
アサヒ「……だれ……?」
言った瞬間、お姉ちゃんの体がびくって震えた。
アキナ「……そっか。まだ……知らないよね……」
お姉ちゃんは僕を見て、もっと泣きそうな顔になった。
アサヒ(なんで……?なんでそんな顔するの……?僕、何か悪いことした……?)
分からない。
何も分からない。
でも――
このお姉ちゃんは、僕のことをすごく大事に思ってる。
それだけは分かった。
胸がぎゅっとして、
苦しいのに、あったかかった。
アキナ ― 住宅地 ―
アキナ「よく聞いて、アサヒ君」
私はアサヒ君の小さな肩にそっと手を置いた。その瞬間、彼の体がびくっと震える。
無理もない。
私の声は、きっと今、とても怖い響きをしている。
でも――言わなきゃいけなかった。
アキナ「一年後、あなたの身に……とてもつらいことが起きるの」
言葉を選びながら、喉が痛くなる。本当のことを全部言ってしまえば、この子は壊れてしまう。でも、何も言わなければ、また同じ未来に向かってしまう。
アキナ「あなたの家族も、あなた自身も……
“普通の子ども”が背負うはずのない出来事に巻き込まれるの」
アサヒ君の目が、ゆっくりと揺れた。意味は分かっていない。でも、私が泣きそうなのは伝わってしまったらしい。
アサヒ「……やだ……」
小さな声。
震えていて、頼りなくて、それでも確かに“拒絶”の気持ちがこもっていた。
胸が痛い。
この子はまだ何も知らないのに、それでも“嫌だ”と言える優しさを持っている。
アキナ「だからね、アサヒ君。
私は未来を変える。
あなたを守る。
あなたが“普通の子”として生きられるように」
言いながら、涙がこぼれた。この子の未来を思うだけで、胸が裂けそうになる。
アキナ「あなたは……幸せになっていい子なんだよ」
アサヒ君は、ぽかんとした顔で私を見ていた。理解なんてできるはずがない。
でも――
アサヒ「……おねえちゃん、泣いているの……?」
その一言で、私はもう立っていられなくなりそうだった。
アキナ「お願いアサヒ君……私と一緒に来て?未来なら、貴方を守れるから…」
アサヒ「み、未来?いきなりそんな……」
ミドリ「アキナの言っていることは本当よ」
その声が、まるで冷たい水を頭からかけられたみたいに響いた。
アサヒ君が、ゆっくりとミドリちゃんを見る。
アサヒ「そ、そうなの?」
ミドリ「そうよ。そして、彼女は未来へアサヒを攫って過去を変える……要は過去改変が目的」
私の心なんてどうでもいいみたいに、淡々と話す。
ミドリちゃんはポケットから、私とトウカちゃんの学生証を取り出した。
アキナ(いつの間に……!?)
ミドリ「聞いたことのない学校名。そして入学日が十一年後……明らかにタイムスリップして来たわね。
そして初対面である私の名前を知っているということは、未来では私と知り合っているのかしら?
それなら、私とアサヒとはどういった関係なの?」
アキナ「それは……言えない」
言えるわけがない。
アサヒ君は、私たちのために――
アキナ(……死んだんだよ)
その事実を言えば、アサヒ君はまた戦いを選んでしまう。そんな未来を、私は絶対に許せない。
でも、どう言えばいいのか分からない。胸の奥がぎゅっと縮んで、言葉が出てこない。
私は俯いた。
その時――
トウカ「春風、アサヒ……!」
背後から、震える声がした。
振り返るとトウカちゃんの手には“拳銃”があった。怒りと恐怖と使命感が混ざったような目で、アサヒ君を見据えている。
トウカ「民衆を欺き、アキナさまやトモエさまを惑わせた魔王……!!」
その言葉が落ちた瞬間、空気がひび割れたように感じた。
アキナ(……やめて)
喉が震える。
声が出ない。
アキナ(アサヒ君は……魔王なんかじゃない!!)
でも、言葉にならない。胸の奥に溜め込んだ罪悪感が、喉を塞いでしまう。
アサヒ「ま、おう?」
アサヒ君が小さく首を傾げた。その無邪気な仕草と、トウカちゃんの張り詰めた空気が、同じ空間に存在していることが信じられなかった。
次の瞬間、トウカちゃんの腕が動いた。銃口がアサヒ君へ向く。
アキナ「駄目!!」
気づいた時には、私はもうトウカちゃんに飛び込んでいた。
バァンッ!!
乾いた音が広場に響く。空気が震え、アサヒ君の頬をかすめた風が、私の心臓を掴んだ。
アキナ「殺さないで、トウカちゃん!!」
トウカ「お前さえいなければ!アキナさまを返せぇええ!!」
トウカちゃんの声は怒りでも憎しみでもなく、“泣き叫ぶ子ども”のようだった。
私は神仏合体し、暴れるトウカちゃんを必死に押さえ込む。でも、彼女の視線はただ一つ――
アサヒ君だけを見ていた。
トウカ「行けモンハナシャコ!!大巫女を狂わせた悪魔を殺せ!!」
空気が揺れ、モンハナシャコが巨大化して前へ出る。
ミドリ「させないわよ!!」
不死鳥の光が走り、モンハナシャコの進路を弾き飛ばす。衝撃で床が震えた。
ミドリ「早く逃げなさい、アサヒ!!」
ミドリちゃんの叫びが響く。
でも――
アサヒ君は動かなかった。
アサヒ「大巫女を、狂わせた……?」
その声は、
幼稚園児のものではなかった。
もっと深くて、
もっと静かで、
もっと“覚悟”を知っている声だった。
そして彼は歩き出した。まっすぐ、トウカちゃんの方へ。
ミドリ「ちょっ!? アサヒ!?」
ミドリちゃんが動揺する。
アキナ「早く逃げてアサヒ君!!」
私の声は届かない。アサヒ君は、私を見た。
アサヒ「お姉ちゃん、その人を離して」
アキナ「何を言って……」
アサヒ君の瞳が、私を射抜いた。その瞳は、“死ぬ覚悟を決めた人間”の目だった。
アサヒ「もし、このお姉ちゃんが言っていることが正しいなら……
大巫女の為に、僕はいなくならなきゃいけない」
アキナ「え……?」
その表情は、もう幼稚園児のものじゃなかった。
あの日――
私たちのために死を選んだ、
あの時のアサヒ君と同じ顔。
アキナ(……そうか)
胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。
アキナ(アサヒは……地獄のような人生で狂ったんじゃない。
最初から“誰かのために死ねる子”だったんだ)
その事実が、
私の心を静かに、
確実に、
折っていった。




