刺客
スニーア ― 新幹線 ―
秋山アサコ。
この子も嘘吐き――だけど、私が好む“醜い嘘”とは違う。
アキナのような現実から逃げるための嘘ではなく、
現実を殴り倒すための嘘。
世界を欺き、勝利を掴むためなら何でもする。その覚悟は、ピエロの仮面よりも分厚い。
私は嘘を暴くのが好きだ。
暴いた瞬間に見える“本性”がたまらなく愉快だから。でもアサコだけは違う。
あの子の嘘を剥がしたら――
世界の方が悲鳴を上げる。
スニーア(アサコと正面からやり合うのは分が悪いわね。そろそろタイムオーバーかしら)
私は深く息を吐いた。状況は完全に制御不能。そして制御不能の原因は――
アサコ「またよく分からない状況になっているわね」
スニーア(お前だよ)
トウカが叫ぶ。
トウカ「アサコが一番分からないわよ!!なんでお婆さん肩車してるのよ!!そのカツラ何!?お婆さん誰!?」
アサコは胸を張って言った。
アサコ「こいつは私の相棒!髪喰いババァだ!!」
髪喰いババァ「髪噛みィ……♡」
トウカ「♡じゃないわよ!!」
スニーア(……サーカスでもこんな演目はやらないわよ)
アサコは得意げに続ける。
アサコ「近づくなよ!髪の毛を捕食するからね!カツラで制御してるけど、無くなったら誰を狙うか分からないから!」
トウカ「それ制御できてないじゃない!!」
アサコはカツラを軽く揺らす。
髪喰いババァ「髪ィ!!」
アサコ「ほらね」
トウカ「ただの餌付けよそれ!!」
二人が盛り上がり、アキナは笑い、私が作り上げた“闇堕ちルート”は粉々に砕け散った。
スニーア(ここまで雰囲気を壊すとは……
アサコ、あなたは本当に“物語の破壊者”ね)
アサコが私に向かって言う。
アサコ「残念だったわね、可愛いピエロのお嬢さん。君の仲間は私のものになったわ」
私は鼻で笑った。
スニーア「知らないわよそんなババァ。仲間にしたいならどうぞご勝手に」
アサコ「えっ!?仲間じゃないの?じゃあ誰だよこのババァ」
スニーア「知らないわよそのババァ」
一同「……」
全員が髪喰いババァを見る。
アサコ「え?じゃあ私はただ見知らぬババァに襲われただけだったのか。まぁ、私の玩具にしたからいいや」
スニーア(ババァを玩具化……
詐欺師の私でも引くレベルのカオスね)
トウカ「何も解決してないわよ!!」
アキナはフリーズしている。
私はため息をつき、赤い大きな布を取り出した。マジシャンが舞台から退場する時のように、身体を包むように真上へ投げる。
トウカ「待ちなさい!!」
走り出すトウカ。でも間に合うわけがない。落ちてくる布の軌道に沿って、私は姿を消した。
スニーア「大丈夫よ、アキナ、トウカ」
声だけが響く。
スニーア「また会えるからね」
アサコ「私とは?」
スニーア「アサコとは二度と会いたくないわ」
アサコ「ギャッカリでぇふ……」
スニーア(……ああ、やっぱりこの子は苦手だわ)
スニーア ― 教会 ―
教会の扉を押し開けた瞬間、古い木の匂いと蝋燭の煙が鼻をくすぐった。
静寂。
まるで舞台の幕が上がる前のような、張り詰めた空気。
私は身廊を歩きながら、祭壇に向かって祈る“神父”に声をかけた。
スニーア「いや〜、アキナだけじゃなくてトウカって子も凄く良い玩具になりそうだったよ」
声が教会の天井に反響し、ピエロの笑い声みたいに歪んで返ってくる。
神父――いや、龍族の暗殺者ゾルナトは祈りを続けたまま低く言った。
ゾルナト「祈りの邪魔をするな。スニーア」
私はくすりと笑った。
スニーア「祈りって誰に?龍族が信仰する神なんていたっけ?」
ゾルナトは機械のように答える。
ゾルナト「邪神王、スカルさまだ」
スニーア「あー、はいはい。そうでしたね〜」
私は手をひらひらさせて笑った。この男は本当に面白くない。冗談も皮肉も通じない、鉄の塊みたいな男。
邪神王スカル。
世界を救った英雄。
多くの種族が平和に暮らせているのは彼のおかげ。
……らしい。
でも私は知っている。あの男は“どうやったらカッコよく見えるか”しか考えていない。紙芝居みたいな英雄譚を自分で演じているだけ。
スニーア(そんな茶番、私は興味ないのよ)
ゾルナトが祈りを終え、こちらを向いた。
ゾルナト「勝手なことをするな。目的はアキナを殺すことだ。俺たちが殺したと知られれば、魔族共存連盟の立場が危うくなる。そのためにわざわざ人間を使ったのだから」
スニーア「分かってるわよ。でもアキナを殺すのは勿体無いわ」
ゾルナトの目が細くなる。
ゾルナト「我儘を言うな。これはスカルさまの天命だ。逆らえば魔神十二使徒といえど、スカルさまの裁きを受けることになる」
スニーア「はいはい、分かったわよ〜」
私は不貞腐れた声で返し、椅子に座って板チョコをかじった。
甘さが舌に広がる。
でも心は全く満たされない。
スニーア(本当、つまらない。ドラマも、混沌も、激情もない。こんなの人生じゃないわ)
私は板チョコをもう一口かじりながら笑った。
アキナ ― 宇都宮駅 売店 ―
スニーアが消えた後、新幹線は緊急停止した。運転手さんは催眠術にかかっていたらしく、彼女がいなくなった途端に正気に戻った。
私は手当を受けて、再び新幹線に乗り込んだ。
だけど――
第二特別隊、壊滅。
本部から届いたその報告は、胸の奥に冷たいものを落とした。
アサコさんは、そんな空気を読まずに言う。
アサコ「どうする?もうやること無くなっちゃったし、観光してから帰る?」
トウカちゃんが怒鳴る。
トウカ「そんなわけないでしょ馬鹿!!私たちだけでも旧創造神唯一派を何とかするのよ!!」
アサコさんは肩をすくめた。
アサコ「えー無理でしょ。第二特別隊が負けたんだよ?私たちで何とかなるわけないじゃない。ね?髪喰いババァ」
髪喰いババァ「かみかみ」
アキナ(……なんでこの人、自然に馴染んでるの?)
トウカちゃんは頭を抱えた。
トウカ「さっきから何なのよそのババァは!!第一特別隊にいたみたいな顔しないで!!」
私は慌てて間に入る。
アキナ「まぁまぁ、落ち着いてトウカちゃん。仲間が増えることは……良いことだよ?」
そう言ったけど、トウカちゃんは不満そうに唇を尖らせた。
その時――
???「穏やかだねー。アキナのチームは」
背後から、のんびりした声が聞こえた。
胸の奥が一瞬で熱くなる。
聞き覚えのある声。
忘れられるわけがない声。
私は振り向いた。
山吹色の長いハーフアップが、
春の風みたいにゆらりと揺れていた。
アキナ「ヒマリちゃん!!」
気づいたら、私は彼女に抱きついていた。
山吹ヒマリ。
第三特別隊の隊長で、山吹家の当主。
そして――
アサヒ君を一緒に想った、大切な友達。
久しぶりに会えた嬉しさが、胸いっぱいに広がる。
トウカちゃんは目を輝かせていた。
トウカ「ヒマリさま!?」
アサコさんは、相変わらず興味なさそうに言う。
アサコ「ヒマリちゃん?」
アキナ(……この温度差、なんだろう)
でも、ヒマリちゃんはいつも通りの優しい笑顔で、私の背中をそっと撫でてくれた。
その瞬間、胸の奥にあった不安が、少しだけ溶けていく気がした。




