新たな事実2
旧市街にある新大宮バザールは、すでに廃れた商業地区のなごり、過去の往来から取り残された残滓だ。灰色のシャッターが延々と続き、お年寄りが趣味で営む店だけが、辛うじて色を添えている。
昼過ぎとはいえ、こんな寂れた場所を訪れるのは、よほどの暇人か好き者だけである。
そんな新大宮バザールに隣接する、古びたビル群の一角に「ノスタルジックスペース」はあった。コンクリートで出来た何の変哲も無いビルの1階にある小さな看板だけが目印だ。
ガラスのドアを手で押し開け、ガラクタが積み上がった通路を抜けてカウンターへと向かう。
「こんにちは。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
50代後半、不摂生で世間といったものに興味が無さそうな店主は、読んでいた大昔のアニメ雑誌から視線を上げた。
「タブレットに何か問題でも?」
今日で顔を合わせるのが4度目だが、相変わらず無愛想だ。
常連になったとしても、この接客態度は変わらないんだろう。
「いやいや。タブレットは快調ですよ。全く問題がないどころか、バッテリーの持ちも良くって、ほんと助かってますよ」
「そうっすか。では、いったい何です?」
「ズバリ伺います。初めて俺の顔を見た時に、《《何とかさん》》と呼びましたね? それは誰のことです?」
「初めて? いったいいつのことですかい? 覚えちゃいませんが」
「なら、質問変えます。俺の顔に見覚えがあるんですよね? 誰に似てると思ったんですか?」
「誰って……そんな……」
「もしかして、水……」
店主は、ポンッとカウンターの上に雑誌を放った。
「ハァ。勘弁して下さいよ。水島刑事っしょ? 女の子なんか連れちゃって、全く雰囲気違うから一瞬戸惑いやしたが。なんなんすか。うちは真っ当な商売してるってご存知でしょ?」
「何度も言いますが、俺は坂崎です。水島ではありませんよ。でも事情がありまして、水島刑事のことを知りたいんです。知ってることがあったら教えてもらえませんか」
「それ、本気で言ってます? 何のひっかけすか?」
「ひっかけ?」
「あっしが何か言いふらしてないか確認に来たんしょ。やるならマジメに変装したらどうっす?」
「だから、俺は坂崎だって」
「んー。そんなの誰が信じるんすか。今時、そういう冗談は流行らないんすよ」
「初めて来た時は、納得したじゃないか」
「なに言ってんすか。先月、久しぶりに顔出したと思ったら別人だとか言い出して。捜査の一環だろうと気を利かせて調子を合わせたのに、今度は中身が別人だって言うんでしょ?」
「中身が別人!? ちょ、ちょっと待ってくれ」
「顔は少しふっくらしたようですが、左手にそんな傷がある人なんて、そうそういませんって。別人だってんなら描いたんすか?」
「まさか! これは、昔からの傷で……。普通、こんなの描きませんよ」
後半はつぶやくような小声になってしまった。
「逆に聞かせて頂きたいんすが、あんたが本当に坂崎さんだとして、どうして水島刑事のことを知りたがるんですかい?」
「ごめん、翔さん。ちょっとだけいいかしら」
美桜が割って入った。
「店主さん、雰囲気からですけど、刑事さんに口止めされてますね? 何か弱みでも握られてるのかもしれませんが、私たちは、あなたに不利益になることを聞き出そうとしてるわけじゃありません。刑事さんがどういう人で、どうして翔さんとそっくりなのかを知りたいだけなんです。話して頂くことは出来ませんか?」
店主は、美桜に真っ直ぐに見つめられて、沈黙した。
「ハァ、分かりやした。話しますよ。でも、あっしが話したってことは内緒でお願いしますよ」
美桜はニコッと笑ってうなずいた。
「お約束します。では早速、水島刑事ってどんな方だったんです?」
「そうっすね。まぁ、ひとことで言えば面倒見がいい人でしたよ。もちろん刑事さんすから、あっしらにとっては天敵なんすけどね」
「天敵というと?」
「翔さん、聞いたことない? オールドネットってさ、もう廃止になってる昔の通信インフラなのよね。それを無理矢理動かしていることが警察からよく思われてないのよ。しかも、店主さんは昔の端末をレストアして、オールドネットの接続設定まで出来る人。だから商売的に天敵なの。合ってるかしら?」
「いやぁ、詳しいな。びっくりしやしたよ。もちろんその通りすよ。ただし半分だけっすけどね」
「あら、残念」
「接続すること自体は特に問題無いんすよ。だけど、オールドネットって、GATEネットと違って本人特定と即時追跡が困難なんすよ。だから犯罪の連絡用に使われる可能性が高いわけで」
「へぇー」
「水島刑事が店に来るのが、古いタブレットなんかを使えるように修理したり、データ抜き出しとか、ハッキングとか、盗聴とか。全部、捜査のためらしいんすけど、持ちつ持たれつなところがあるんすよ。だから商売としは真っ当で、特におとがめ無しってわけで。天敵ってのは、あっしらの顧客でね」
「犯罪関連の顧客ってこと?」
「富裕層9割、1割が……まぁ、詳しくは言えないんすけどね。信用商売すから」
「最後に来た時も何か依頼を?」
「あの時は……。そうっすね、言われてみれば、ちょっとばかり……、その……、おかしかったかもしれませんな」
「おかしかった?」
「いや、なにね。特に用事も無いのに来たんですよ。修理とかデータ抽出とか、仕事の依頼が無いのに来たのは、その1度きりなんですよ」
「それは、いつ頃?」
「だいたい半年前。それから何日かして、ニュースで散々流れてたように、テロリストの拠点捜査の最中、建物火災でビルが崩落して行方不明。それっきりでさぁ」
「行方不明というのは、捜索したのに遺体が見つからなかったという意味でいいかな?」
「ちゃんと捜索したかどうかなんて知りやせんよ。その後、見つかったとも聞いちゃいやせんし。仕事柄、命を狙われることだって……刑事っすから。あとは偽装して潜伏とか」
「潜伏……。だから、調子を合わせたってわけか。そのテロリストって、グリーンフリーダム?」
「まぁ、たしかにグリーンフリーダムすが、彼等は表向き環境保護団体で、知らずに加盟している人間は多いんすよ。そういう人たちは暴力行為とは無関係。ヤバいのは、実行部隊の『トゥルー』。ここ新大宮の地下に潜伏してるヤツでさ」
「半年前の拠点捜査って、もしかして?」
「そうすよ。トゥルーのアジトにガサ入れした日。グリーンフリーダム関係者がかなり捕まったんすけど、トゥルーの実行役、荒川京介は逃げ延びたらしい。これは、報道されてない情報すけど」
「荒川京介?」
「あぁ、荒川京介、32歳。水島刑事、高校時代の同級生の1人」
「そいつがテロの実行犯……」
「今、言えるのは、これくらいっすかね。参考になったすか?」
「あぁ、ありがとう。ところで、全然関係ない話なんだけど。そのしゃべり方、どこの方言?」
「あれ? 昔のちょっと悪い系は、こんなしゃべり方だったでしょ? 水島刑事に『お前はいつもおどおどしてるから、しゃべり方だけでも悪っぽくした方がいいぞ』って言われて、もう4、5年、この口調すよ」
「あぁ、昔ながらのオタクネタってやつですね」
「美桜……ちょっとその言い方」




