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美雪とミューキー  作者: よしなし つづる
平行宇宙

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ブラックウッド

「ブラックウッド訓練教官統括、三上です。今日からの約2週間、あなた方には戦闘訓練を受けて頂きます」


 三上と名乗った30代と思しき整った顔立ちをした女性教官は、俺たちを端からグルッと眉ひとつ動かさずに見回しながら宣言した。


「ここブラックウッドは、他の平行宇宙訓練施設とは異なり、実戦訓練までカリキュラムに入っています。そして、年に数名は帰還出来ない訓練生も出ます。あなたたちは、全員揃って帰還出来るよう訓練に励んでください」


 黒の戦闘用ボディースーツと不釣り合いに言葉は優しいが、とても冷淡で突き放すような圧を秘めた声だ。

到着した時に声をかけてくれた人だと思っていたが、今は確信が持てない。


「で、アンタがオレたちの相手をしてくれんのか?」


 声を上げたのは田中だ。

細く剃った眉、三上に送る下卑た視線。見た目だけでなく、中身もチンピラ同然だ。この手のヤツと一緒に訓練するのかと思うと溜息が漏れそうになる。


「はぁ……。レベルの低い訓練生だとは聞いていましたが、口の利き方からしてなってないとは嘆かわしい」


 三上教官も同じ感想だったようで、大げさに溜息を吐いて田中との距離を詰めた。


 190cmはあろうかという大柄な田中に対し、三上は頭1つ小柄な女性だ。美人というより可愛らしい顔立ちは威圧するには迫力が足りない。

田中の表情を見れば、完全にナメてることくらい分かる。


「お望みどおり、お相手して差し上げましょう」


言うが早いか、田中が首元を押さえて膝を突いた。

ノーモーションで叩き込まれた喉元への一撃に見る見る顔が青ざめる。


「他に個人レッスンが必要な方は? 口の利き方が出来ない方は?」


 突然のことに固まっている俺たちを見回すと、満足そうに頷き、田中に微笑んで声をかけた。


「ゆっくり深呼吸なさい。これから安全講習です」


 さらに冷たくサディスティックな響きに、上下関係を理解した田中はいっそう青ざめた。



◇



会議室に移動し、たっぷり2時間の安全講習を受けた。


 ここブラックウッドには大気があり、水が流れ、樹木が生育している。

重力だって1.1倍、平均気温は17.3℃、気圧もほぼ地球と同じ。

かなり地球に似た環境と言える。


 しかし、似ているのはここまで。

大気組成の50%を占めるラドンと降り注ぐ強烈な宇宙線。

放射線に満ちた世界が施設の外に広がっている。

 屋外では酸素マスクと放射線防護スーツが無くてはならなず、6時間が被爆限界だ。


 おかげで、ブラックウッドで生きられる地球型生命体はいない。

逆にブラックウッド型の生命体は酸素への耐性が無く、施設内で生きることは出来ないという。



 終盤に見せられた映像は、指示を無視し、勝手に行動した訓練生の末路だった。

 ブラックウッドの樹木に絡め取られ、赤黒い染みだけを残しバラバラにされたボディースーツの残骸。何かによって川に引きずり込まれる瞬間の監視映像、樹木ではない何かに引き裂かれバラバラになった人体と、胸くそ悪くなるものばかりだ。


 静まりかえる教室が、死と共にある場所だと暗に伝えていた。



 結局、安全講習というのは、施設の気密が破られた時の避難場所と、指揮命令系統の維持が重要なこと、そして施設外に勝手に出るなという、それだけの話だった。

 裏を返せば施設と組織を守ることが自分たちを守ることにつながる。

だから指示に従えということだ。



「実際に、この世界を見て頂きます。ついて来てください」


 三上教官に連れられ、いくつもの隔壁を抜ける。


 避難経路図で見たはずだが、実際に歩くと方向も距離感も微妙に食い違う感覚がある。

 地球より微妙に強い重力が三半規管に影響を与え、平行感覚がズレるから避難時は気を付けるようにと説明を受けたが、このことか。

いざという時は気を付けなくては。



 施設中央のエレベーターでドーム最上階へと向かう。

そこは監視塔という名の展望スペースだ。

 厚みが1mもある強化ガラスの窓と放射線防護シールド、アルミ合金製の骨格にセラミックの内壁で覆われた室内。

中央には、動体検知機能が付いた外部監視モニターが鎮座している。


 俺を含めた訓練生全員が目を奪われたのは森だ。

窓から見えるそれは、真っ黒な樹木が密集し、風に揺られるように葉がそよいでいる。まるで漆黒のジャングルだ。

 森は、あたかも邪悪な意思を持った1つの生命体であるかのように、黒い葉のような器官が震え、隣の葉に伝わり、全体が脈動する。


「アレは、私たちが展望デッキに来たから動いているんです。あなた方もエサに認定されたようですね」


三上教官の微笑みに場が静まりかえる。



 近くを流れる川も、実際に見ると澄んだ色をしているわけではなかった。

全体が灰色で、そもそも流れているのが水なのかどうかすら分からない粘性のある液体だ。どんな生物が、あの粘液の中に沈んでいるのだろうか。


 安全講習で、ブラックウッドに季節は無く、夜間はマイナス60℃、日中は40℃まで上がると聞いた。

そして驚いたことに、ブラックウッドの1日は地球時間で約2時間。

1年は15日ほどだという。


 納得だ。


 早送りでもしているように、太陽が動いている。

これでは、あっという間に夜になる。



「皆さん、風景を堪能出来たようですね。次は施設案内をします。ついて来てください」



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