道化師スニーアの微笑、そして消えたトイレ
トウカ ― 新幹線 ー
アキナさまの肩が、小刻みに震えていた。まるで、胸の奥に隠していた“触れられたくない場所”を急に暴かれたみたいに。
アキナ「どうして……私のことを……」
その声はいつものアキナさまじゃなかった。強くて、まっすぐで、誰よりも優しい――
そんな彼女の影が、今にも崩れ落ちそうに見えた。
私は、ただ立ち尽くすしかなかった。
トウカ(アキナさまが……死ぬ言い訳なんて……そんなの、そんなの嘘だ……)
胸がズキリと痛くなる。
信じたくない。
でも、アキナさまの震える声が、現実を突きつけてくる。
ドガァンッ!!
突然、車両が大きく揺れた。床が跳ね上がり、窓ガラスが震える。
トウカ「なっ、何なの……!?」
爆発の瞬間、空気がざわついた。肌の上を、冷たい魔力が走る。
トウカ(この感じ……魔族の魔力……!)
嫌な予感が背中をつたって落ちていく。さっきの道化師の少女――
あの笑い方、あの目。
トウカ(まさか……全部、罠……?)
私とアキナさまを揺さぶるために。
心を折るために。
あの子は、最初から“魔族”としてここにいたんだ。
喉が乾く。
でも、足は震えても、動かなきゃいけない。
トウカ(アキナさまを……守らなきゃ)
それだけは、絶対に譲れなかった。
道化師姿の少女「アサコは厄介そうだったから、分断させてもらったよ」
道化師姿の少女は舞台の上に立つ役者みたいに軽い声で言った。
その明るさが、逆に背筋を冷たくする。
アキナさまの肩が震えた。
アキナ「……貴女。旧創造神唯一派の刺客なの?」
その問いに、少女は――笑った。大きく、楽しそうに、心の底から。
道化師姿の少女「あはははははははっ! あんな歩く生ゴミと一緒にしないでよ!!
私はただ、新しい玩具が欲しいだけ。前の女の子は完全に壊したから。だから次の玩具が欲しいの」
トウカ(“完全に壊した”って……何よそれ……)
怒りより先に、怖さが来た。だけど、アキナさまの前で震えてなんかいられない。
トウカ「ふざけるな!!」
私は叫んでいた。声が震えていたけど、それでも構わなかった。
モンハナシャコを召喚し、拳銃を形成。
銃口を少女に向けた瞬間――
赤い布が、ぱっと広がった。
バンバンバンッ!
弾は布に吸い込まれた。その向こうには、誰もいなかった。
トウカ「き、消えた……!?」
息が詰まる。
視界が揺れる。
前列を見ると――そこに、もう少女が立っていた。
道化師姿の少女「イリュージョン!!」
両手を広げ、誇らしげに叫ぶ。その姿は、“自分の残酷さを楽しむ子ども”みたいだった。
道化師姿の少女「どうだった? すごいでしょ!?」
トウカ「ふっ……ふざけるなぁああ!!」
私は再び銃口を向けた。
その瞬間――
落ちていた赤い布が、蛇みたいに動き出した。
シュルシュルッ!
トウカ「くっ……!」
布が私の身体に巻きつき、締め上げる。
息が苦しい。
腕が動かない。
少女は、優しい声で言った。
道化師姿の少女「大丈夫だよ。別に殺すことが目的じゃないから。
あくまで“楽しむ”ためだしね」
その笑顔が、いちばん怖かった。
トウカ(アキナさま……守らなきゃ……!怖くても……震えてても……それでも……!)
私は必死に布を引き剥がそうとした。
トウカ「この……!」
私が必死にもがいた瞬間――
ビリビリッ!
赤い布が裂けた。
アキナさまが、素手で引きちぎったのだ。
その姿はもう、いつもの優しいアキナさまじゃなかった。
鬼神へと神仏合体した彼女は、炎のような魔力をまとい、瞳の奥に静かな怒りを宿していた。
トウカ「ありがとうございます……アキナさま」
アキナ「このくらい、気にしないで?それと……」
アキナさまは私の前に立ち、守るように腕を広げた。
私はその背中に並び、戦闘態勢を取る。少女は、まるで舞台の観客を煽るように手を叩いた。
トウカ「さすが破壊神。強力な魔力で作った布を、そんな簡単に破るなんてね。
アキナの前じゃ、魔法は撹乱にしか使えないかな?」
アキナさまの声が震えた。
アキナ「……貴女は何者なの?どうして、私のことをそんなに詳しく知っているの?」
その不安を、少女は楽しむように笑った。
道化師姿の少女「それはアキナのことをたくさん調べたからだよ?
邪神王からあなたの話を聞いた時、ずっと気になってたの」
トウカ「邪神王……!?」
思わず声が出た。
胸が冷たくなる。
邪神王――スカル。
神と魔族の頂点に立つ存在。
この世界の支配者。
アキナさまは、静かに息を呑んだ。
アキナ「邪神王から聞いたということは……貴女はスカルから強い信頼を受けているということ。
そして、その魔力……神に匹敵する。
貴女は……魔神十二使徒。その内の一人?」
少女は帽子を取って優雅にお辞儀をした。その仕草だけは、妙に丁寧だった。
そして――低い声で名乗った。
スニーア「ご名答。私は邪神王から最も寵愛を受けている魔神十二使徒の一人。
名は――スニーア」
顔を上げて帽子を被り直すと、またあのふざけた笑みを浮かべた。
スニーア「よろしくね?救いのない少女たち」
その言葉は、まるで呪いみたいに胸に刺さった。
トウカ(救いが……ない?そんなの、絶対に認めないわ……!
アキナさまも、アサコも、私も……誰も“救われない”なんて……!)
私は震える拳を握りしめた。
アサコ ― 新幹線 トイレ前 ―
新幹線のトイレ前。私は今、ババァと取っ組み合っていた。
いや、正確には――
ババァの皮を被った“何か”と死闘を繰り広げていた。
腹の奥で、獣のような唸り声が響く。
グルルルルル……ッ!!
やばい。
これは私の腹の音だ。
“シェルター”の警報が鳴り始めている。
アサコ「ぬ”う”う”う”う”う”っ!!なんて力してやがるんだこのババァ!!本当に人間か!?毛根を狙う執念、山の怪異そのものだろ!!」
ババァは涎を垂らしながら叫ぶ。
髪喰いババァ「髪ィィィィ!!毛根ごと寄越せェェェ!!」
次の瞬間、ババァの蹴りが私の腹に突き刺さった。
ドゴォッ!!
アサコ「ぐぉおおおっ!!やめろ!!そこは私の最後の防衛線なんだよ!!」
腹の奥で核が落ちてくる感覚。シェルターの壁がミシミシと悲鳴を上げている。
アサコ(まずい……!このままじゃ“楽園”に辿り着く前に決壊する……!!)
そこへ――
カズオ「何やってるの?」
カズオが現れた。
なぜか“日常の顔”で。
そしてこのタイミングで。
私とババァは同時に固まった。
アサコ(なんで今なんだよ……!!なんでその顔なんだよ……!!)
だが、考える暇もなく。
ドガァァァァンッ!!
車両間の貫通幌が爆発した。
理由は知らない。
たぶん神の悪戯だ。
アサコ「うわぁあああ!!」
髪喰いババァ「かみぃいいい!!」
カズオ「うおおおおっ!?」
爆風に巻き込まれ、私たちはまとめて吹き飛ばされた。
ドガッ!!
私はうつ伏せに落ち、腹を強打。
アサコ「あががががぁあああ!!シェルターが……崩壊する……ッ!!」
ババァは外へ吹き飛んでいった。カズオは普通に通路で転がっている。
アサコ(今だ……!!誰も“楽園”へ向かう気配はない!!このチャンスを逃すわけにはいかない!!)
私は立ち上がり、トイレのドアノブを掴む。
アサコ「いざ理想郷へぇえええ!!」
勢いよく開けた。
だが――
そこには、
トイレが無かった。
爆発で跡形もなく消えていた。
私は呆然と立ち尽くした。
アサコ「……私の……トイレ……」
腹の奥で、最後の警報が鳴り響く。
アサコ(終わった……
私の理想郷は……消えた……)




