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beginning

 アサヒ ― 11年前 幼稚園 ―


 アサヒ「先生は嘘吐きだ!!」


 僕は叫んだ。

 お姉ちゃんたちに。

 今日は大巫女のお姉ちゃんが幼稚園へ遊びに来る日。だけど、いつもの人じゃなかった。別の人たちだった。

 水色の髪をしたお姉ちゃんたちじゃなかった。


 先生「嘘吐きじゃないよアサヒ君」


 先生は困っていたけど、僕は怒り続けた。


 アサヒ「じゃあ何でいつもと違うお姉ちゃんなの!?」


 先生「そ、それはね?前の大巫女さまは、旅だったのよ?長い長い旅に、ね?」


 先生の様子がいつもと変だった。そこで僕は分かった。

 もう、そのお姉ちゃんたちはいない。

 化け物に負けたんだ。そして、代わりのお姉ちゃんたちが来た。


 みんなは喜んでいたけど、僕は何だか嫌だった。


 アサヒ「旅なんて嘘だ!みんな嘘吐きだ!!大っ嫌いだ!!」


 僕は幼稚園を脱走した。


 アサヒ ― 住宅地 ― 


 アサヒ「どこ……ここ……?」


 知らないおうちがいっぱいで、道も分からなくて、胸がぎゅーってしてきた。


 アサヒ「……スマホ……!」


 ポケットをさわったけど、何もなかった。


 ――あ。

 カバン、幼稚園に置いてきちゃったんだ。


 アサヒ「うわぁあああん!!」


 もうダメだと思って、いっぱい泣いた。誰もいないし、誰も来ないし、ひとりぼっちだった。


 アサヒ「どうしよう……どうしよう……」


 そしたら――


 バキバキッ……!


 なんか、ガラスが割れるみたいな、こわい音がした。


 アサヒ「ひっ……!」


 見たら、黒いぐるぐるが道に出てきてた。生きてるみたいに、うごいてた。


 アサヒ「ば、化け物……!?」


 逃げようとした時――


 ドサッ!!


 空から、お姉ちゃんが二人、落ちてきた。


 ピンクの髪のお姉ちゃんが、青い髪のお姉ちゃんをぎゅって抱っこしていた。

 よく見たら、青い髪のお姉ちゃんの服が赤くなってた。


 アサヒ「きゅ、救急車……!呼ばなきゃ……!」


 でもスマホがない。

 カバンもない。


 アサヒ「うわぁああん!!お姉ちゃん死んじゃうぅうう!!」


 どうしたらいいか分からなくて、またいっぱい泣いた。


 そしたら――


 ???「どうしたのよ、ちびっ子。そんなに泣いて」


 黄色い髪のお姉ちゃんが立ってた。短い髪で、強そうで、でもちょっと笑ってた。


 アサヒ「ま、迷子……だけど……!それより、このお姉ちゃんが……!」


 青い髪のお姉ちゃんを指さしたら、黄色い髪のお姉ちゃんはちょっとだけ考えて、にこって笑った。


 黄色い髪のお姉ちゃん「私に任せなさい!!」


 その声がすごく強くて、泣いてたのに、胸がぽっとあったかくなった。


 次の瞬間――


 ボウッ!!


 大きな、火の鳥みたいなのが出てきた。


 アサヒ(……し、神使……!?)


 すごい……って思ったら、その火の鳥がふわって僕の顔を包んできた。


 アサヒ「わっ……!」


 あったかくて、お布団みたいで、ちょっと泣きそうになった。


 黄色い髪のお姉ちゃん「私の治し方は、ちびっ子にはキツいから。そこでじっとね」


 アサヒ「……うん!!」


 元気に返事したら、お姉ちゃんがくすって笑った。


 黄色い髪のお姉ちゃん「いい子ね」


 その声が、すごくやさしくて、胸がぽかぽかした。


 アキナ ― 11年前 住宅地 ―


 アキナ(……あれ?)


 まぶたの裏がじんわりと温かい。誰かが泣いているみたいな気配がして、私はゆっくり目を開けた。

 視界の中に、小さな影があった。


 幼稚園の制服。

 名札。

 震える肩。

 大きな瞳。


 ――そんなはず、ない。


 アキナ「……はるかぜ、あさひ……?」


 目の前の名札を声に出した瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 だって、そこにいたのは――


 あまりにも幼いアサヒ君だった。


 信じられなかった。

 こんなに小さくて、こんなに無防備で、こんなに世界の残酷さを知らない顔で。

 でも、面影は確かにそこにあった。私が知っている、あの子の“優しさの形”が。

 気づいたら、私はその小さな体を抱きしめていた。


 アキナ「うわぁああああ!!アサヒ君……アサヒ君……!!会いたかった……ずっと……!」


 声が勝手に震えて、涙が止まらなかった。喉が痛いのに、叫ばずにはいられなかった。


 だって――


 生きている。

 息をしている。

 こんなに小さいのに、ちゃんとここにいる。


 それだけで、胸が壊れそうだった。


 私の腕の中でアサヒ君が小さく息を詰まらせる。

 苦しいよね、ごめんね。

 でも離したくなかった。


 だって私は知っている。


 この子が、

 どれだけの痛みを背負って、

 どれだけの孤独を抱えて、

 どれだけの絶望の中で笑っていたか。


 私は知っている。

 全部、全部知っている。


 だから――


 こんなに小さなアサヒ君を前にしたら、もう二度と、あの未来に戻したくない。


 胸の奥が焼けるみたいに痛くて、

 でもその痛みが愛おしくて、

 私はただ、泣きながら抱きしめ続けた。


 ????「あら?もしかして感動の再会かしら?」


 その声を聞いた瞬間、背筋がぞわりと震えた。


 懐かしい。

 でも、ありえない。

 だって――


 アキナ「ミドリ、ちゃん……?」


 振り向いた先に立っていたのは、

 大空ミドリ。


 平安の昔から生き続け、

 不死鳥の力で年を取らない少女。

 そして――三年前に、確かに死んだはずの子。


 私は息を呑んだ。目の前の光景が、現実だと信じられなかった。まるで、死んだはずの友達が、何事もなかったように立っている。

 そんな悪い夢みたいだった。


 ミドリ「だけどもうその子から離れたら?胸の中で窒息死するわよ?」


 ミドリちゃんが、私の胸元を指差した。


 私の腕の中で、アサヒ君が小さな手足をばたつかせていた。


 アサヒ「しっ、死むぅ……」


 アキナ「わああああっ!!ごめんアサヒ君!!」


 慌てて腕をほどくと、アサヒ君はぜぇぜぇと息をして、涙目で私を見上げた。


 胸が痛んだ。

 嬉しさと、罪悪感と、恐怖が全部混ざって、心がぐちゃぐちゃになりそうだった。


 ミドリ「ちなみに大事そうに抱いていた青髪の子は、死にそうだったから治しておいたわよ」


 その言葉で、私はようやく“現実”に引き戻された。


 青髪の子――トウカちゃん。


 私は慌てて隣を見る。さっきまで血まみれで苦しんでいたはずの彼女が、今は静かに眠っていた。

 呼吸は穏やかで、背中の深い傷も、跡形もなく消えていた。


 アキナ「……良かったぁ……」


 胸の奥がじんわりと温かくなって、そのまま崩れ落ちそうになった。


 助かった。

 本当に助かった。


 でも――


 私は、ちいさなアサヒ君を見つめた。


 本来なら――

 三年前に戻るはずだった。

 あの時、あの場所で、彼を救える“ぎりぎりの地点”へ。


 でも、何かが狂った。

 時の流れが歪んで、

 彼はもっと前へ、もっと幼い頃へ落ちてしまった。


 ……だけど。


 アキナ(これで、良かったのかもしれない)


 だって、この子はまだ何も知らない。

 世界の残酷さも、

 人の嘘も、

 自分の価値も、

 誰かを守るために死ぬ未来も。


 知らないままでいい。

 知らないまま、生きてほしい。


 私は知っている。

 一年後、この子に何が起きるのか。


 両親は殺される。

 研究機関に連れ去られる。

 “人間兵器”を作るための実験台にされる。

 失敗作と呼ばれ、

 大人たちの玩具にされ、

 心を壊され、

 それでも――


 私たちを守るために、魔王の役を演じて死ぬ。


 そんな未来を、この小さな手に背負わせるなんて。


 アキナ(そんなの……許せるわけない)


 私はそっとアサヒ君の頬に触れた。まだ柔らかくて、温かくて、世界の痛みなんて何ひとつ知らない顔。


 この子は、

 泣きながら誰かを助けようとする子だ。

 自分が怖くても、逃げても、

 それでも誰かのために泣ける子だ。


 そんな優しい子を、

 世界が壊す未来なんて――

 私は絶対に認めない。


 アキナ(未来が変わってもいい。

 世界が歪んでもいい。

 私が間違ってもいい。

 それでも私は、アサヒ君を守る)


 普通の子みたいに、

 笑って、泣いて、

 友達を作って、

 誰かに抱きしめられて、

 当たり前の幸せを知って――


 そんな人生を、この子にあげたい。


 たとえ、

 その選択が“世界の運命”を壊すことになっても。


 私は迷わない。


 アキナ(アサヒ君。

 今度こそ、あなたを救うから)


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