戦乙女の弱点
アマネ ― 岐阜城 ―
外に出た瞬間、空気が変わった。
ゴォオオオオッ!!
炎が山肌を舐め、煙が空を押しつぶすように広がっていた。熱気が皮膚にまとわりつき、息を吸うたびに喉が焼ける。
アマネ(岐阜城は結界で守られている。だけど、このままだと町まで燃え広がる…すぐに消さないと)
チハヤ「炎と煙が邪魔で何も見えないよぉお!!」
ナミカ「アサヒクローンは何をやっているの!?」
マヤ「この炎、普通じゃない!!」
アマネ(チハヤ、ナミカ、マヤがパニックになっている。早く指示を……)
アマネ「みんな、まずは火を――」
カッ!
みんなに指示を出そうとした時だった。突然、空が光り出した。
チハヤ「みんな危ない!!」
チハヤの手が私たちの背中を押し、視界が地面に倒れ込むように傾く。
アマネ「うっ!」
ナミカ「きゃっ!」
マヤ「痛ァアッ!!」
私たちが倒れ込んだ瞬間、無数の光がチハヤを襲った。
ドガガガガガッ!!
光がチハヤの位置を飲み込んだ。音だけがやけに乾いていた。
光が降ってきたのだ。
雨のように、ためらいもなく。
アマネ「チハヤ!?」
駆け寄ろうとした瞬間、ナミカが腕を掴む。
ナミカ「だめです!あそこは……!」
マヤ「増殖連鎖ッ!!」
パチパチパチッ!
透明な屋根が頭上に広がり、光がその表面で弾ける。
カンッ、カンッ、と金属のような音が響く。
アマネ「チハヤ……!」
ナミカ「大丈夫ですかチハヤ!?」
チハヤは全身傷だらけで仰向けに倒れていた。寿量は感じられず、隼もいない。
ナミカ「ひ、酷い…」
アマネ「誰が、こんな…」
チハヤの息があるのかどうかも分からない。ただ、そこに“倒れている”という事実だけがあった。
マヤ「早くこっちに戻って!この術、長くは――」
ピタッ
光の雨が止まった。
マヤ「止まった?」
ダァンッ!!
乾いた破裂音。
マヤが頭を撃たれて倒れた。理由も、方向も、何が起きたのかも分からない。
アマネ(ど、どこから……攻撃が……?)
耳の奥がキィンと鳴って、周りの音が全部、遠くへ押しやられたみたいだった。
炎の音も、風の音も、ぜんぶ薄くなっていくのに、自分の心臓の音だけが、やけに大きい。
ドクン……ドクン……
アマネ(寿量も……魔力も……何も感じない……
こんなの……ありえない……)
その瞬間、背中に冷たいものが走る。私はナミカに手を伸ばした。
アマネ「伏せるんだナミカ!どこからか狙撃されて――」
ザンッ!
空気が裂けたような音がした。その音が、妙にゆっくり耳に届く。
ナミカが斬られた。
ナミカ「わ、たし…」
ドサ…
倒れる音が、やけに静かだった。静かすぎて、逆に怖かった。
アマネ(な……何……?
何が……起きて……?)
視界の端に“黄色い何か”が刀を持って立っていた。
人の形をしている。
でも、人じゃない。
魔物でもない。
ただ、そこに“立っている”という事実だけが、異様だった。
アマネ(寿量も……魔力も……反応がない……
どうして……?どうして……?)
頭がうまく働かない。考えようとすると、思考が霧の中に沈んでいく。
気づいたら、私は尻餅をついていた。地面の冷たさが、逆に現実味を奪っていく。
アマネ(怖い……怖い……怖い……)
空を見上げると、色違いの“同じ形”が並んでいた。
赤。
青。
緑。
まるで、誰かが並べたおもちゃが、突然こちらを見ているような不気味さ。
アマネ(何……これ……
どうして……こんな……)
私は鷹を呼び、小型シンバルを形成した。でも、手が震えて、構えることができない。
カタ……カタ……。
自分の震える音だけが、耳に残る。
アマネ(怖い……怖い……!
こんなの……知らない……)
黄色い“それ”は、動かない。ただ、こちらを見ている。
まるで――
“合図を待っている”
そんな風に。
その沈黙が、炎よりも怖かった。
バチンッ!!
青い電流が視界を裂いた。その瞬間、黄色い戦闘マシンが“反射”のように後退する。
マカナ「大丈夫かアマネ!!」
声が届いたのに、現実感がなかった。炎の赤と電気の青が混ざって、世界がぐらぐら揺れて見える。
そこには大天狗の姿になったマカナ隊長が立っていた。青い電気が、彼女の周りでパチパチと跳ねている。
アマネ「マカナ……隊長……?」
自分の声が、自分のものじゃないみたいに震えていた。
だって――私は、ついさっきまで彼女を殺そうとしていたのに。
アマネ(本当に……味方になってくれたんだ……?)
マカナ「安心しろ!私だけではない!ヒマリもいる!」
その言葉は力強かった。でも、その力強さが、逆に“何か”を刺激した。
カチッ
黄色い戦闘マシンの首が、ゆっくりとこちらを向いた。その動きが妙に“人間くさくて”、逆に怖かった。
黄色い戦闘マシン「ヒマリもいるのか?どこかに化けて隠れているのかな?よぉしよし……出るものが出た」
アマネ「……え?話せるの……?」
声が震えていた。喉が乾いて、うまく息が吸えない。
黄色い“それ”は、楽しそうに肩を揺らした。笑っているように見えた。でも、そこには感情がなかった。ただ、“楽しそうな動作”だけが貼り付けられているみたいだった。
アマネ(やだ……やだ……
なんで……そんな風に……)
黄色い戦闘マシンが、刀を空に突き上げる。
黄色い戦闘マシン「ここで大巫女の神術監を倒し、我らの正義を世界へ見せつけるのだぁあああ!!!」
その声は、どこか“ズレて”いた。
叫んでいるのに、温度がない。
怒っているのに、怒気がない。
ただ、“叫ぶという行為”だけがそこにあった。
オオオオオオッ!!
周囲の色違いの機体たちが一斉に応える。その声は炎の音よりも冷たく、風の音よりも不気味だった。
アマネ(やだ……やだ……
こんなの……知らない……)
膝が勝手に震える。手の中の小型シンバルが、カタカタと音を立てる。
カタ……カタ……カタ……
その小さな音が、この場で一番“生きている音”に思えた。
旭将軍 ― 岐阜城・一階―
旭将軍(広いな…ここまで増築したのか)
階段の踊り場に立った瞬間、城内の空気がわずかに揺れた。
旭将軍(マカナとヒマリは外へ出た……つまり、ここに残る戦力は魔族とアキナのみ。
戦場の布陣が、こちらに都合よく“整った”というわけだ)
口元が自然と歪む。笑おうとしたわけではない。ただ、状況があまりにも“予定通り”だっただけだ。
旭将軍「大巫女のような勇猛な少女は個人戦闘力に依存しすぎる。故に戦場の全体像を見ない。それが致命的だ」
言葉は独り言のように静かだった。だが、その静けさの奥には戦場を俯瞰する者だけが持つ確信があった。
旭将軍「強さは戦場の一要素に過ぎん。
戦場とは、地形、環境、精神、兵站、士気、指揮系統……
それらすべてを同時に支配した者が勝つ」
階段の下から、冷たい風が吹き上がる。地下そのものが、俺を誘っているかのように。
旭将軍(個の力に頼る少女たちは戦場という“複雑系”に飲まれる。
彼女たちは戦闘の天才だが……戦争においてはあまりにも無垢だ)
足音が石段に吸い込まれていく。
コツ……コツ……
その音が、やけに心地よかった。
旭将軍(天の巳が俺を呼んでいる……?
理由は分からん。だが、過去を変えるわけにはいかない)
迷いはない。
俺は静かに、しかし確実に、
地下へと歩を進めた。




