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怪訝

 アマネ ― 岐阜城・地下3階広場 ―


 まさか、スニーアが本当にアキナさまを仲間にするとは思わなかった。

 いや、正確には――

「そうなってもおかしくない」と頭では理解していたけれど、

 実際に目の前で起きると、現実味がなかった。


 それだけじゃない。

 あのマカナ隊長とヒマリさままで、当然のようにここへ来た。


 地下三階の広場は湿った鉄の匂いが漂っている。壁面には配管がむき出しで、冷却液の流れる音が絶えず響いていた。この場所は、城というより工場の地下に近い。

 研究員がタイムマシンの説明をしている。お母さんとアキナさまに向けて。


 私は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。


 お母さんは政治家で、党内に派閥を持つほどの権力者だ。その財力で作らせたのが、目の前のタイムマシン。


 鋼鉄製の巨大な四角柱。

 溶接跡もリベットもむき出しで“急造品です”と自己紹介しているような外観。

 外骨格フレームが柱を囲み、そこにケーブル、冷却管、油圧シリンダーが這っている。まるで、巨大な人工生物の骨格を見ているようだった。


 透明な液体の入ったカプセルに天の巳を沈め、それを起動すると時空の切れ目が開く。そこへ入れば、過去へ行ける。

天の巳には、“時間遡行を起動するための鍵(触媒)としての能力”は持っているらしい。


 行き先は――

 前創造神がアサヒに暗殺される瞬間。


 アキナさまは「アサヒの保護」を条件に前創造神の保護に協力すると言っていた。


 だが、それは無理だ。


 アサヒは魔王であり、女性社会を崩壊させる危険分子。そんな存在を、お母さんが許すはずがない。


 きっと――

 条件を受け入れたフリをして後で静かに処理するつもりだ。


 この世界では「正義」も「愛」も「理想」も全部、政治の前では紙切れみたいに軽い。私はそのことを、誰よりもよく知っている。


 だからアキナさまの願いが叶う未来なんて、最初から存在しない。

 ただ、本人だけがまだ気づいていないだけだ。


 マヤ「やったね、アマネ。これで元の女尊男卑に戻れる」


 マヤが嬉しそうに私の背中を軽く叩いた。その軽さとは裏腹に、言葉の重さはずしりと響く。

 トモエさまより前の創造神は、女性の地位を高くしてくれていた。そのおかげで多くの女性が男から守られてきた。それは事実だし、私たちにとっては“当然の世界”だった。


 ナミカ「これで男共からストーカーされずに済みます。今のストーカー規制法は前よりも男に配慮し過ぎて怖いです。前創造神さまの頃は、被害者がストーカーだと判断したら男をすぐに死刑で済ませてくれましたから、安心でした。早く戻して欲しいです」


 ナミカが疲れたようにため息を吐く。その吐息には、長年の恐怖と嫌悪が染みついていた。


 マヤ「私は男の実験器具の雑な扱いにイラつく経験が多かったからね。だから調子に乗らせたくないんだよね〜」


 チハヤ「私は男の人が怖いからなー」


 マヤとチハヤは苦笑いを浮かべた。その笑みは柔らかいのに、どこか乾いている。

 彼女たちも男に酷いことをされた経験があって嫌っている。

 それは、ここにいる誰もが知っている事実だ。


 私は彼女たちの声を聞きながら視線をタイムマシンへ向けた。


 鋼鉄の四角柱。

 むき出しの溶接跡。

 外骨格フレームに絡みつくケーブルと冷却管。

 油圧シリンダーが低く唸り、透明な液体の中で天の巳が静かに揺れている。


 この装置が動けば、世界は“元に戻る”。再び女性が安心できる時代に戻れる。そう、お母さんが言っていた。

 その為に、私はここまで来た。

 ここまでやってきた。


 そして――

 もうすぐで、それが叶う。


 胸の奥で、静かに熱が灯る。

 それは希望というより、“当然の未来を取り戻す”という確信に近かった。


 ドガァアアアアアンッ!!


 爆音が地下広場を揺らした。鉄骨が軋み、天井の粉塵がぱらぱらと落ちてくる。


 チハヤ「なになに!?地震!?」


 マヤ「違う!この衝撃は地震じゃない!!外側のものだ!!」


 ナミカ「ということは敵襲!?」


 周囲が一気にざわついた。

 当然だ。

 神祓特務隊の増援は確認されていない。

 魔族とも手を組んだ。

 この城を攻撃できる組織なんて――


 アマネ(いや、いる……)


 旭軍。

 魔王アサヒが結成した、あの狂気の軍隊。


 だが、あれは二年前に壊滅した。

 残党もいない。

 “いないはず”だった。


 アマネ(じゃあ、どこから攻撃が?)


 その時――


 秘書の女性「麗羽(うるは)先生!大変です!!」


 スーツ姿の秘書が駆け込んできた。顔色は蒼白で、汗が頬を伝っている。

 私たちもお母さんの元へ走った。


 アマネ母「何があったの!?」


 秘書の女性「何者かに攻撃を受けました!それと同時に金華山で山火事が起きて、火が岐阜城を囲んでいる状況です!!すぐに脱出しましょう!!」


 アマネ母「ここまで来て逃げるわけにはいかないでしょ!!

 それに火くらい、アサヒクローンなら平気よ!奴らに消火活動させながら敵を排除させなさい!!それくらいアサヒクローンならできるでしょ!?」


 お母さんの怒声が広場に響く。だが、秘書は苦しそうに唇を噛んだ。


 秘書の女性「それが、次々とアサヒクローンとの連絡が取れなくなっていまして…」


 空気が凍った。


 アマネ(アサヒクローンが……沈黙?

 そんなはず……ない……

 あれは最強の兵器のはずなのに……)


 アサヒクローンは、旧創造神唯一派の“絶対の戦力”だった。


 それが沈黙するということは――

 この城を囲む火は、ただの山火事ではない。


 アマネ母「チィッ!使えない人形共ね。玩具しか使いようがないのかしら!?」


 怒りを隠そうともしない声。だが、その裏に焦りが滲んでいるのを私は見逃さなかった。


 アサコ「お母さん。私たちが火を消して様子を見てくるよ」


 私は二人の間に割って入った。お母さんは一瞬で表情を和らげる。


 アマネ母「そうね!アマネなら信用できるわ!!頼んだわよ!!」


 アマネ「分かった」


 私は笑顔で応えた。その笑顔が、どこか引きつっているのを自覚しながら。


 チハヤ、ナミカ、マヤを連れて揺れる地下広場を後にする。


 階段へ向かう途中、私は一度だけ振り返った。


 お母さんの鋭い眼光。

 アキナさまの決意に満ちた横顔。


 そして――

 外から聞こえる、爆発音。


 アマネ(……戦場だ)


 私は息を吸い、戦場へ向かって走り出した。


 旭将軍 ― 金華山 ―


 金華山の斜面を焦げた風が吹き抜けていく。木々は黒く焼け、枝は赤熱した鉄のように軋んでいた。


 その中を俺たちは進む。


 旭人たちはホバーで地面すれすれを滑るように移動する。

 俺も寿量で身体を浮かせ、同じように山を登っていく。

 地面の熱気が足裏をかすめるが、問題はない。


 サユリ「アサガオ弍から報告!エリアG、制圧完了!!」


 旭将軍「分かった!」


 無線越しの声が焦げた空気を震わせる。

 俺は面頬の下で笑った。

 誰にも見えないが、それでいい。


 旭将軍(ロープウェイに仕掛けたミサイルによる岐阜城への攻撃と山火事によって旧創造神唯一派は混乱している筈だ)


 ロープウェイには、山頂駅に到着した瞬間に自動発射するよう調整したミサイルを仕込んでおいた。

 さらに、発射と同時に金華山全体が炎に包まれるよう、周囲の林に焼夷爆弾を散布してある。

 もちろん、これらは旧創造神唯一派が岐阜城を要塞化する際、

 “作業員”として潜り込ませた部下たちに仕掛けさせたものだ。


 旭将軍(消火活動と同時に敵の排除…優秀な指揮官なら対処できるが、旧創造神唯一派にそんな連中はいない。

 所詮は子供に縋る烏合の衆。神術監と魔族に注意すれば勝てる)


 山火事の熱で空気が揺らぎ、視界が歪む。普通の兵ならとっくに焼け死んでいる。

 しかし、旭人を纏う兵士たちは、炎の中でも迷いなく進む。


 サユリ「旭将軍!スイレン分隊から報告!大巫女4人、岐阜城から出るのを確認!!」


 旭将軍(出たか!!)


 大巫女4人――

 おそらくアマネ、チハヤ、ナミカ、マヤだろう。


 旭将軍(それならすぐに対処できる)


 俺は耳栓型イヤホンに指を添え、無線を開く。


 旭将軍「ここからは別行動だ!

 アサガオ分隊は岐阜城付近制圧!炎に紛れ、砲台を全て破壊し、残りのアサヒクローンを駆逐せよ!!

 スイレン分隊は大巫女4人を行動不能!一斉射撃の後、狙撃、接近戦を駆使して撃退!!

 それぞれ任務完了後、城内へ突入し制圧、天の巳を捕獲し、タイムマシンを破壊せよ!!

 俺は一足先に岐阜城へ侵入し、魔族を狩る!!」


 旭人たち「了解!!」


 その声が一斉に重なり、山火事の轟音を突き抜けた。


 俺はアサガオ分隊と別れ、炎の中を一直線に岐阜城へ向かう。


 焦げた木々が倒れ、火の粉が舞う。

 空は赤黒く染まり、地獄の門が開く。


 俺にとっては、これが最も戦いやすい環境だ。


 旭将軍(行くぞ。ここから、全てを始める)


 寿量で身体をさらに加速させ、炎の山を切り裂くように突き進んだ。

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