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変わらぬ形勢

 アマネ ― 宇都宮城址公園・本丸跡 ―


 アマネ「静寂断せいじゃくだん


 シンバルを鳴らした瞬間、音が死んだ。世界が一拍遅れて沈黙し、次の瞬間――

 空気そのものが刃になってアサコへ襲いかかる。


 ガキンッ!


 金属を叩いたような音。アサコは、当然のように刀で弾き返した。


 マヤ「今だ!増殖連鎖ぞうしょくれんさ!!」


 アサコの周囲に見えない菌の壁が形成される。本来なら視認できるはずのないそれを、アサコは迷いなく斬りつけた。


 キンッ。


 傷ひとつつかない。だが――彼女には“見えている”。


 マヤ「見えているなんて……だっ、だけど……その中に入れば、動くほど菌が増える。身体が動けなくなる……!」


 スミカ「それなら一気に攻めます!!」


 チハヤ「よっしゃーー!!燃えてきた!!」


 二人が飛び込む。

 私は鷹の背に乗り、二人に続いて攻撃する為に空へ飛ぶ――その瞬間。


 アサコ「一斬雷光いちざんらいこう


 ドガァンッ!!


 雷が落ちたような音。空気が焼ける匂い。


 マヤ「……うぐっ」


 気づけば、マヤが宙に浮いていた。アサコは抜刀後の姿勢のまま、微動だにしない。


 ドサッ。


 マヤが地面に落ちる。ただそれだけの動作で、彼女は戦闘不能にされた。

 私は息を飲むことすら忘れていた。


 アマネ(……何が起きたの?)


 理解が追いつかない。ただ、ひとつだけ確かなことがある。


 アマネ(アサコは……“速い”とか“強い”とか、そういう次元じゃない)


 静かに胸の奥が冷えていく。恐怖は叫びではなく、沈黙としてやってくる。


 アマネ(……本当に、人間なの?)


 アマネ「マヤ……!!鷹!風転ふうてん!」


 反射的に叫んでいた。アサコの一撃は私の理解より速く、重く、冷たかった。


 鷹が鋭く鳴き、アサコへ向かって急降下する。私は途中で降りてマヤの元へ走った。


 鷹「キィーッ!!」


 翼が空気を裂き、リング状の風刃が飛ぶ。


 シュン、シュン……!!


 アサコ「ドーナッツみたいな斬撃だな!!」


 余裕の笑み。避ける動きに焦りがない。まるで、遊んでいる。


 スミカ「よくもマヤを!!蛾影分身がえいぶんしん!!」


 蛾が粉塵を撒き散らし、光を反射して幻影を増殖させる。“光る蛾の群れ”が一斉にアサコへ突っ込む。鷹も連携して軌道を変えた。


 アサコ「陽炎乱舞」


 アサコの身体が揺らぎ、残像が増えた。蛾の幻影が次々と切り裂かれていく。本物も偽物も関係なく、ただ“そこにあるもの”を斬っているだけの動き。

 その間に私はマヤの元へ到着した。


 アマネ「マヤ……!」


 身体を確認する。斬られた跡はない。ただ気絶しているだけだった。


 アマネ「……峰打ち?」


 殺す気なら、簡単に殺せたはずだ。それをしなかった理由が分からない。

 優しさなのか、余裕なのか、あるいは――興味すらないのか。


 チハヤ「この!!」


 チハヤとハヤブサが高速で突撃する。だが、アサコは軽く身体を傾けただけで避けた。


 スミカ「こうなったら、公園を壊してでも倒す!」


 スミカが蛾と共に上空へ飛び立つ。その決意は本物だった。


 アサコ「だからそれは困るって!星月斬せいげつざん!!」


 刀が弧を描く。月型の空気砲が放たれ、蛾を横一文字に切り裂いた。


 スミカ「おっ、落ちる!?きゃあああああ!!」


 アマネ「鷹!!」


 呼ぶより早く、鷹が動いた。スミカの身体を受け止め、地面への衝突を防ぐ。


 スミカ「ありがとうアマネ。だけど……」


 アマネ「分かってる」


 神使を失えば、スミカはしばらく寿量を使えない。ただの少女に戻る。


 アマネ(……これで、戦えるのは私とチハヤだけ)


 アサコはまだ笑っている。息も乱れていない。むしろ、楽しんでいるように見えた。


 アマネ(……本当に、どうしてこんな戦い方ができるの?神でも大巫女でもないのに)


 胸の奥が、またひとつ冷えていく。


 アマネ(押されている)


 事実を認めるしかなかった。

 このままでは、負ける。


 チハヤ「合体神術・大晴天スパイラル!!」


 チハヤが回転しながら蹴りを連打する。ハヤブサはクチバシを回転させ、二人は一本の螺旋になってアサコへ急降下した。

 風圧が渦を巻き、竜巻のように地面を削る。


 アサコ「天輪斬翔てんりんざんしょう!!」


 アサコの身体が前傾し、次の瞬間には“輪”になっていた。高速回転する光輪が視界を歪ませ、空気が悲鳴を上げる。


 スガガガガッ!!


 削り合う音が響く。二つの回転がぶつかり合い、空気が裂けた。


 バキンッ!!


 刀が弾かれる音。アサコの手から、刀が離れた。


 アマネ(……アサコが、刀を離した!!)


 チハヤ「チャンス!!」


 チハヤが次の神術を放とうとする。私もシンバルを構えた。


 これで終わり。

 そう思った。


 アサコ「チョコレートケーキのように甘すぎるわよ」


 その声には、焦りが一切なかった。不敵な眼差しも、消えていない。


 アサコは拳を構えた。刀を失ってなお、余裕がある。


 チハヤ「青空ブレイク!!」


 アマネ「風鈴衝撃ふうりんしょう!!」


 チハヤの高速の体当たり。

 私のシンバルが震わせた空気砲。

 二つの神術が、何も持たないアサコへ襲いかかる。


 アマネ(……これで決まる)


 そう思った瞬間、胸の奥に冷たい違和感が走った。


 アマネ(……いや、違う。

 アサコは“何も持っていない”んじゃない。

 武器を持つ必要がないだけだ。)


 その予感は、嫌なほど確信に近かった。


 アサコ「…満壊開花まんかいかいか


 その言葉が落ちた瞬間、空気が爆ぜた。


 ドドドドドドドドドッ!!!


 無数の拳が、空気を殴りつけて生まれた衝撃波。それが私とチハヤの神術を、まるで紙切れのようにかき消して襲いかかってきた。


 アマネ「武器がなくても戦えるの……?」


 問いというより、呟きだった。理解が追いつかない。


 ドガガガガガッ!!


 空気砲の群れが嵐のように身体を叩きつける。皮膚が裂け、骨が軋む。痛みが遅れてやってくる。


 チハヤ「いたぁああああいぃいいいい!!」


 アマネ「いやぁああああああ!!」


 悲鳴が勝手に漏れた。しばらく、ただ殴られ続けた。終わりのない雨のように。


 嵐が過ぎ去ったとき、私は地面に倒れ込んでいた。

 チハヤも同じだ。

 動けない。

 呼吸すら痛い。


 アマネ「そんな……神でもない、普通の人間に……

 大巫女四人が負けるなんて……」


 現実感がなかった。ただ、事実だけが冷たく胸に沈む。


 アサコ「いや……そうでもないようだ」


 アサコが膝をついた。口から血を吐き出す。


 チハヤ「もしかして……マヤの細菌が効いたの?」


 震える声。

 それでも、希望を探している。


 アマネ(……そっか。やっと効いたのね)


 だが遅すぎる。普通の人間なら、とっくに倒れている。


 アマネ(この女……内臓まで頑丈なの?本当に人間なの?)


アサコ「既に私の体内へ、菌を侵入させていたなんてね」


 アサコは血を拭いながらまだ笑っていた。その笑みが、戦場の空気をさらに冷やしていく。


 アサコ「なるほど。細菌で弱らせるのが狙いだったのか。その為に私を油断させるとは…天晴れね」


 アマネ「いや……別に細菌で弱らせるのが狙いじゃなかったんだけど」


 アサコ「あっ、そうなの?でも、私は細菌で止めはさせないし……これは引き分け、ということになるわね。中々にカッコいい戦いだったわ」


 全身から血を流しながらアサコは笑った。苦しいはずなのに、満足した表情で私を見る。


 ズキリッ


 胸の奥に、また亀裂が走った。

 怒りが、静かに沸騰する。

 彼女のすべてを否定したい衝動が、喉元までせり上がる。


 アマネ「どうして、アサコは、そこまで強く……」


 言いかけた瞬間、空気が変わった。


 ???「騒がしいと思っていたが、やはりお前たちだったか」


 背筋が凍る。冷たいものが、首筋を撫でていった。


 空を見上げる。


 そこにいたのは――

 始末したはずの隊長。


 右側には金剛杖と太刀。

 左側には羽団扇と薙刀。

 四つの武器を念力で浮かせ、

 大天狗の姿で私たちを見下ろしていた。


 アマネ「……マカナ、隊長」


 緑色の長髪が風に揺れる。

 鷲宮マカナ。

 第二特別隊の隊長。

 トモエさまとアキナさまと共に魔王アサヒを討伐した英雄のひとり。


 その名を思い出した瞬間、胸の奥の怒りが、別の感情に押しつぶされた。


 アマネ(……最悪のタイミングで来た)


 アサコの異常な強さに心が揺らいでいるところへ、“本物の英雄”が降りてきた。


 世界が、私の理解を置き去りにしていく。

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