強がりの勲章
アキナ ― 宇都宮駅・売店エリア ―
アキナ「コホッ、コホッ……!」
肺の奥が焼けるように痛くて、私は咳き込みながら上体を起こした。
視界が揺れて、耳鳴りがして、世界が少し遅れてついてくる。
何が起きたのか分からない。
ただ、鼻を刺す焦げた匂いと、悲鳴だけが現実を突きつけてくる。
女性「ギィヤァアアアッ!!足がっ!!」
男性「痛い……誰か……!」
血の色が駅の白い床に広がっていく。その光景は、まるで地獄みたいだった。
アキナ「そんな……どうして、こんな……」
震える声が自分のものだと気づくのに、少し時間がかかった。
その時。
アサコ「安心して。死人は出てないようにしたから」
背後から聞こえた声に、私は振り向いた。
アキナ「アサコさん……!」
そこに立っていたのは、
ボロボロの服、煤で汚れた頬、血の滲む腕――
それでも刀を握り、まっすぐ立つアサコさんだった。
アサコ「獅子閻舞で爆風と炎を全部外へ弾いたわ」
獅子閻舞。
アサヒ君が使っていた、あの技。
全ての攻撃を広範囲に薙ぎ払い、攻撃を敵に弾き返す…神武剣流の技の一つ。だけど今回は、敵では無く、外へ弾いたようだ。
アサコさんは続ける。
アサコ「咄嗟だったから怪我人を出さないようにはできなかった。
私も、まだまだね」
微笑んだその顔は、
強がりで、
痛々しくて、
どこかで見た“誰か”に重なって――
胸が、ズキリと痛んだ。
アキナ「ご、ごめんなさいアサコさん……
私は破壊神で、隊長なのに……
私が守らなきゃいけなかったのに……
アサコさんに、こんな……」
言葉が震えて喉が詰まる。自分の無力さが、心の奥をじわじわ侵食していく。
アサコさんは、そんな私に笑って言った。
アサコ「気にしないでいいわよ。可愛い女の子を守るために負った傷は、私にとっては勲章よ。どう?カッコいいでしょ?」
そう言って、決めポーズを取る。
……でも。
そのポーズの奥にある“痛み”が、私には見えてしまった。
アサヒ君が、
自分の弱さを隠すために笑っていた時と、
同じ表情だったから。
胸の奥が、じわりと黒く染まるような感覚がした。
アキナ「もう……カッコつけないでよ……」
声に出した瞬間、自分の心が少しだけ軋んだ。
アサコさんの強さは、誰かを守るために無茶をする強さで――
その強さが、いつか壊れてしまいそうで。
怖かった。
トウカ「アキナさま!!大丈夫ですか!!」
ヒマリ「アキナ!!アサコ!!怪我は無い!?」
トウカちゃんとヒマリちゃんが焦った顔で駆け寄ってきた。その勢いに押されるように、私はゆっくりと顔を上げる。
トウカちゃんが私の両手をぎゅっと握った。その手は震えていて、爆風の恐怖がまだ残っているのが分かる。
トウカ「私とヒマリさまは爆風に吹き飛ばされましたが、怪我はありません」
アキナ「そっか……よかった……」
胸の奥がじんわりと温かくなる。でも、その温かさはすぐに別の痛みに変わった。
アキナ「私は大丈夫だけど……アサコさんが……」
言いかけた瞬間、トウカちゃんが強い声で遮った。
トウカ「アサコは気にしなくていいんです!!ギャグキャラは死にませんので!!」
アサコ「ギャグキャラって何!?私だって一生懸命生きているのよ!?」
アサコさんが抗議する声は、
いつもの調子で、
どこか明るくて、
この状況に似つかわしくないほど“日常”だった。
でも――
その“日常”が、
今の私には少しだけ眩しかった。
二人は、こんな地獄みたいな状況でも、いつものノリで言い合っている。その姿を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。
アキナ(ああ……この二人は、本当にお互いを信じてるんだ)
アサコさんは無茶ばかりするけど、トウカちゃんはそれを分かっている。だからこそ強くツッコんで、でも本気で心配していて。
その関係は、私にとっては、ずっと羨ましかった“絆”の形に見えた。
ヒマリちゃんもそんな二人を見て小さく笑っていた。その笑顔が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
アキナ(……大丈夫。まだ、みんなここにいる)
爆風の痛みよりも、胸の奥の温かさの方が強くなっていく。
ナミカ「刀を捌いただけで粉塵爆発の威力を軽減させるなんて…貴女、何者ですか?」
ナミカちゃんの冷たい声が響いた。その隣には、マヤちゃんが静かに歩いてくる。
マヤ「それだけじゃないよナミカ。彼女は君の攻撃を、あのアキナさまとヒマリさまよりも速く反応していた。
これは実に興味深いよ」
マヤちゃんの瞳は研究対象を見るように輝いていた。ナミカちゃんは不満げで、
二人の温度差が、胸の奥に嫌な予感を落とす。
ヒマリちゃんが悲しそうに声を上げた。
ヒマリ「ナミカ!マヤ!どうして私たちに攻撃したの!?
私たちは味方だよ……!」
その声は震えていて、必死に届こうとしているのに――
二人には届かなかった。
ナミカちゃんは吐き捨てるように言った。
ナミカ「男女平等と戯言を言う連中にはうんざりです。
あんな理性のカケラもない野獣と同列に扱われるなんて……屈辱」
マヤちゃんも続ける。
マヤ「だから裏切ることにしたんだー。私たち女は命懸けで戦ってるのに、ただ息してるだけの男と対等とか、虫が良すぎでしょ」
ヒマリちゃんの表情がゆっくりと曇っていく。
ヒマリ「つまり……神祓特務隊を裏切って、旧創造神唯一派になったんだね。何か不安があれば、相談に乗ったのに……」
その声は折れそうな枝のように細かった。そして、ナミカちゃんは冷たく笑った。
ナミカ「ヒマリ隊長に相談なんてできるわけないじゃないですか。私、知ってるんですよ?過去に貴女は、魔王アサヒのことが好きだったことを」
マヤちゃんが追い打ちをかける。
マヤ「常識的に考えてさ〜、野蛮な男に惚れてた女に話せるわけないよね〜」
トウカ「え……」
トウカちゃんの顔が一瞬で青ざめた。その瞬間――
アサコさんが、迷いなく割って入った。
アサコ「それはアサヒが前創造神の暗殺のためにアキナやヒマリたちを洗脳したからだ。いつまでガセに振り回されてるの。それとも、旧創造神唯一派にそう吹き込まれた?」
その言葉で、トウカちゃんの瞳に光が戻った。
トウカ「そっ、そうよ!!魔王アサヒは洗脳する能力があるのよ!!アキナさまとヒマリさまとは無関係よ!!」
彼女はモンハナシャコを召喚し、寿量で形成した拳銃を構える。
トウカ「男が嫌いなのは理解できるわ。だけど……アキナさまとヒマリさまを愚弄することは許さない!!」
強い声だった。さっきまで揺れていたのに、今はまっすぐ前を向いている。
アキナ(……アサコさんのおかげだ)
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。でも同時に――
別の痛みも生まれた。
アキナ(アサコさんは……
本当に“洗脳”の話を信じているのかな)
アサヒ君のことを思い出すと胸の奥がじわりと軋む。
アサコさんの言葉は、私を守るための“嘘”なのか。それとも――
本気でそう思っているのか。
どちらなのか分からないまま、私はただ、胸の奥がざわつくのを感じていた。




