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窮地、そして旧知

「てめぇら! いつまで遊んでやがる」


 革ジャンがドスの効いた声で唸るように吠えた。


「兄貴すまねぇ」

「今、片付けます」


 ジャージ2人組が答える。


「俺は連れて来いと命じたはずだ。いったい何してやがった」


「申し訳ありやせん!」


「ったく。頭が足りねぇやつはこれだ」


 革ジャンが俺を真っ直ぐに見据えて、静かに、そして反論を許さない威圧を込めた口調で命じる。

ポケットに突っ込んだ右手が不気味だ。


「大人しくついて来てもらおうか」


「ごめんだな」


 全員ねじ伏せるか、逃げるか、大人しく従うか。

そんな選択、ふざけるなだ。

どこまで出来るかわからないが抗ってやる。


「何だと!? いくらあんたでも、全員を相手にどこまで抵抗出来るか。試してみるか?」


 革ジャンが俺の胸をドンと突いた。

勢いでブロック塀に背中が当たる。


 さらに革ジャンが詰め寄る。


 革ジャンの右ポケットが硬いモノで膨れているのが分かる。

銃か?


銃口は俺の胸のど真ん中を狙っている。


 くそっ、どうしたら!?


 ジリジリと詰め寄られるが、これじゃ逃げようがない。


 革ジャンがそのまま顔を寄せた。

無精ヒゲを生やしてはいるが、思ったより若い。こんな成りして20代か?


「演技はこれくらいで十分でしょう。報告があります」


 さっきまでのドスが効いた声ではなく、年相応といった穏やかな声だった。それだけ言うと、さっと下がった。


はっ、報告? どういう意味だ?


「大人しくついて来やがれ」


 またドスの効いた声に戻っていた。


 状況が飲み込めないが、強盗の類じゃないってことか?

このまま従っても危険は無いという意味……でいいのか。


「てめぇ、逃げ出すんじゃねぇぞ!」

「逃げたらぶっ殺すからな」


 例のジャージコンビが血気盛んなのは変わらないが、つい1分前までのピリピリした空気ではない。

同僚への労いのような空気が2人の声から滲みだしている。


 よく分からないが、ヤバそうだと思ったら隙を見て逃げればいい。


 革ジャンを先頭に、俺、ジャージコンビ、残りの追いかけてきた面々の順で路地を進んでいく。


 細い路地を抜け、角をいくつか曲がり、シャッターが閉じた、元店舗の横を抜ける小径から裏口に回る。

 青い波トタン塀にある古びて黒く変色し、腐りかけた木戸をくぐって廃墟となった雑貨屋に入った。

しかし、そこが目的地というわけではなく、うち捨てられた什器の間を素通りし、反対側の扉を抜けて、また屋外へ。

こうして3軒の店舗を通り抜け、旧来の住宅街を()う狭い路地に出た。


 革ジャンとジャージコンビが周囲を伺っている。目的地が近いんだろう。

ここまで、ずいぶん歩いたが、おかげで冷静に考えられるようになってもいた。


 目の前の大和塀に囲まれた立派な日本家屋に勝手口から、靴も脱がずに入った。

うち捨てられた台所、染みの浮き出た天井、腐りかけた床板、そして、雨漏りで変色した壁紙。


 人が住んでいる気配は無い。完全に空き家だ。


「水島さん、お疲れっす! ささっ、こっちのソファへ」


 水島さんだと!?

水島刑事だと思ってるわけか……本当に俺のことを知ってるらしい。

それに、紺ジャージの変わり様は何なんだ?


「あ、あぁ」


 状況が分からない俺は、生返事がやっとだ。

勧められるまま、ところどころが擦れて薄くなったバーガンティの革張りソファに腰を落ち着けた。


 改めて室内を見回してみるが、生活感は感じられない。

廃墟になった屋敷を勝手に使っているんだろう。


 革ジャンが向かいに座り、口を開いた。


「先輩、店主から聞いたんですが、記憶を無くされたとか? それっては本当なんですか?」


「店主? すまない。この状況、本当に意味がが分からないんだが。最初から説明してもらえないか?」


「現状ですね。分かりました。前回以降の報告から」


「いや、そうじゃなくて、あんたたちは誰で、いったい何者なんだ?」


「なに言ってんすか! 俺たちを忘れるわけないっすよね!」

「もう演技は不要すよ」


「君たちは、ちょっと黙っててくれないか」


 革ジャンがジャージコンビをピシャリと制した。


「分かりました。では、我々の状況、目的から説明します」


「悪いが、頼む」


「まず私は埼玉県警広域犯罪対策部第1テロ対策班、黒田一馬。そしてコイツらは、旧市街自警団の連中です」


「オレたちだって街を守ってるんすよ! 『コイツら』ってのはひどくないっすか」

「1人1人紹介して欲しいっす」


「あぁ、分かってる。だけど今は時間が惜しいからあとでな」


「絶対ですよ!」


「私たちのことは全く覚えていないのは分かりました。捜査状況、目的を説明する前に、先輩がどこまでを覚えているのか確認させてください。状況によってはご説明出来ませんので。まず、ご自分のことはいかがですか?」


「申し訳ないが、何も覚えてないんだ。俺が本当に君たちが言う水島刑事なのかどうかすら怪しいと思う」


「でも名前は覚えてますよね?」


「つい最近、水島隼人じゃないかって思いはじめたところで、何かを思いだしたわけじゃない」


「では、いったい、先輩はご自身を誰だと思ってるんですか?」


「坂崎翔画。画家だよ」


「画家?」


「だけど、そう思い込んでただけで、本当は違うと分かったばかりだ」


「意味が分かりませんが」


「だろうな。俺だって分からないんだ。すまないが、水島刑事のことを教えてもらえないだろうか? 人物像とか、家族構成とか、黒田さんにとってどんな存在だったのかとか」


「黒田さんなんて他人行儀、やめてくださいよ。今まで通り呼び捨ててお願いしますよ」


軽くため息をついてから、黒田は話を続けた。


「水島隼人……先輩は、3年ちょっと前、奥さんを事故で亡くされてから、ずっとお1人でした。しばらく塞ぎ込んでましたが、周囲に気を遣わせまいと笑顔を絶やさないような人です。

 半年前、環境保護団体グリーンフリーダムの実行部隊『トゥルー』のメンバーが集まるという情報を得て、廃ビルに突入。そこで交戦になり、ヤツらの構成員2名を確保。

しかし、幹部クラスは逃亡、ビルに仕掛けられた爆弾でビルが崩壊し、先輩も行方不明になりました。

遺体は発見されず、トゥルーに拉致されたのだろうと……」


「行方不明? それだと、さっきの話と矛盾しないか?」


「気付かれましたか。鋭いところは相変わらずですね。実はこれ表向きの話です。トゥルーのガサ入れ前に、先輩と私には潜入捜査の辞令が出てます」


「俺がトゥルーに、黒田が地元自警団に?」


「正解です。店主はこちら側ですから、ノスタルジックスペースに先輩が顔を出したら連絡をもらえる手はずになってました」


「前回も、前々回も接触して来なかったのに、どうして今回だけ?」


「店に顔を出すたびに接触していたら、すぐにバレますから。3回目で接触と口裏を合わせてました」


「そういうことか。事情はだいたい分かった。でも、俺が記憶を失ってるのはなぜだ?」


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