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アサヒの再来

 アサコ ― 宇都宮駅・売店エリア ―


 空気がざわついていた。

 売店の照明が呼吸するみたいに明滅している。


 アサコ「可愛い女の子同士で殺し合いなんてやめましょうよ。女とか男とか関係なく、子供は子供らしく楽しいことだけ考えていればいいの。難しいことは全部、大人に任せなさい」


 わざと肩をすくめてみせる。

 ナミカは薄く笑った。


 ナミカ「お気楽ね。女の苦労を知らずに育った子は違うわ」


 マヤも続く。


 マヤ「男に育てられたんでしょ?そりゃ価値観も歪むわ」


 二人の声はどこか遠くに聞こえた。何故なら、私の意識は、すでに“戦う時の世界”へ沈み始めていたから。


 アサコ「洗脳?そんなものじゃないわよ。カツヤ爺さんに教わったのは武道だけ。

 性別とか思想とか、そういう面倒なのは興味ないの。武道の方が分かりやすいし、何より……カッコいい」


 マヤが鼻で笑う。


 マヤ「カッコいい?そんな子供みたいな理由で戦ってるの?ダサ」


 アサコ「ダサいかどうか……魅せてあげる」


 刀を軽く振り上げる。その瞬間、空気がひとつ震えた。


 アサコ「喜べ。特等席よ」


 ナミカが眉をひそめる。


 ナミカ「刀一本で何をするつもり?チャンバラごっこ遊びでもするの?」


 マヤ「時代遅れ!行け、人形たち!」


 紫色のオーラをまとった影が一斉に動いた。床を叩く足音が重なり、空気が圧縮される。


 ――来る。


 私は息をひとつ吐き、刀を握り直す。


 ブシャァアアアッ!!


 アサヒクローンたちは自分が斬られたことを認識できず、倒れた。

 視界の端がすっと暗くなり、中心だけが鮮明になる。


 世界が静かになる。

 音が遠ざかる。

 時間が伸びる。


 アサコ(……遅い)


 身体が勝手に動く。次々と襲いに来るアサヒクローンを、波のような動きで斬り捨てていく。

 足の裏で床の硬さを感じ、重心を滑らせる。

 刀が空気を裂くたび、光が線を描いた。


 影が揺れ、空気が波打つ。

 紫のオーラが散り、空間が歪む。


 私は一歩踏み込み、

 次の瞬間には、もう走り出していた。


 宇都宮城址公園へ向かう。ここで立ち止まる理由はない。

 背後でようやく二人の声が上がった。


 ナミカ「え……? 今の……何?」


 マヤ「ボサッとしてる場合じゃない!追うよ!!」


 私は走りながら、口の端だけで笑った。


 アサコ(ダサいかどうかは……まだこれからよ)



 トモエ ― 神術団体総司令部・神術総監室 ―


 会議が終わった後の部屋は妙に静かだった。さっきまで画面越しに響いていた官僚たちの声が、まだ耳の奥に残っている。


「余程の愚か者でも、戦争を歓迎なんてしないわ」


 議長の言葉が、胸の奥に刺さったまま抜けない。私は机に肘をつき、深く息を吐いた。吐いた息が、やけに重い。


 トモエ「……クソババァが。偉そうに」


 声に出すとほんの少しだけ胸が軽くなる。けれどその軽さはすぐに消え、代わりに肩へ戻ってくる重圧が私を椅子に沈めた。


 机の上には会議で使った資料が散乱している。

 魔族移住政策の推移、人口統計、被害報告書。どれも分厚く、どれも重い。まるで私の胸の内をそのまま紙にしたようだ。


 私は一枚の資料を指先でつまむ。紙の端がわずかに震えている。震えているのは紙ではなく、私の手だ。


 トモエ「市民を守るのが私たちの仕事なのよ。なのに……あいつらは」


 魔族共存連盟。

 名前だけ聞けば理想的な組織に思える。

 魔族は二千年前から差別され続け、千年前に外国で設立された団体が彼らを保護しようとした。理念自体は否定しない。

 差別は、確かに良くない。


 だが――。


 日本に伝わったのは三年前。

 莫大な邪神王の支援を受け、わずか一年で私と同等の権力を持つまで肥大化した。今では彼らが実権を握り、魔族や魔物を積極的に日本へ移住させている。


 その結果が、あの混乱だ。


 私は創造神として、総監として、

 市民を守るために動いた。

 それなのに、責められるのは私だけ。


 トモエ「戦争は歓迎しないけど、虐殺は聞こえないのね。狂ってるわ」


 窓の外を見る。

 春の空は、どこまでも青く澄んでいた。

 その美しさが、今はただ虚しい。


 私は椅子に寄りかかり、目を閉じる。ほんの少しだけ、眠ってしまいたかった。何も考えずに、ただ静かに。


 だが、そんな願いは叶わない。


 ガチャ


 ドアが開く音で、私は目を開けた。


 入ってきたのは――ミツハ先生。


 金髪の長いツインテール。

 黒い魔女服。

 青い宝石の杖。

 その姿は、まるで絵本から抜け出した魔女のようで、

 しかしその瞳には深い疲れが宿っていた。


 彼女の名前は 天乃ミツハ。

 アキナの従姉妹であり、私の秘書であり、

 神祓高等学校の校長であり、

 そして熟練の大巫女。


 私が創造神であっても、彼女の前では“生徒”のままだ。


 三年前、私は神術中学校に通っていた。

 その時、ミツハ先生は新人教師として赴任し、私の担任になった。

 ――だから私は今でも彼女を「校長」ではなく「ミツハ先生」と呼ぶ。


 ミツハ「本日のリモート会議、お疲れ様です」


 ミツハ先生がお辞儀をした。

 私は慌てて立ち上がる。


 トモエ「そんなふうにしないでください、ミツハ先生。二人きりの時くらい、創造神扱いは……」


 ミツハ「……ごめんなさい」


 その声は、ひどく弱々しかった。


 理由は分かっている。

 アキナのことだ。


 アキナはアサヒを救えなかった。そして今も、アサヒの影に縛られている。

 誰よりも優しい少女なのに、

 誰よりも深い傷を抱えている。


 ミツハ先生はそれを見守るしかできない。彼女もまた、苦しんでいる。

 私はそんな彼女の横顔を見るたびに胸が痛む。


 トモエ(アキナは自分でアサヒを救わない限り、永遠に苦しむ。でもそんなこと……できるはずがない)


 創造神であっても万能ではない。

 救えないものがある。

 届かない心がある。


 ミツハ「トモエ……アキナを旧創造神唯一派の鎮圧に行かせて、本当に大丈夫なの?」


 その問いは震えていた。彼女はアキナを失うことを恐れている。それは私も同じだ。

 だが――私は迷わず答えた。


 トモエ「安心してください。アキナにはアサコがいます」


 ミツハ「……神使のいない少女よね?大巫女でもない普通の子が、アキナを守れるの?」


 トモエ「大丈夫です。今は弱いですが、いずれは私たちを超えます」


 ミツハ「……トモエとアキナを、超える?」


 トモエ「はい」


 私はポケットからスマホを取り出し、アサヒの写真を見つめた。


 春風アサヒ。

 最初は旭道二段しか使えず、神術中学校で最弱だった少年。

 だが努力し、昇段し、新術を開発し、

 ダイダラボッチを神使にして――

 史上最強の神術士になった。


 その“奇跡”を、私は知っている。


 トモエ「アサコはアサヒの再来です。彼女は天陽地照という剣技を生み出した。神を超える可能性を持っています」


 ミツハ先生が息を呑む。私は微笑んだ。


 トモエ「アサコなら、アキナを救えなくても……生きる意味を教えてくれる。私はそう信じています」


 ミツハ「……そこまで言うなら……私も、彼女を信じてみるわ」


 その言葉を聞いて、私は静かに目を閉じた。


 アサコ。

 あの少女はまだ自分の価値を知らない。自分がどれほど強く、どれほど優しく、どれほど“誰かを救う力”を持っているかを。


 だが――。


 いずれ彼女は、私たちの想像を超える存在になる。


 私は確信していた。


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