次なる1歩
「記憶は戻るから心配無いって言われても……。今の俺じゃなくなってしまうかもしれない。それに、どこに敵が潜んでるか分からない時点で心配しかないんですが」
「まぁ、不安はあるだろう。ところで坂崎君。今、何を優先すべきか分かっているのか?」
腕組みしたまま問う。
「まず、早急に記憶を取り戻さなくては。いや、生き残る術を手に入れるのが先か……。引っ越して変装すれば」
「ずいぶん冷静だな。落ち着いているというより、周囲が見えていないと言った方が正しそうだが、大丈夫か? だが安心したまえ。君は私にとっても数少ない手がかりだ。そう簡単に死なせはせんよ」
「ボディガードでも付けてくれるんですか?」
「いや。君自身に抗う術を身に付けてもらうんだ」
「俺に銃の所持を認可するとか?」
「銃を持ったところで、撃ち方を知らなきゃ身を守れまい。だから、タチバナ研私設部隊の一員として、初級訓練から始まり、一般戦闘訓練、サバイバル訓練、そして実戦を経験してもらう」
「えっ!? 私設部隊があったなんて初耳です!」
「あるのだよ。研究所は、たびたび環境保護団体を名乗る暴徒、テロリストなど外部からの攻撃にさらされているのは知ってるな? 社員、研究員を守るには、それなりの実力行使が必要になるんだ。そしてGATEシステムも守らなくてはならない」
「私設部隊が研究所を守ってたんですね」
「認識が少し違うな。社員、研究員、施設を守ることは暴力装置である警察の仕事だよ」
「暴力装置とは、物騒な響きですね」
「君はそっち側の人間なんだが……まぁ、いい。言葉の定義は、不法な暴力や犯罪に対抗するため、法に則って暴力行為を実行出来る組織のことだ。制圧、鎮圧なんかはお手の物だろ」
「はぁ。仰る意味は分かりましたが、私設部隊が必要になるシチュエーションは本当にあるんですか?」
「まだピンと来ないか? 初めて面談した時に話したじゃないか。平行宇宙の向こう側に『天玲』2号機が設置されていると」
「まさか!?」
「そうだ。平行宇宙の向こうは警察力の及ばない無法地帯なんだよ」
「じょ、冗談ですよね? それって、いくらなんでも非現実的というか、SFみたいというか。もしかして平行世界のモンスターみたいなヤツを駆逐するのが目的とか……」
「さすがにモンスターはいないよ。だが興味が出てきたようで何よりだ。明日の第1便で行ってもらう」
「えっ? 明日からって、いくらなんでも心の準備が」
「何を言ってる。ただの出張研修に気合い入れすぎだろう。それに、早期実施は君にとってのメリットしかないと思うんだが」
「メリットがあるんですか?」
「向こうに10日いても、こちらでは2日だ。週末はこっちで休日も楽しめる。そして、手当は向こうの日数で支給するから、5倍稼げるぞ。当然、向こうには君を知るものは誰もいない。そういう意味でも安全が保証されている」
「ちょ、ちょっと待って下さい。その計算だと25連勤では?」
「君は思ったより頭がキレるな。向こうでは何も考えずにカリキュラムに励んでもらう。それ以上でもそれ以下でもないが、給与を支給されながら安全にトレーニング出来るんだ。文句はないだろう」
返す言葉もないとはこのことか。
たしかに戦闘訓練が必要だとは思う。だけど釈然としない。
「どうした? まだ不満そうだな。お望みなら3ヶ月連続で向こうに行ってもらっても構わないぞ」
「150連勤。平日の出張研修で勘弁して……、いや、お願いします」
どんどん丸め込まれていく俺を、美桜が冷めた目で眺めている気がする。
「ハッハッハ。話は決まったな。第1便は9時だ。1時間前に受付で登録を済ませておけ」
そしてすぐに、次の打合せがあるからと、所長は楽しそうに笑いながら部屋を出て行った。
◇
「為す術なしね」
冷ややかな反応だ。
不甲斐ない俺に呆れたろうか。
「所長を言い負かせる人間なんていないだろうよ」
「いいんじゃないの。研修は良い経験になるでしょうから」
「研修ね。美桜も経験してる風な言い方だね」
「もちろんよ。正規研究員は研修が義務なので。でも、サバイバルと実戦は選択課題にも含まれてなかったはずだから、翔さんは特別扱いだね」
「マジか。所長は、俺を何にしたいんだよ」
「そうそう。所長、何も言ってなかったけど、全部支給されるから手ぶらで大丈夫だよ」
「そうなのか? 着替えや洗面道具も要らないのか?」
「オヤツの持ち込みも禁止だからね」




