海藤(ポロシャツの中年)
海藤(ポロシャツの中年)
「アンタとはどこかで会った事があったかな?」
オレは適当な事を言って、茶園と名乗る青年を相手に無遠慮に上から下まで嘗め回す。言葉の内容に意味はない。会話の取っ掛かりの為に適当に口を出た台詞がこれだったと言うだけだ。
「さて、どうでしょう。記憶にはありませんが」
彼は俺の問いを簡単に受け流す。
「別に何でも構わないけどよ。いくらオレをつついたって面白い事はないと思うぜ?」
ホームズ気取りの青年に向かってオレは意地の悪い言葉を投げかける。オレとホームズ君、そして黒ジャケットの青年は一同が集まっている場所から少し離れたところで顔を突き合わせていた。ホームズ君が「これから一人ずつお話を伺いたいと思います」と言った為である。何故かこの男の言葉には抗えないような力があり「なんでそんな面倒な事を」と思いつつもついつい従ってしまうから不思議だ。
「まあそれは聞いてみてから判断するとしましょう」
優雅と表現してしまってよいほどに余裕たっぷりに微笑むホームズ君。黒ジャケット君の「すまないな」と言う苦虫を噛み締めたような顔が非常にいいコントラストとなっていた。
「そうですね……まずは海藤さん、あなたの職業、あとはバスに乗車した理由をお聞かせ願えますか?」
「オレの職業がこの事件と何か関係あるのかい?」
あえて事件と言う言葉を使って尋ねる。これもちょいとした意地悪である。
「それは聞いてみてから判断しますよ」
涼しげな顔をしてオレの台詞をいなすホームズ君。オレよりも一回りは歳が下であろうが、その不遜な態度も特に腹立たしいとは思えなかった。これもまた人徳って事なのか。
「くれぐれも嘘はつかないようにお願いしますよ」
念を押すホームズ君。さて、何と答えるが正解なのか。正直に答えるべきか、それとも出任せを並べて乗り切るべきか。オレは大してつまってもない頭を回転させる。
「嘘つきは泥棒の始まりって言いますからね」
その言葉に、ドクン、と心臓が音を立てる。
「……なんだって?」
「嘘つきは泥棒の始まりだと言ったんです」
ホームズ君の全てを見通したような目が俺を射抜く。
「この記事、ご覧になりましたか?」
そう言って彼は丁寧に折りたたまれた紙片をコートのポケットから取り出し、オレの目の前に広げる。それは本日の朝刊であった。
「これに心当たりがあるのではありませんか?もう一度言います。嘘をついてもロクな事にはなりませんよ」
彼の指差す記事が視界へと入り込んでくると、それに合わせてオレの頭の中には先日行った自分の行動がフラッシュバックしてきた。
セピア色の映像の中でオレは山の中を駆けていた。手にはスコップを持ち、背中には大きなリュックサックを背負っている。頬に当たる雨の粒を手の甲で拭いながら、ぬかるんだ地面を踏みしめて目的の場所を目指す。場面が切り替わると今度は無我夢中になりながら、地面を掘っているオレの姿が見える。重労働にも関わらず、オレは嬉々として穴を掘り続けていた。その顔は愉悦に彩られているようだ。また場面が転換する。どうやらそれが完成したところのようである。オレはその穴の中にリュックサックを投げ込んだ。何度か壁面をバウンドした後に、それが底まで到達するのを見届け、今度はその穴を埋めていく。
「宝石店にて盗難事件発生。身に覚えがありますね?」
今やオレの心臓は、ドンドコドンドコ、とまるでピンクサロンで流れる喧しい音楽のように鳴り続けている。ついでに目の前の世界も淡いピンク色へと染まっていく。「どういう事だよ?」とホームズ君を問い質している青年のジャケットの色もいつの間にかまるでバラエティ番組の司会者のようにピンクへと変色していた。
「この状況であなたが泥棒である事に対する罪を裁く法はありません。まあ神様やら閻魔様とやらと言った存在がいるのであれば具合が悪いかもしれませんが、そんな存在がいるのならばここで黙秘したところで無意味だと思いますしね」
ホームズ君は「僕はこの事件の解決にしか興味がないんですよ」と続ける。確かに彼が言うとおり、オレが泥棒であることを隠し立てする理由はないのかもしれない。
「あまりしつこく食い下がるのも趣味ではありませんので、これが最後です。あなたは宝石店で窃盗を働き、その戦利品をあの山に埋めに来た、間違いありませんね?」
「ああ、間違いないよ」
憧力とでも言おうか、彼のその目に見つめられオレはあっさりと自分の罪を自白をしてしまう。
「ご協力ありがとうございます」
彼はオレに頭を下げる。その態度もやはり不遜そのものと言うべき憎たらしい態度であった。
そして、意気消沈とした俺がその場を離れようとするとホームズ君は最後に俺にこう言った。
「これは単なる僕の好奇心なのですが――」




