新たな事実1
美桜には、明日、1人で調べたいことがあると伝えたら、こんなに心配してるのに置いて行くなんてひどいと責められた。
サポート役にそこまでの責任は無いと思うんだが、禍根を残しそうな気がして好意を素直に受け取ることにした。
待ち合わせは、10時に新大宮市営美術館の入口だ。
予定より数分早く着いたが、すでに遠目にも涼しげなアイスブルーのブラウスにジーンズ姿の女性が立っていた。
「おはよう。待たせちゃったかな」
自分でも驚くほどに気軽な雰囲気のあいさつが出来た。
「大丈夫。2時間くらいしか……ぷっ」
「なんだい、なんだい。いきなり目を逸らして吹き出すなんて、何か変だったか?」
「昨日、今にも死にそうな顔して別れたのに、びっくりするくらいスッキリした表情だから、つい」
「次の方針が決まったもんでね」
「それが、市営美術館?」
「いや、こっちは前菜。メインディッシュはこの後に……。よし、ちょうど開館時間だ。入ろう」
美術館に入るのに、スキップしたくなるくらいに気分が高揚している。
こんな感覚は、いつぶりだろう?
新大宮市営美術館は、地元企業の寄付で運営されており入場無料だ。
それでも防犯のため、入口でスキャナーにタッチして認証する必要があると、昨日見たガイド記事に載っていた。
最近の美術館や博物館は、皆そうなっているそうだ。
「お目当ては何なの?」
「ここにはね、地元作家のアート作品が収蔵されているんだ」
「もしかして、翔さんと同姓同名の?」
「あぁ、そうなんだ。たまたま企画展も開催中でさ、原画を見たこと無かったから、見れば何か感じるものがあるかなと思ってね」
「そっか。画家だもんね」
「あ、あれがそうかな」
順路に従って、誰もいない常設展示室と古民具が並んだ企画展示室Aを素通りし、目的の部屋に向かう。
入口にある金属のプレートには、『展示室B』と彫られている。
また、となりの案内板には『地元から世界へ ネオノスタルジアの極み』とある。
展示室に入ると、思ったよりもこじんまりとした部屋に、坂崎翔画大先輩の作品が20点ほど並んでいた。
人物紹介から始まり、作品ごとに説明パネルが設置されている。
まずはプロフィールから目を通す。
デジタル全盛時代にあって、手作業、手描きの価値を高めようと活動した作家たちを総称して『ネオノスタルジア作家』と呼んでいるが、その中でも群を抜いて有名だったそうだ。
作品は風景画や肖像画が多く、200号もあるような超大作は1点だけだった。
50号か、それより少し小さいくらいの作品が大多数だ。
この時代は、生成AIの影響がピークをむかえ、家庭収入は軒並み減少し、失業者も急増した。
自然災害の頻発、大国による他国侵略が増えた混迷の時代でもあったという。
絵画を購入出来るミドルアッパー層が激減したこともサイズに影響してるのだろう。
1点1点、じっくりと鑑賞してると、美桜に声をかけられた。
もう、ぐるっとひと回りして来たのだろう。
「どう? 何か感じた?」
「ごめん。さっぱりだ。でも、世界に名が届いてるだけのことはある作品ばかりで、とても見応えがあるよ。目的とは違うけど、すごくモチベーションが上がった。帰ったら新作に着手したくなったよ」
「えっと……。前向きな気持ちになれたのは、とても良い傾向よね」
「この繊細な筆致の細筆とダイナミックな刷毛の使い方は、たしかに独特だ。色使いだってそうだ。ベースになってるアンバーの色味は、どうやって作ってるんだろう。ツヤの出方も違うからオイルの比率も工夫してそうだ。俺の作風とは全く違う。手描きにこだわり、手間暇掛けることが正義というスタンス! うん、素晴らしい」
「あの、翔さん……。ここに来た目的って?」
「あぁ、ちゃんと言ってなかったね。画家が使う技法ってすごくバリエーションがあってさ。同じ油彩の俺と画風や技法が過去の坂崎氏と被ってたら、何かしら関連があるんじゃないかって考えていたんだ」
「うん」
「でも、こうやって間近で原画を見たら、似ても似つかなかったんだ。だから、何の関係も無いって分かったんだよ」
「そっか。それは、良かった……で、いいのかな?」
「いいんだよ。俺は俺で、過去の坂崎氏とは無関係だって分かったんだ。十分に大きな成果だよ」
これで1つ、胸のつかえが取れた気がする。
「美桜、次、行こうか。一筋縄でいくかどうか分からないけど」
「えぇ。お付き合いいたしましょ。で、お次はどちらへ?」
「ノスタルジックスペースだ。その前に、併設カフェに寄っていこう。狭山茶を使った抹茶ロールが人気らしいんだ」




