嘘吐きキャンディーとトイレの死闘
トウカ ― 新幹線 ー
まさか、アサコが魔王アサヒの“女クローン”だったなんて。
しかも、トモエさまの前任――神術総監が進めていたアサヒクローン計画の失敗作として生まれ、捨てられた存在だなんて……。
胸の奥が、締めつけられる。
トウカ(だけど……カツヤさんは幸せだったと思う。アサコを助けたことを、きっと一度も後悔してない)
でも、残されたアサコは違う。大切な人に何も返せなかったと、ずっと自分を責め続けている。
トウカ(だからあの人は、女の子たちに優しくして、身体を張って、無茶ばかりしてきたんだ)
本当は言いたい。“もっと自分を大事にしなよ”って。でも、それを言われても彼女は困るだけだって分かってる。
だけど私は――
アサコの痛みに寄り添いたい。
窓の外を見つめるアサコの横顔は、どこか遠くて、触れたら壊れてしまいそうで。
私はそっと息を吸い、言葉を探しながら口を開こうとした。
その瞬間――
アサコが、ふっと立ち上がった。さっきまで背中にまとわりついていた重さが、嘘みたいに消えている。
トウカ「……アサコ?」
彼女は振り返りもせず、軽い声で言った。
アサコ「うんこ行って来る」
トウカ「お手洗いって言いなさいよ!! 小学生か!?」
怒鳴った私にアサコは肩を揺らして笑い、スタスタとトイレへ向かっていった。
その背中は、さっきより少しだけ軽く見えた。
アサコがトイレへ消えていったあと、私は深く息を吐いた。
トウカ「はぁ〜……。調子崩れるわぁ〜」
頭を抱える私を見て、アキナさまが肩を揺らして笑う。
アキナ「あはは。アサコさん、暗い空気が苦手だからね。あれでも彼女なりの優しさだよ?」
トウカ「分かってます。ですが……」
言いながら、胸の奥に引っかかっていた言葉が、つい零れた。
トウカ「少しは、甘えてもいいと思うんです」
その瞬間――
道化師姿の少女「キャンディー!おいしいキャンディーはいかがー!」
甲高い声が通路に弾けた。
振り向くと、左右非対称のツインテールに、片方は真紅のリボン、もう片方は黒と赤と白のピエロ帽子。
毛先から黒から赤、そしてピンクへと溶けるように色が変わっていく。
かごには虹色のキャンディーが山盛り。
目元には涙のフェイスペイント、唇はハート型。
笑っているのに、どこか“笑っていない”ように見える。
トウカ(……まるでピエロ)
アキナさまが感心したように目を丸くする。
アキナ「すごいね。こんなサービスもあるんだ」
少女は軽いステップで近づき、私たちの前に立った。
道化師姿の少女「キャンディーはいかが!? とっても甘くて、とっても美味しいですよ!?」
ウィンクしながら指を唇に当てるポーズ。
上半身はハートのコルセット、下は左右で丈の違うスカート。
片足はストライプ、もう片足は網タイツ。
背中には風船の束――まるで歩くサーカス。
アキナさまは目を輝かせた。
アキナ「キャンディー欲しいです! いくらですか?」
道化師姿の少女「お代はいりません!どうぞ!」
差し出されたキャンディーをアキナさまは嬉しそうに受け取る。
私もひとつ手に取った。包みを開けると、ふわりと甘い香りが広がる。
少女は、私たちが口に運ぶのを期待するように見つめていた。
そして――
アキナ「ゔっ!」
アキナさまが突然、口を押さえてキャンディーを落とした。
アキナ「にが……」
トウカ「え?」
同じものを食べたはずなのに、私の口の中は甘さで満たされている。
トウカ「私は……すごく甘くて美味しいのですが……?」
少女は、にこりと笑った。
道化師姿の少女「ごめんね? このキャンディーは“嘘吐き”な人には苦くなるんだよ?」
トウカ「……え?」
耳を疑った。
トウカ「嘘吐きって! アキナさまが嘘をついてるわけないでしょ!? あなた、何を――」
少女は目を細め、笑顔のまま冷たい声で言った。
道化師姿の少女「嘘をついてるよ? ねぇ、アキナ」
その笑顔は、どこか壊れたおもちゃのようで。
道化師姿の少女「みんなを守るって言いながら、ただ“死ぬ言い訳”を探してるだけの……
死にたがりの救世主さん」
空気が、一瞬で凍りついた。
アサコ ― 新幹線 トイレ前 ―
トイレの前に立った瞬間、私は悟った。
アサコ「なんてことだ……」
ドアのランプは赤。
つまり――先客がいる。
他の車両にはトイレがない。
ここが最後の砦。
私の尊厳を守る唯一の聖域。
アサコ(待つしかないか……)
だが、私の膀胱はもう限界寸前。
もし“阻止限界点”を突破したら、この世界のレーティングがR18+に跳ね上がる。
アサコ(これから可愛い女の子が登場するのに……
私の核のせいで世界観を破壊するわけにはいかない)
とはいえ、排出作業は…おそらく5分。普段なら一瞬だが、今は永遠に等しい。
アサコ(5分……拷問か?)
それでも私は決意した。
アサコ(私は頑張る!絶対に諦めない!!)
その時、視界に“トイレ使用時間”の表示が入った。
私は震えた。
アサコ「100時間を超えているだと!?というか何で100時間!?」
100時間も新幹線のトイレにこもるなんて排便の域を超えている!!
中で何が起きているんだ!?
そしてお尻はどうなっているんだ!?
100時間もあの輪っかに座ってたら、お尻が独立国家を宣言するだろ!!
アサコ「まさか殺人事件か!?人が死んでいるのか!?」
だが100時間も経っているのに駅員も警備員も気づかないのはどういうことだ!?
この新幹線は治外法権なのか!?
アサコ「ぐぅ……っ」
突然の雷のような腹痛。私は内股になりながらお腹を押さえた。
アサコ「駄目だ!!
このままでは、この世界にとんでもない悲劇を起こしてしまう!!そうなってしまえば、アキナたちと一緒にいることはできないし、お嫁にいけない!!」
アサコ(ドアを壊すか!?)
だがそれをやったら私はわいせつ罪で人生終了だ!!
注意:“故意ではない”ので、わいせつ罪には該当しない。器物損壊罪にはなる。
アサコ(結局アキナたちと一緒にいることはできなくなるし、お嫁にもいけない!!)
どちらを選んでも地獄。
史上最大のピンチ。
ここまで追い詰められたのは初めてだ。
――その時。
ガチャッ……
トイレのドアが開いた。まるで天から光が差し込んだように見えた。
アサコ(やっ……た?)
だが、扉が開ききった瞬間――
そこには、奪衣婆みたいなババァが、サラリーマン爺さんの残り少ない髪をむしり取って食べていた。
アサコ「誰だお前は!!」
髪喰いババァ「何見てんだクソガキ!!見世物じゃないんだよ!!髪食わせろ!!」
ババァが私の髪に飛びかかってきた。
アサコ「まさか旧創造神唯一派の追手か!?」
私はその手を掴んだが、勢いに押されて尻もちをついた。
ドカッ!
アサコ「ぬぐおぉおおおおおっ!!」
お尻から大地震。阻止限界点が突破しそうになる。
アサコ(くそっ!こんなババァ!!トイレを済ませれば敵じゃないのにぃいい!!)
髪喰いババァ「髪髪髪髪髪!!
お前も!お前の家族も友達も!!みんな髪を食ってやる!!」
その言葉に、背筋が凍った。
アキナやトウカの髪を食べる――?
それはもう、世界観の崩壊だ。
アサコ「させねぇ……
みんなの髪は私が守る!!!」
阻止限界点が突破する前に、この髪喰いババァを倒し、そしてトイレを済ませなければ――
この世界観が終わる!!




