馬鹿が天井から落ちてきた
アキナ ― 廃墟の旅館・1階ロビー ―
ゴブリンマスター「この娘を失いたくなければ……お前の身体を寄越せ」
少女の姿をしたゴブリンが、歪んだ笑みを浮かべる。トウカちゃんは血に染まりながら、私に懇願した。
トウカ「アキナさま!こんな奴の言うことなんて無視してください!!私ごと、こいつにトドメを!!」
ゴブリンマスター「黙れ!!」
銃口が彼女の頬に押し当てられる。
けれど私は――
アキナ「……いいよ」
トウカ「……え?」
私は迷わなかった。
その言葉に、トウカちゃんの目が大きく見開かれる。
アキナ(そうだよね。驚くよね。でも……ごめんね)
私の身体を奪ったところでどうせ長くはもたない。トモエさんがすぐに処理する。彼女は私が“死にたがっている”ことを知っているから、私の肉体でも容赦はしない。
アキナ(ああ……よかった)
ようやく、終われる。
アサヒ君のもとへ行ける。
アサヒ君に会える永祈の儀なんて、もう待てない。
早く会いたい。
ゴブリンマスター「それならまずはその形態を解いてもらおうか!!お前に“時止め”を破壊されては困るからな!」
シュン――
私は迷うことなく神仏合体と旭道を解除した。鬼神の力を手放し、ただの少女に戻る。
トウカ「まっ、待ってくださいアキナさま!!そんなことしたら……死んでしまうんですよ!?」
彼女の声が震えていた。
私は、微笑んだ。
アキナ「でもトウカちゃんは助かるでしょ?」
誰かを守って死ねばアサヒ君に怒られない。
“頑張った”って、胸を張れる。
私は両手を広げ、無防備に立った。
アキナ「さあ……好きにして」
ゴブリンマスター「げっへっへっへっ! 馬鹿な奴!!これで破壊神の力は俺のものだ!!」
トウカ「いや……いやぁああああ!!」
彼女が必死に身体を揺らす。けれど、動かない。筋肉は切り裂かれ、アキレス腱も断たれていた。もう、戦えない。
アキナ(私は鬼神になっていたから、軽傷で済んだ。だけどトウカちゃんは……このままだと出血死するかも。でも、トモエさんが何とかする。きっと)
トウカ「こんなのいや!!殺して!!誰か私を!殺してぇえええ!!!」
彼女の絶叫がロビーに響く。
けれど何も変わらない。
誰も動けなかった。誰も、声を出さなかった。そのとき――――
ドガァアアンッ!!
天井が崩れた瞬間、空気が変わった。瓦礫とともに何かが落ちてきた。煙が立ち込み、視界が白く染まる。
ゴブリンマスター「なっ、なんだ!?」
トウカ「へ……?」
アキナ「……?」
煙が晴れた先には神々しい鎧を纏った、巨大なゴブリンの亡骸があった。その上にひとりの少女が立っていた。
アサコさんだった。熱と血の匂いを切り裂くように、彼女は降ってきた
アサコ「アキナ〜……人質、全員解放したよ……。地下から屋上まで、ゴブリンも全員狩っといた……。ロビーの分だけ残ってるけど……マジで疲れた。トウカいないから、全部ひとりでやる羽目になったんだけど……」
息切れを起こしながら話すアサコに、誰もが言葉を失っていた。時間が止まったように、世界が静まり返る。しばらくしてアサコがぽつりと呟いた。
アサコ「……いやいやいや、何この空気。私がいない間に何が起きたの?」
トウカ ー 廃墟の旅館・1階ロビー ー
馬鹿が天井から落ちてきた。
秋山アサコ。
この人、ほんと空気読まない。いや、読めるけど読まない。読んだ上で敢えてぶっ壊すタイプ。
例えばさ、ちょっとモテるからって嫉妬してきた女子たちを、「Up up high!」って叫びながら雲のところまで高い高いしてたことがあって。
しかも外で。全力で。
結果? 全員気絶。以降、嫉妬して来た奴らは彼女に近づかなくなった。そりゃそうだ。
あと「女子高生好き」とか言って補習サボってナンパしに行ったり。
いや意味わかんないでしょ? 女子高生が女子高生ナンパしてどうすんの。あんたも女子高生じゃん。
……ほんと、迷惑。
クラスの子たちは「アサコ君ってイケメンだよね〜」とか言ってるけど、私にはただの“女の皮を被ったスケベジジィ”にしか見えない。
まあ、普段は静かだし、セクハラとかしてこないからマシだけど。それでも私は好きじゃない。
だって、アサコは“第一特別部隊”の看板を背負ってるのに、そのイメージをぶち壊してくるんだもん。アキナさまの部隊なのに、あんなのがいるってだけで恥ずかしい。
……でもね。
今だけは、ほんとに、助かった。
アサコ「何で女の子がトウカを人質にしてるの?それにアキナが鬼神を解いてるし、その女の子の手がガトリング砲になってるし…、マジで状況が分からないんだけど」
そう言いながらあいつは刀をしまって、顎に指を当てて首をかしげた。
……は?
何そのポーズ。何その余裕。こっちは今、命かかってんだけど!?
トウカ(ムカつくわねこいつ!!)
トウカ「見て分かるでしょ!!この女の子はゴブリンマスターなのよ!!」
アサコ「え?どこが?」
いやいやいやいや、どこがって何!?そのまま警戒ゼロで近づいていくし!
トウカ「どこって…」
ゴブリンマスター「助けて下さい!!私、遠隔操作でゴブリンマスターに操られているんです!!魔法も解くことができなくて、どうすればいいのか分からないんです!!」
涙まで流して完璧な“被害者”の演技。
トウカ(……くっそ、やられる)
アサコは私が人質に取られた瞬間も、
アキナさまが鬼神を解いた理由も、
何一つ見てない。
だからあの女がただの“怯えた少女”に見えるんだ。
でも違う。あいつはゴブリンマスター。腕のガトリングも魔法で強制的に使わされてるって言えば説明がつく。
そう、全部“演技”。
ゴブリンマスター「くくく……来たばかりの人間がお前らのことを信じるわけないだろ。このままアキナの肉体を貰う」
ゴブリンマスターが耳元で囁く。
光り出す身体。
……間に合わない。
私はアキナさまを見た。
だけど――
その顔は落ち着いていて。それどころか、少しだけ……ガッカリしてるように見えた。
トウカ(え?どうして、そのような顔を?)
……まるで、“信じてなかったわけじゃないけど、やっぱりか”って。
アキナさまの顔が、そう言ってた。その瞬間だった。
――閃光。
世界が一瞬、白く染まって。
ゴブリンマスター「へ……?」
見れば、あの女の右腕が――
斬り落とされてた。
アサコ「よっと」
え、何?
いつの間に?
アサコは私をひょいっと抱えてアキナさまの元へ。その動きがあまりにも自然で、まるで最初からそうするって決まってたみたいだった。
でも、さっき刀しまってたよね?
今は、右手にしっかり握ってる。
しかも、刃には――
血。
ゴブリンマスター「うぎゃあああああああ!!痛いぃいいい!!なんで!?なんでこんなことにぃいい!!」
アサコ「泣くなよ。お前がやってきたこと、全部返してやってるだけだ」
その声はいつも通りだった。ふざけてるようで、どこか冷たくて、でも、ちゃんと怒ってた。
アサコ「1匹の王様っぽいゴブリンをさ、拷問してお前の魔法を吐かせた。少し痛めつけただけでペラペラと話してくれたよ。勿論その後はきっちり始末したけど」
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アサコ ー ゴブリン遊び部屋 ー
アサコ「時間停止と自身の肉体の変形…そして他者の身体を乗っ取る、ね…」
薄暗い部屋に血の匂いが染みついていた。壁には数多の人間用の拷問器具、床には焼け焦げた魔法陣。その中央でゴブリンキングが這いつくばっていた。
両足は、もう無い。切断面からは血が流れている。
私は何も言わずにその前に立っていた。刀は鞘に収めたまま。ただじっと見下ろしていた。
アサコ「……なあ、痛いのは嫌だろ?」
天気の話でもするような調子で穏やかに話す。
アサコ「だったら、喋れよ。ゴブリンマスターの弱点もさ」
ゴブリンキング「ひ、ひぃ……! 言う、言うから!魔法は一つしか使えない!同時には無理ゴフ!!」
その瞬間、表情がわずかに緩んだ。勿論それは笑顔ではない。目的を果たした時の顔だ。
アサコ「ありがと」
一歩、踏み出す。
アサコ「じゃ、もう喋らなくていいよ。耳障りで目障りだから」
刃が抜いた瞬間――――
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……ああ、そうか。
アサコ、最初から分かってたんだ。
ふざけてるように見えて、
全部見てて、全部計算して、
それで――
私たちを助けたんだ。
……くそ、なんなのよ。認めたくないのに、認めちゃいそうでムカつく。
ちょっとだけ、
ほんのちょっとだけ、
カッコいいって思っちゃったじゃない。
ゴブリンマスター「ご、拷問だと!?貴様ァ!そんな惨いことをするとは!!下等生物風情が調子に乗るな!!」
アサコ「悔しい?それなら…魔法を使えよ」
そう言ってアサコはゴブリン親衛隊の死体から、
回復薬と魔力増幅薬を拾い上げて――
ゴブリンマスターに、投げた。
アサコ「早く飲めよ。それなら片腕が無いっていうハンデも無いだろ?今から決闘ってやつだよ」
トウカ(……は?)
何言ってんの、あんた。
こっちはさっきまで人質だったんだけど!?しかも相手はゴブリンマスターよ!?
時間止めて、洗脳して、肉体乗っ取って――
そんな奴に、薬渡して、魔力まで回復させて、
「決闘」って。
何それ。
頭おかしいんじゃないの?
……でも。
アサコの目は、笑ってなかった。瞳の奥に、何か冷たいものが見えた。
トウカ(あいつ、本気だ)
ゴブリンマスターのプライドを完膚なきまで叩き潰すために…
正面から、斬る。
それがアサコのやり方なんだ。
……くそ、
なんであんたが一番、
“武人”してんのよ。




