社(カイゼル髭の紳士)
社(カイゼル髭の紳士)
「貴方とはどこかで会った事がありましたかね?」
私は適当な事を言って、茶園と名乗る青年を相手に気付かれないように素早く上から下まで観察する。言葉の内容に意味はない。ただ単に相手の情報を少しでも引き出したいが為の方便である。
「さて、どうでしょう。記憶にはありませんが」
彼は私の問いを簡単に受け流す。
「まあいいです。これはつまり取り調べと言うやつですかな?」
慇懃無礼な青年に向かって皮肉を込めて私はそう問う。私は茶園青年と黒井青年に呼ばれ、一同が集まっている場所から少し離れたところで彼らと向き合っていた。茶園青年が「これから一人ずつお話を伺いたいと思います」と提案した為だ。何故か彼の言葉には抗えないような力があり「あなたに何の権利があってそんな事を言うのですか?」と言う正論が私の口から出て行くことはついになかった。
「そんな大仰な物ではありませんよ」
優雅と表現してしまってよいほどに余裕たっぷりに微笑む茶園青年。黒井青年が「申し訳ない」と苦虫を噛み締めたような顔でいるのが、実にいいコントラストとなっていた。
「そうですね……まずは社さん、あなたの職業、あとはバスに乗車した理由をお聞かせ願えますか?」
「私の職業がこの事件と何か関係あるのですか?」
あえて事件と言う言葉を使って尋ねる。これもまた皮肉である。
「それは聞いてみてから判断しますよ」
涼しげな顔をして私の台詞を受け流す茶園青年。私よりも一回りは歳が下であろうが、その不遜な態度もここまでくるといっそ清々しいと表現出来た。これもまた人徳と言うものなのかもしれない。
「くれぐれも嘘はつかないようにお願いしますよ」
念を押す茶園青年。別段自分の肩書きに問題があるわけでもなかったが、はたしてこの青年のペースに乗せられてしまっていいものかどうかと思案する。私は少し逡巡した上で、虚偽の申告をするメリットも特にないと判断した。
「建設会社の代表をやっております」
そう伝え、名刺を渡す。茶園青年はそれを受け取ると「なるほど、そういう事でしたか」と一人納得する。私がこの辺りの地質や工事の情報について詳しかった理由に合点がいったと言うところか。黒井青年は暢気に「この建設会社ってあの上場している有名な会社ですよね?社さんって実は凄い人だったんですね」などと無意味なお世辞を口にしていた。この状況で上場企業の社長と言うステータスに一体どれだけの意味があるのか。
「では次に社さんは何故バスに乗車していたのかをお答え頂いてよろしいですか?」
茶園青年は休む間も無く鋭い眼光を私に飛ばし続ける。この青年の真意を推し量るように私も彼の目をじっと見つめ返す。大手企業の社長と言う立場である以上、ある程度は人の思考をトレースする事には長けていると言う自負はあるのだが、なるほど、この茶園と言う青年は実に面白く実に不快である。
「貴方は本当に純粋な自分の好奇心だけでこのような事を行っているのですね」
「その通りです」
臆面もなく彼はそう言い切った。その顔に照れや恥と言った感情はまるで見当たらない。異常とも言えるほどに真面目で真っ直ぐで、少し気味が悪い。
「……先程の質問ですが、守秘義務に反しますのでお答えしかねます」
そして、いくばかの沈黙の後に私はそう言って彼の要求を断った。この状況でそれこそ守秘義務も何もあったものではないのかもしれないが、私のポリシーとしてそれに背く事は寛容出来る問題ではない。
「なるほど……守秘義務ですか」
「申し訳ございませんが」
実際のところ蓋を開ければ大した内容でもない。ここでそれを告白したところで誰に不都合があるわけでもないだろうとは思う。なぜなら私があのバスへと乗車していた理由は単に商談の為であるからだ。大口の依頼があったクライアントから直接現地で話をしたいとの申し出があった為にあの山へと赴いただけなのである。ただやはり契約やそれに類する事を第三者へと漏らす事には抵抗があった。
それにしても、大きな取引であったが故に私自らが足を運んだのだが、まさかこんな事になろうとは。取引相手が事故で死んでしまうとは私もクライアントもツキがない。
「逆に聞きたいのですが、あなたたちはどう言った理由であのバスに?」
私の問いに黒井青年が「俺たちはただの旅行ですよ」と答えた。茶園青年は沈黙を守っている。人の事は寝堀り葉堀り聞くが、自分の情報は開示しない性質のようだ。いくら山を堀ってもこちらの不都合は表沙汰にしない私たちとよく似ている。
「こんなところでよろしいですかね?」
私が話を切り上げようとすると茶園青年は最後にこう言った。
「これは単なる僕の好奇心なのですが――」




