魅惑の魔女
アマネ ― 宇都宮城址公園・本丸跡 ―
アサコが叫んだ。
アサコ「さぁ! 思い存分魅せ合おう!!」
その声が城跡の空気を震わせる。だが、私の耳にはただの騒音だ。風が鉄板を叩く音と、大差ない。
アマネ(耳障りな声…)
そう思った瞬間、胸の奥に沈めていた苛立ちがゆっくりと浮かんでくる。男の真似事をして気炎を上げるその姿が、どうにも鼻につく。
私は男が嫌いだ。
嫌悪というより、もっと根の深い拒絶だ。
小学生の頃、父が向けた視線。
あれは親が子に向けるものじゃなかった。
痴漢。
街に出るたび、肉を値踏みするような目。
SNSに勝手に流された写真。卑猥なコメント。
あのとき、チハヤがいなければ、私はどこかで折れていた。
命を懸けて守っているのに、あいつらは私たちを玩具のように扱う。欲望のはけ口にしか見ていない。
だから嫌い。
理由なんて、もう説明するまでもない。だからこそ、アサコが理解できない。
どうして、そんな下劣な真似をするのか。
同性に好かれたいなら、男の型を借りる必要なんてない。
トモエさまのように静かで気品があってもいい。
アキナさまのように柔らかく、優雅であってもいい。
なのに、アサコはわざわざ“あれ”を選ぶ。
男の声色で、男のように振る舞い、男の影を引きずる。
理解できないものはただ胸の奥でざらつく。アサコの叫びが響くたび、古傷の縫い目がひとつずつ緩むような感覚がある。
まるで、治りかけの傷口にわざと砂を押し込まれているみたいだ。
マヤが薄く笑った。その笑みは余裕というより“計算が終わった者”のそれだ。
マヤ「随分と余裕だね!!だけどその余裕が――いつまで続くかな!?」
指先が弾け、空中にスプレーの形状が形成された。
マヤ「菌霧散布!」
シューッ
噴射された霧はただの霧ではない。“菌の毒”――死を孕んだ霧が、風に乗って広がる。
アサコは地を蹴った。その瞬間、霧が通過した桜の枝が、溶けるように崩れ落ちた。
シュウウウ……
アサコ「……酸か?」
分析よりも先に、身体が動いていた。
だが、そこへ追撃。
ナミカ「よそ見している暇があるのかしら?」
ナミカの手に淡い光を帯びたハンディファンが形を成す。同時に、背後から巨大な蛾が羽ばたいた。
ナミカ「合体神術・大粉翅嵐!!」
ザァァァァッ!!
粉塵が巻き上がる。ただの粉ではない。蛾の翅から舞う“神の粉”と、ファンの風圧が合わさり、嵐そのものが生まれた。
アサコ「さっきの粉塵爆発が狙いかぁあ!?やるじゃない!!」
粉塵の渦が迫る。アサコは笑いながら嵐の縁をかすめるように走り抜けた。その背中を追うように菌の霧と粉翅の嵐が、城跡の空気を塗り替えていく。
ナミカ「逃がしません!」
ハンディファンの風圧が唸り、蛾の翅がさらに勢いを増す。粉塵の嵐が蛇のようにうねりながらアサコを追う――だが、追い付かない。
アマネ(速過ぎる……まるでチハヤみたい)
けれどチハヤにはハヤブサのスニーカーがある。アサコには何もないはずなのに、この速度。
アマネ「本当に、人間なの……?」
口に出した瞬間、自分が恐怖していると気づいた。上空から見下ろすと、アサヒクローンたちが倒れていた。身体には刀傷のような裂け目。
アサコには“殺す覚悟”がある――それが一目で分かった。
アマネ「アサコにそんな覚悟があるとは思わなかった。馬鹿だけど何をするか分からない。油断は禁物」
自分に言い聞かせるように呟き、私はアサコの後を追う。
ナミカ「速過ぎるわ!!本当に無能力者なの!?」
マヤ「もしかして改造人間だったり!?」
チハヤ「まっかせて!!!」
ナミカとマヤの不安を切り裂くように、チハヤが地を蹴った。
風を裂く音が一瞬遅れて耳に届く。
チハヤ「とうっ!!」
そのまま跳躍し、天へ。
アサコを真下に捉え――
チハヤ「スカイハンマー!!!」
踵が落ちる。
ドガァンッ!!
地面が砕け、クレーターが生まれた。だがアサコは刀で受け流し、衝撃を逃がしていた。
アサコ「惜しかったな!! チハヤ!!」
チハヤ「まだまだ!!」
背後からハヤブサがミサイルのように突撃する。
アサコ「ふんっ!」
アサコは宙返りでそれを回避。その瞬間――
チハヤ「隙あり!!晴天ラッシュ!!!」
空中で連続蹴りが炸裂する。逃げ場のない空中なら、避けられないはず。
アサコ「甘い!光穿千手!」
アサコの身体が宙に浮いたまま、高速の突きが連打される。
ガガガガガガッ!!
アマネ(そうか……チハヤの連続蹴りの風圧を利用して浮いているんだ)
それだけじゃない。スミカの大粉翅嵐も、風圧にかき消されていく。
アマネ(アサコは馬鹿じゃない。戦闘IQが高いのか……それとも、今までは演技だったのか)
どちらにせよ――
大巫女四人を相手に笑っていながら戦えてる時点で、トモエさまとアキナさまと同格。油断などできるはずがない。
アマネ「空狩」
私は地へ降り、アサコの死角へ滑り込む。呼吸すら殺し、背後から無音の斬撃を放った。
アサコ「陽炎!」
手応えがあったはずの身体が、霧のように揺らぎ、消えた。
チハヤ「あれ!?どこ行った!?」
アサコ「ここだよ!」
声がした瞬間、チハヤの背後にアサコが立っていた。まるで瞬間移動のような速さ。
アマネ「天鳴!」
私の叫びに応じ、空で待機していた鷹が急降下する。
鷹「キーィーッ!キィーーー!」
アサコ「うおっ!?動けねぇ!!」
高音がアサコの神経を一瞬麻痺させる。この一瞬のために、鷹を空に置いていた。
ナミカ「今ね!蛾!!灰燼繭葬よ!!」
巨大な蛾が糸を吐き、アサコを繭に閉じ込める。内部に粉塵が満ちていく。
ナミカ「もう逃げられないわ。これで終わりよ」
ドォオオンッ!!
一点着火。
繭は一瞬で“灰”へと変わり、風に散った。
私たちは息をつく。
アマネ(……アサコを、倒した)
マヤ「スミカ。さっきの合体神術の方が良くない?」
スミカ「それだとこの公園がなくなりますよ」
アサコ「それは嫌ね」
アマネ・チハヤ・マヤ・スミカ「!!」
灰の中から、アサコが歩み出た。衣服は焦げ、髪も乱れているのに――
その顔には、余裕の笑み。
アサコ「ここは花見名所なんだから、桜への被害は考えないとね」
ボロボロのはずなのに、アサコは平然と笑っていた。
その余裕が、逆に不気味だった。
スミカ「あ、有り得ません……あの神術を受けて、その程度で済むなんて……」
アサコ「カツヤ爺さんに鍛えられたからね~。厳しい修行を経て手に入れた強靭な肉体だよ?凄いでしょ?」
チハヤ「確かにすごいね!!人間かも怪しいよ!!」
アサコ「立派な人間だよ!!」
軽快なツッコミが飛ぶ。そのやり取りが妙に自然で、胸がざわついた。
アマネ(……チハヤが、アサコに懐き始めている)
チハヤが気に入るということは、アサコは“いい人”なのかもしれない。
だからこそ――私は理解できなかった。
アマネ「……解せない」
アサコ「解せない?」
アマネ「そう。貴女は神でも大巫女でもないのに、これほどの力を持っている。充分、女性を魅了できる。それなのに、どうして男の真似をするの?」
私の問いは真剣だった。
アサコは少しだけ考え、そして迷いなく答えた。
アサコ「その方がかっこいいと思ったから」
アマネ「かっこいい?男の真似をするのが?理解できない」
アサコ「理解しなくていいよ。好みの違いだから。
ただ私はこっちの方が気分が上がるの。
いろんな意味で、自分のパフォーマンスを自由に発揮できるのよ」
アマネ「パフォーマンス……」
その瞬間、私は悟ってしまった。
アサコは“男の真似”をしているのではない。男の型を借りることで、自分の力を最大限に引き出している。
アマネ(理解しては駄目……!!もし理解したら……私は……)
アマネ「アサコ、貴女は危険な存在」
私はシンバルを構えた。
アマネ「みんな、アサコを何としても始末する。彼女は、私たちを惑わす魔女だよ」
アサコ「惑わす魔女?」
アサコが刀を構える。その眼差しは、不敵で、揺るぎなくて――
アサコ「私のカッコよさに心が揺らいでいるのかしら?」
その言葉が、胸の奥に突き刺さった。彼女の堂々たる姿勢が、私の価値観すべてを否定しているように見えた。
だけど――
アマネ(……もし私が男を憎んでいなかったら。
もし、あの過去がなかったら。
私は今、アサコに惹かれていたのだろうか)
胸が、わずかに熱い。
理由なんて分からない。ただ、それが腹立たしかった。




