神武剣流奥義「天陽地照」
トウカ ー 廃墟の旅館・1階ロビー ー
トウカ「だ、だけどそのゴブリンが嘘を吐いている可能性だってあるでしょ!?」
アサコ「いいや。それなら俺が来た時に、すぐに時を止めて誰かの身体を乗っ取っていたはずだ」
……冷静すぎる。
私の方なんて一瞥もせずに、アサコはゴブリンマスターを見据えたまま。
その目が、いつもと違う。
ゴブリンマスター「何を、企んでいる」
無くなった右腕を押さえながら睨みつけてくるけど、顔は汗だらけ。
声も震えてる。
……怯えてる。アサコに。
アサコ「お前たちの遊び部屋を見たよ。女子供が惨殺された死体ばかりだった」
その声は低くて、静かで、
でも、底が見えないくらい冷たかった。
アサコ「無残に弄ばれて……死んでいった命。それはもう、戻らない。
ならばせめて、彼らが僅かでも安らかに眠れるように、手向けをしないとな。
無論、お前に肉体を支配されてしまった少女たちも含めて、な」
……空気が、変わった。
トウカ(こっ、怖い……)
背筋が凍るって、こういうこと?
呼吸が浅くなる。心臓が跳ねる。
アサコのあの目――
初めて見た。
ふざけた態度も、軽口も、全部消えて。
そこにいたのは、
ただの“剣士”だった。
ズン、ズン……
アサコがロビーの中央へ歩いていく。
足音が、やけに重く響く。
アサコ「本当なら右腕じゃなくて首を斬っても良かったんだ。だけど、お前には最大の屈辱を与えたくてな。下等生物と馬鹿にした人間の武術によって死ね。そしてその現実に絶望しろ。
とは言っても、その後悔はあの世ですることになるがな」
……なにそのセリフ。
どこの時代劇よ。
でも、誰も笑わなかった。
私も、笑えなかった。
ゴブリンマスターが薬を一気飲みして、アサコの前に立つ。
トウカ「ゴブリンマスターの魔力が、跳ね上がって…」
アキナさまは、そんな私の不安を見透かしたように微笑んだ。
アキナ「大丈夫だよ。アサコさんが勝つから」
……その言い方、なんかズルい。
トウカ「えっ、でも……」
アキナ「実はね、アサコさんには最強の奥義があるの。それはあらゆる現象を切り裂くと言われている抜刀術」
トウカ「なにそれ初耳なんですけど!?」
アキナ「そっか。トウカは初めて見るよね。私も、初めて見たときは驚いたな。だって、影しか残らないんだもん」
トウカ「か、げ……?」
アキナ「見れば分かるよ。見えれば、だけどね」
え、なんですかその言い方。
なんかもう、“見えたら負け”みたいな空気出してるんですけど!?
そう言って、アキナさまは神仏合体を発動。
鬼神の姿になって、旭道三段。
赤いオーラが私たちを包み込む。
トウカ「これは……?」
アキナ「いろいろ危険な奥義だからね」
……いや、待って。
そんな“いろいろ”で済ませていいレベルじゃないでしょ!?
なんなのよこの人たち!
なんで私だけ、常識人ポジションなのよ!!
ザッ
アサコとゴブリンマスターがロビーの中央で向かい合う。
空気が、ピンと張り詰めた。
ゴブリンマスター「くぅ……」
拳を握りしめて全身を震わせてる。でも、それは怒りじゃない。
トウカ(……怯えてる)
アサコの視線に、圧されてる。目を合わせたら最後、心を見透かされるような――そんな目。
ゴブリンマスター「な、なんだこの圧……!? こいつ、本当に人間か……!?」
それ、こっちのセリフなんだけど。
アサコが、刀を鞘に収めた。
抜刀の構え。
トウカ(え、今から抜くの?この距離で?)
アサコ「どうした?早く来いよ。下等生物が嫌いなんだろ?」
ゴブリンマスター「うぐ……!」
空気が、さらに重くなる。
肌がピリピリする。
トウカ(きっと、いつでも抜ける。でも、あえて抜かない。“お前の攻撃なんて、見切ってる”って――)
ゴブリンマスター「きっ!貴様ら下等生物は我らに殺されるのを感謝べきなのだ!!」
アサコ「こっちから行っていい?」
ゴブリンマスター「うぐっ!?」
一歩、後ずさるゴブリンマスター。
トウカ(……え、逃げ腰?)
まるで、鼠と恐竜。
いや、違う。
恐竜っていうか――
災厄。
ゴブリンマスター「に、人間風情がぁあああああ!!タイムストップ!!」
その瞬間、私は息を呑んだ。
トウカ(アサコ……)
ずっと、ふざけてて、
空気読まなくて、
女子高生ナンパしてたくせに。
でも今、目の前にいるのは――
トウカ(私が見てたアサコは、ほんの一部……)
いいえ。
トウカ(もしかして、これが“本当のアサコ”なの?)
だとしたら――
トウカ(いったい、何者なのよ……)
ブシャァアアアアアアアアッ!!!
アサコの全身から、血が噴き出した。
トウカ「っ……!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。でも、次の瞬間には理解した。
ゴブリンマスターが、時を止めて――
アサコを、切り刻んだ。
それだけじゃない。
剣、槍、ナイフ、斧。
ありとあらゆる武器がアサコの身体に突き刺さっていた。
トウカ「こいつ……時間を止めてる間に、武器をかき集めてたのね!!」
アキナ「それに、目と耳も刺されて潰されている」
トウカ「えええええ!?なんでそんな冷静なんですかアキナさま!!」
トウカ(アサコの馬鹿っ!!カッコつけるからそうなるのよ!!)
私は駆け出そうとした。
でも――
アキナさまに、腕を掴まれて止められた。
トウカ「アキナさま……?」
アキナ「大丈夫。まだ勝負は終わっていないから」
トウカ「……終わって、いない?」
何言ってるの?
アサコは全身血まみれで、
両目も、耳も、潰されて――
だけど、それでも微動だにせず、石像みたいにそこに立っていた。
トウカ(……嘘でしょ)
普通なら、痛みで叫ぶ。
倒れる。
意識を失う。
でもアサコは、動かない。
ゴブリンマスター「ぎゃははははは!!どうだ!!これでもうお前は何もできない!!」
ゴブリンマスターがお腹を抱えて大笑いしてた、その時――
カッ!
世界が、一瞬で白に染まった。
次の瞬間、太陽みたいな光が炸裂して――
その刹那、すべてが終わっていた。
トウカ「うっ……!」
目が、焼ける。
頭がグラグラする。
吐き気がこみ上げてきて、膝が崩れそうになった。
でも、アキナさまが支えてくれた。
アキナ「ごめんね。なるべく距離を取って、鬼神の旭道三段なら旭光から守れるかと思ったけど、トウカちゃんも神仏合体しないと駄目みたいだね」
トウカ(神仏合体しないと駄目!?)
いやいやいや、見るだけで!?
私、まだ神仏合体できないし、モンハナシャコも再生中だし、寿量も使えないけど…それでも光を見るだけで駄目なの!?アキナさまの赤いオーラに守られていたのに!?
トウカ「だ、大丈夫です……それより、いったい何が……」
目を擦って、必死に焦点を合わせる。
……いない。
ゴブリンマスターが、いない。
トウカ「あれ?ゴブリンマスターは……?」
そこにいたのは、アサコ。
刀を振り切った直後の姿勢で、静かに立っていた。
アキナ「ゴブリンマスターの肉体は、アサコさんの抜刀の速さに耐え切れなくて蒸発したの。陽に焼かれたように。影だけを残して」
トウカ「え……?」
よく見ると、床に――
黒い影が、くっきりと焼き付いていた。
それと、アサコの刀。
刃が……ない。
トウカ「え?どうしてアサコの刀が……?」
アキナ「それはね。アサコさんの抜刀があまりにも速すぎて、刀が溶けたんだよ。
刀身が空気との摩擦で発火して、分子レベルで崩壊したの」
トウカ「と、とけた……?」
もう、何もかもが意味不明。
でも、アキナさまはさらっと続けた。
アキナ「アサコさんが使った抜刀術……それは天陽地照。彼女が作った初めての神武剣流の抜刀術。おそらく、史上最速の技だよ」
トウカ(……いやいやいやいや)
何それ。
何その中二病みたいな名前。
何その“見たら死ぬ”みたいな技。
……でも。
目の前の光景が、全部それを肯定してた。
影だけを残して消えた敵。
刃を失った刀。
そして、
何事もなかったみたいに立ってるアサコ。




