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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第一話:リバーサイドミステリー]
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茶園(自称探偵)

茶園(自称探偵)



「謎は全て解けました」

 僕の言葉で俄かに場が沸きだす。僕はそれを眺めながら人知れず恍惚の園へと落ちていく。ふわりとふわりと身体が気持ちのいい光に包まれていくような感覚だ。きっと世の探偵と言うのはこの感覚を味わいたくてそれを生業にしているのだとさえ思う。

「悦に浸っているとこ悪いんだが、もうそろそろ探偵ごっこもいいんじゃないか?」

 僕がその感覚に酔いしれていると黒井が無遠慮に水をさしてくる。その粗野で夢が無く現実主義なところは僕がパートナーに望む人間として非常に相応しい。

「黒井、全ては一つに繋がったんだよ」

 僕がにこやかに笑うと、黒井は「もう勝手にしてくれ」などと言って肩を落とした。その仕草からは最終的には自分では僕の事を止められないだろうと言う諦観が漂っており、その姿がまた板についているのが素敵であった。

「まずみなさんに宣言しておきたいのが、これから話す事は誰かを貶める為のものではなく、僕たちにあった事故の事実関係を説明するものだと言う事です」

「あれだけ犯人犯人って騒いでたのに……」

「まあ明戸さん。折角ですから聞きましょうよ」

 僕の言葉に驚愕する明戸嬢とそれを窘める引田少年。

「まず僕たちが死んでしまった原因は何だったか覚えていますか?」

 僕は社氏に尋ねる。彼は周囲を見渡し、一つ溜め息をつくとこう答えた。

「それは私たちが乗っていたバスが事故にあって山間から転落した為です」

「では何故事故が起きたのでしょうか?」

「バスの進路上に大きな岩石が放置されていた為です」

「その通り」

 流暢なキャッチボール、そして模範的なその回答に僕は深く頷く。

「では次に何故あんな場所に岩があったのか。それを説明させて頂きます」

 僕はもう一度周りを見渡す。最初の頃にあった「この男は何を言っているんだ」と言う空気は形を潜めつつあり、この場にいる全ての人間がだんだんと僕の一挙一動を気にし始めているのが肌で感じられる。

「あんなところに岩があったのは……最初に言っていたとおり雨で土砂崩れが起きた為です」

「おいおい、結局あそこら辺では工事が行われてなかった事が判ったからその説は消えたんじゃなかったのか?」

 黒井が「異議あり」と申し立てる。やはり彼は素晴らしい。そうだ、君の役目はそれでいいんだ。

「ああ、その通りだ黒井」

「一体どういう事なんでしょうか?」

 自分が背負う重責が少しでも軽くなるかもしれないと言う思いからか久留間氏が話の先を促す。

「確かにあの辺りで工事は行われていなかった……しかし別の理由で事故現場の上の方で穴を掘っている人物がいたんです」

 ここで一拍溜める。探偵に一番求められるスキルはこの溜めなのだ。

「そうですね……海藤さん?」

 全員の注目が一斉に海藤氏に集まる。彼は最初なんとか反論しようと口をまごつかせていたが、結局は十二個の視線に耐えられなくなったのか両手を上に掲げ、降伏のジェスチャーをとった。

「ああ、そうだ。少し前にオレはあの辺りで穴を掘っていたんだ……一週間前に盗んだ宝石を埋める為にな」

 半ば諦めの境地なのか「煮るなり焼くなり炒めるなりなんなりとしてくれ」と自虐的な表情で河原の石の上に寝そべる海藤氏。

「じゃあ言ってしまえばこの事件の犯人はこの男って事?」

 明戸嬢が容赦なく海藤氏を指差す。

「そんなつもりはなかったが、結局のところこの事件の元凶はオレって事になるんだろうな」

 おそらく彼は土砂崩れの話が出たあたりから「もしかしたらこれは自分の所為なんじゃないか?」なんて思っていたのだろう。空気が読めないほどに騒がしかった彼が急に喋らなくなったのもあのあたりの会話を始めてからであったはずだ。

「なるほどねえ……そうと判ればこの責任、一体どうやって取ってもうらおうかしら。どんな理由があろうとも人を六人も巻き添えにして殺しておいて簡単に許されるとは思わない方がいいわよ」

 指をパキパキと鳴らしながら嬉しそうに微笑む明戸嬢。「責任」なんて言葉、久留間氏がババを持っていた時は露ほども出てこなかったのに、海藤氏へそれが渡った途端にこれである。余程嫌いなのだろう。

「待って下さい。まだ話は終わっていません」

 捨て鉢状態の海藤氏と興奮気味の明戸嬢を遮るように僕は声を上げた。そう、話はそう単純なものではないのだ。逆に単純な話ではないから面白いのだとも言えるが。

「海藤さん。あなたに一つお尋ねしたい事があります」

「ああ、なんだい?これ以上死者に鞭を打とうってのかい?」

 その言葉の対象が比喩ではなく実際に死者である例も珍しい。

「実はあなたがあの辺りを掘り返していたのには特別なワケがあるんじゃないですか?例えば……本来宝石を隠そうと考えていたところが何かの理由で断念せざるを得ない状況になっていた」

「ああ、よく知っているな。オレは本当は山の反対側に埋めるつもりだったんだよ。ただ昨日現地に行ってみたらそこで工事をやっていてな。仕方が無いから急遽あの場所にしたんだ」

 海藤氏が「でもだからどうしたってんだい?」と目を白黒とさせている。

「そう、海藤さんは本来僕たちが通るルートに岩が落ちて来るような場所で穴を掘るつもりなんてなかったのです」

 僕の言葉に黒井が「お前は本当に話が回りくどいな」と息を吐く。申し訳ないが、それが探偵ってものなのでご勘弁頂きたい。それに話ってものは回り道をすればする程、俄然色鮮やかに深みを増すものなのである。

「……つまりそれは私こそがこの事件の元凶であると言う事ですかね」

「どう言うことですか社さん?」

 落ち着き払いながら自首ともとれる発言をする社氏に、引田少年が質問を返す。

「今、話題の渦中にある工事。実はあれ、我が社で施工していたものなのですよ」

 そう言って彼は自分の身分を明かす為に一同に名刺を見せる。

「ですので、海藤さんが本来穴を掘るべきところが既に掘られていたが故にあの事故現場上方で穴を掘っていたのだとしたら」

 そう言って社さんは自分の髭を手でなでつけ、僕の方へと向き直った。

「それは今回の件の責任が私にあると言うことである、そうおっしゃりたいのですね?」

「てことは犯人はそこの社長さんって事になるのか?」

 思わぬところからの助け舟に海藤氏が顔を輝かせる。反面、明戸さんは渋面を作る。先ほど海藤氏へとぶつけた言葉がとんだ空振りだった所為だろう。「さっきと同じ言葉を社氏にもぶつけてみろ」などと言われた日にはたまったもんじゃないと言ったところか。それとも或いは彼女はもっと先まで気づいているのかもしれない。この話がまだこんなところでは終わらないという事に。

「みなさん結論を急がないで下さい。僕は社さんが犯人であるなんて一言も言っていませんよ」

 黒井が「うおい。一体お前は何なんだよ」と頭をかく。もったいぶらずに結論から言え、と言う事らしい。期待に沿えず申し訳ないが、僕はそんな無粋なマネはしないし、そもそもとしてこの事件は結論だけ話しても仕方がない類のものなのだ。

「社さんあなたの会社が工事を行っていたと言う事は、つまり誰かがあなたの会社にそれを依頼したという事ですよね?」

「ええ、その通りです。道楽で山を掘り返すなんてことはしませんからね」

 社氏が僕だけに聞こえるような音量で「なるほど……そういう風に持っていくのですか」と驚嘆とも呆れともとれる言葉を紡ぎ眉間を揉む。

「そしてその依頼人はこの中にいる方ですね?」

「なんだって!つまりそいつこそがオレたちが死んだそもそもの原因を作ったって事なんだな!そりゃ一体誰なんだい?」

 声を荒げ騒ぎ立てる海藤氏。自分がそのポジションにいた時は一言も発言をしなかったにも関わらず、状況が変わったおかげか元の空気の読めない性格に戻ってしまったようである。

「申し訳ありませんが、その質問は守秘義務に反しますのでお答えしかねます」

 手を眉間から離した社氏の顔からは先程まで作っていた表情は既に消え失せ、元の鉄面皮へと戻っていた。社氏の答えは、あくまでビジネスとしてクライアントの個人情報保護を貫き通そうとする事が意図なのだろうか。いや、きっとそうではない。彼の答えかねると言うその答えは結局のところ「その人物はこの中にいる」と認めていると言う事になる。それが判らないほど彼は頭の悪い人間ではない。これはこの状況でそんな事を示唆すれば自分が白状しなくとも、自ずと誰かが誰かを問い詰めると言う展開になると言う事を理解した上での発言だ。自分がわざわざ憎まれ役を買う必要もないってわけである。

「おいおい、隠したって無駄だぞ。もしや運転手さん、依頼人ってのはあんたかい?」

 ヒートアップしてきた海藤氏が久留間氏の胸倉につかみかかる。さすがにまずいと思ったのか横で黒井が腰を浮かすのが見える。

「あの……」

 黒井が海藤氏の手を掴むのと同時に声があがる。

「その依頼人って多分アタシだと思う」

 たはは、と困ったような顔をして挙手をする明戸嬢に一同の視線が集まる。

「社さん、それで間違いありませんね?」

 僕が尋ねると彼は「聞くまでもなく解かっていたんだろう」と嘆息される。

「おいおい、お嬢ちゃん。あんたさっきオレに何て言ったっけか?」

 ここにきてますます勢いを増す海藤氏。明戸嬢は「覚えてないなあ」などと惚けているが、その目が水族館のイルカショーの如く泳いでいるのが見て取れた。

「おい、女。それで済むと思ってんのか?謝罪はどうしたよ、謝罪は」

「うっさいわね!元はといえばてめえが……」

 口汚くお互いを貶し合う海藤氏と明戸嬢。

「おい、茶園。結局この事件の犯人は久留間さんでもなく、海藤さんでもなく、社さんでもなく、明戸さんって事になるのか?それで終わりなのか?」

 黒井が僕のコートの袖を引っ張りながらそう聞いてくるので、僕は「さてそれはどうかな」と微笑む。その返答に彼は不服そうな顔を示すが、大丈夫、きっとそれは僕が口にしなくてももう少し待っていれば明らかになる事だろうから。

「みなさん、明戸さんに非はありませんよ」

 騒然とする一同、主に海藤氏と明戸嬢の罵りあい、に引田少年が一石を投じる。誰かが「おい、またこのパターンか!一体いつになったら終わるんだ!」と嘆いているのが耳に届く。きっと黒井だ。

「なぜなら彼女が社氏に施工を依頼したのはボクの為なのですから」

 淡々とそう語る引田少年の手を握り「坊ちゃん、そんな事を言うのは止めてください!」と泣きそうな顔で彼の言葉を否定する明戸嬢。

「だって明戸さん、それが事実だろう。あなたが社氏に頼んだのはボクの療養地の開発なんだろう?という事はその元がボクになるって言うのは誰が見ても明らかだよ」

 明戸嬢を諭すようにそう言うと、引田少年は「ただ開発の話がそんなところまで進んでるとは思ってなかったけどね」と肩をすくめた。

「んじゃあ、結局のところそこの坊ちゃんが悪いって事でいいのか?もういい加減面倒になってきたんだが」

 そんな事を言うとまた明戸嬢から罵詈雑言の嵐を受けるだろうに、海藤氏が余計な事をのたまう。本当にこの人は学習をしない。

「海藤さん、そうではありませんよ。結局のところこれは事故なんだ。そして、事故の原因をみんながみんな少しずつ作ってしまった、ただそう言う話なんですよ。誰が悪いではなく、ただ歯車が少しずつおかしな方向に噛み合ってしまった、それだけなんです」

 社氏が慌てたそぶりも見せずにそうフォローを入れる。やはりこの人は判っている人である。

「つーかよ、そこの探偵と助手の二人を抜いたら、今回の原因になってないのって実は久留間さんだけなんじゃないのか?」

 僕と黒井を見た後に「あんだけ、自分が悪い、なんて言ってたのになんなんだよそのオチは」と笑いながら久留間氏の肩を叩く海藤氏。

「確かにそれは傑作だよねえ。犯人と思わしき人が犯人じゃない、ミステリー小説の基本ってやつだ!」

 とやはり笑いながら言うのは明戸嬢。

「何やら複雑な気持ちですが、今回の件で自分は罪を犯してはいないって事になるんですよね。よかった……よかったです」

 ずっと陰鬱そうな顔をしていた久留間氏に光が戻る。その瞳からははらはらと涙が零れ落ちている。

「まあこれで一件落着ってやつですかね」

 黒井が、パンッ、と一つ手を叩き、しれっとした顔でまとめに入る。今の今までこの事件の全容を理解していなかったにも関わらず、本当にこう言うところだけは要領のいいやつである。

「いや、今もまだ、と言う方が正しいか」

 僕は誰にも聞こえないように口内でその言葉を飲み込む。黒井が「何か言ったか?」と聞いてきたが無視をしてやる。

 そして、僕は引田少年に目を向ける。「君はこれでいいのかい?」そうアイコンタクトを送る。彼から投げ返されたボールは「ええ」の二文字であった。なるほど、だったらそれでいい。これ以上この場を引っ掻き回すのは僕の領分を越えている。彼がそれでいいのならば僕もまたそれでいいと納得をせねばならない。

「さて、みなさん。話に決着がついたところで丁度渡舟が参ったようです」

 視界の先、水面に浮いた影がゆらゆらとこちらへと近づいてくるのが見えた。和やかに談笑をする僕らを見て船頭が、ぎょっ、とした顔を浮かべているのを確認して、僕は帽子を深く被り直した。


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