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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第一話:リバーサイドミステリー]
2/22

黒井(探偵の友人)

黒井(探偵の友人)



「黒井……お前なんて事を言うんだよ」

 俺を見る茶園が、信じられないと、こっちを凝視する。信じられないのはこっちの方だ。なんでこの状況でお前の探偵ごっこに付き合わなければならないのだ。

「なんて事って……俺たちはもう既に死んじまってるんだから、今更犯人がどうとか関係ないだろうが」

「僕たちが死んだからと言って犯人を野放しにしていいと言う事にはならないだろう?」

 ああ言えばこう言う。きっとこう言えばああ言うのだろう。長い付き合いで知っている。こいつはそういう人間だ。

「だがな茶園よ」

 俺は、川辺に落ちていた平べったい石を手に取り、サイドスローの構えを取る。辺りに石を積むとわざわざ崩しにくると言う性格のひん曲がった鬼の姿は見えない。静かなものである。そいつらがまた別の場所にいるのか、そんなもんはただの俗説で実際鬼なんてやつらは存在しないのかのは判断出来ない。

「俺たちは事故で死んだんだぞ?」

 勢いよく放った石は川の上をピョンピョンと跳ねていく。静寂に包まれていた河原に石が水にぶつかる音が小気味よく反響する。その音は野暮な事実を突きつけた俺を喝采しているかのような響きであった。

「それともお前はあれが事故じゃなくて殺人だって言うのか?」

 ぶっきら棒にそう言い捨て、俺は自分たちが死んだ時の事を反芻する。

 俺と茶園は旅行に来ていた。もちろん発案者は俺ではなく茶園だ。俺はそんな面倒な企画など立てたりはしない。そして、やはりそんな面倒な事はするもんじゃあなかったのだ。人間いつも通りに暮らすのが一番いいという事が、今回の件でまさに身をもって証明されたってわけである。

 旅行はそこそこに順調だった。天気も数日前まで幅を利かせていた季節外れの台風が嘘のようにどこかへと去り、まさに旅日和って感じに恵まれていた。もう半袖でも問題ないような季節と言う事もあり、駅前からでも山に生える木々が雄々しく自己主張しているのが見て取れたのを覚えている。だが、あまり感情的になるのも恥ずかしいと言う事もあり、俺は「こんなとこには住みたくないなあ」なんて嘯いたりしていた。感情を素直に出せるにはまだまだ積み重ねてきた歳月が足りないのだ。ちなみに茶園はと言うとそんな雄大な景色には目もくれず、何故か新聞とにらめっこなぞをしていた。その記事には「宝石店にて盗難事件発生」やら「某富豪の子息をひき逃げした男、ついに時効を迎える」などと書いてある。およそ旅行とは縁遠い内容であったが、きっとやつはやつなりの楽しみ方をしているのだ、と判断して旅館行きのバスへと乗り込む。旅館へ向かうバスの中もまた旅独特の味を見せていた。お調子者の中年が園芸用のスコップをマイク代わりに歌い出せば、それを囃し立てる若い女性がいる。ここぞとばかりにその女性に声をかける思慮浅い青年がいれば、それを憐れみの目で見つめる別の青年がいる。そ知らぬ顔で自分の世界に入る紳士に、一人携帯ゲームにいそしむ少年。そして、車内の騒々しさに苛立ちを隠しきれていないバスの運転手。そんな感じだ。茶園は俺に向かって「きっとここに僕が探していた宝物があるはずなんだ」なんて相変わらずワケのわからない戯言をほざいている。俺は俺で「こんなとこには何もない。早く帰ろう」などとやっぱり本音を隠しながら山の植物なんぞを眺めて悦に浸っていた。まだこの時は誰もがこの後に訪れる事を知らないでいる。

 さて、話はついに核心へと迫る。俺たちが向かった先には茶園が言う宝物はなかったが、俺が言うように何もないわけではなかったのだ。詩的に表現するならば生との離別がその場所にはあった。散文的に言うならば事故という悲劇がそこに存在した。もっともっと物理的に述べるならば―――そこにはどでかい岩があったわけである。

 俺たちを乗せたバスは山道を走っていた。山道には見通しの悪いカーブがあった。そら山道なんだから見通しの悪いカーブくらいあるだろう。でも、その先に岩がどしんと腰を据えているなんて事はそうある事じゃない。そうある事じゃないが、実際あったのだからしょうがない。バスはカーブを曲がった先に待ち構えていたその岩を避けきれずに真っ向から体当たりをぶちかました。しかし悲しいかな、岩の重量に勝てず山肌に投げ飛ばされたのだ。勝てずとは言ったが、岩サイドの状況は知らないのでもしかしたら引き分けでお互いガードレールを突き破って投げ出された可能性もあるが、あの状況で向こう側の心配をしろと言うのはさすがに酷ってもんである。

 とまあこれが事の顛末である。気がついた時には乗客六人に運転手を加えた俺ら七人は全員この河原に放り出されていたってわけである。

「まさかあんなところに岩があるなんて。ボクたちも大概運がないよね」

 引田と書かれたネームプレートが打ち付けてある高級そうな車イスに座った少年が一人ごちる。その車イスも主人に付いてきて一緒に死んだ為にこちらへやってきたのだろうか。まったく見事な忠義心である。しかし、下が石で敷き詰められている河原ではその機能も満足に果たすことは出来ず少々不本意な様子だ。

「確かに山間から転がり落ちたのに犯人も何もって感じだよねえ」

 俺の正面の石に腰掛ける女性が「さすがに無理があるよねえ」と舌を見せる。どうやら先程は茶園に乗ってくれただけだったようであり、ちゃんと分別のある女性のようだ。確かバス内で挨拶をした時に明戸と名乗っていたはずだ。叶うならばこんな状況ではない場所でお近づきになりたかったところである。

「自分が……自分が全部悪いんです」

 彼女の隣で初老にさしかかったかどうかってくらいの男性がここへ来てからもう何度目かになるかも判らない言葉を繰り返していた。その姿は今にも川に身投げしてしまいそうな様にも見える。この川に飛び込んだらどこへと辿り着くのか興味もあるが、さすがに好奇心のままにそれを薦められるほど俺の心臓は強くない。彼は俺と茶園が予約していた旅館へ行く為に乗ったバスの運転手であった。

「久留間さん。仕方がないですよ。これは純然たる事故です。もちろん簡単に納得出来る問題でもないが、あなたを責めるのは筋違いだ」

 身なりのしっかりとした別の男性が運転手を慰める。確か彼は先程茶園を宥めていた人物だったか。その身なり同様性格も出来た人間のようである。

「社さん……そう言ってもらえると救われます」

 運転手久留間氏は今にも泣き出しそうな顔で紳士社氏を見返す。

「運転手さんが居眠り運転やら酔っ払い運転なんかをしてたってなら話は別だけどな」

 こちらは最初に茶園の茶番に付き合ってくれた太った男性だ。雰囲気を和ます為にあえて軽口を飛ばしたようだったが、どうだろう、正直デリカシーにはかけていると思う。

「やめてください海藤さん!自分はそんな事……!」

「冗談だよ、冗談。本気になるなよ」

 案の定、久留間氏はそんな軽口に付き合う余裕も無い程に精神的に追い詰められているようで、むきになって海藤氏に反論をしている。まあ、乗客を乗せて事故を起こして、なおかつみんな死んじまったってんなら仕方がないのかもしれない。

「とまあ状況は思い出したか茶園よ?これでもまだお前は犯人はこの中にいるって言うのか?」

 俺は茶園を正面から見据え「どうだい探偵さん?」と問う。久留間氏を犯人とのたまう程下衆な人間ではないと思うが、イマイチこいつの性格は読めないところがあるので怖いところだ。

「確かに普通に考えたらその通りだ。これは事故であり犯人はあの巨大な岩石さ。でもね」

 一同が茶園の言葉に、内心では馬鹿馬鹿しいと思いながらも興味を示す。いつの間にやら枯れてしまっていた植物たちも再び芽吹き茶園の話に聞き入っている。こいつのやっかいなところは例の掴めない性格と、この無駄に人を納得させてしまう雰囲気である。どんな荒唐無稽な話でも茶園が口にすれば「あれ?もしかしてそうなのかな?」なんて思ってしまうのである。これはある種の才能と言ってもいいかもしれない。こいつが宗教なぞを起こそうと目論んだならば、この俺が命をかけて止める必要があるのではないかと常々思っている。そもそもとして、話すだけで他人を無理矢理納得させてしまうのだ。宗教なんて大それたものを打ちたてなくともこれまでだってどこぞでよそ様の人生に影響を与えていてもおかしくはない。

 そして、茶園はゆっくりとこう続けた。

「バスと言う名の密室、面識のない七人のメンバー、一見すると事故死に見える被害者たち。そしてたまたま旅行にきていた探偵」

 そこで茶園は自分を指差す。

「ここまでピースが揃っていて、これが殺人事件じゃないただの事故であるわけがないだろう?つまり犯人はこの中にいるに違いがないのさ」

「なんだよその無茶苦茶な理論は……」

 あまりにもあまりな茶園のロジックに俺は投げやりな突っ込みを入れる。

「それにお前はただのミステリーオタクで別に探偵じゃないだろうが」

 こいつがこんなシャーロックホームズのような格好をしているのは、ただ単にミステリーにハマっている影響に過ぎず、別に祖父が名探偵なんて事もなければ、薬で子供の姿になっていたなんて時期もない。この男はすぐにカタチから入りたがるやつで、かの有名な怪盗に焦がれていた時期は常に赤いジャケットを着ていたし、アキバ系の趣味にどっぷりつかっていた時期はリュックを背負い皮のグローブをはめていた。他にも医者よろしく白衣を身にまとったり、何故か土方系の作業着だったり、酷い時には田舎の走り屋みたいな格好をしているなんて事もあった。

「というわけでこれは殺人事件なのだよ。わかったかい黒井君?」

 どうやら俺はワトスン役らしかった。もう正直どうでもよかった。地面から顔を出したオケラが「あんたも大変だねえ」と同情を向けてくれる。

「でも、茶園君がそう言うと何故か本当にこれが殺人事件のような気がしてきたよ」

 茶園マジックに魅入られてしまった明戸さんが「むむむ。何故だろう?」と首をかしげる。ちょっと結婚してもいいと思うくらいには可愛い仕草であった。もう死んでいるから死後婚とかになるのだろうか。いや、あれは生者と死者の間で行うものだったか。

「はっはっは。だとするとオレなんかは真っ先に殺される役かな?」

 お調子者の海藤氏が自分の首を絞めるジェスチャーをしながら「ぐええ」とうめき声をあげる。ノリのいいおっさんである。

「よおし。気分がのってきたぞ。ええっと、社さんだっけ?あんたは一見犯人候補の一番手と見せつつも実は違うって位置づけだろう」

 水を向けられた社氏は困ったような顔になり「そうかもしれないですね」と曖昧な返事をする。

「運転手さんが犯人ってのも頂けないなあ。神様が言おうとも、自分が悪いんです、なんてのを連呼している人間が犯人なわけがない」

 フォローのつもりなのか、ただの無神経か海藤氏はそう続ける。おそらく後者だろう。久留間氏もその言葉にどう反応すべきなのかわからず「はあ」と曖昧に頷く。

「次にそこのお嬢ちゃんだ。んー、君は犯人の可能性もありえるポジションだが……きっとラストでホームズの青年と恋に落ちるから犯人ではないと予想する」

 それはセクハラにあたるんじゃあないかなあ、と言う物議をかもし出すような発言をする海藤氏を尻目に、当の本人は「あらあら、アタシってば茶園君と恋に落ちるんだって」なんて言ってはしゃいでいる。おっさん、どうせなら俺と明戸さんがくっつくシナリオにしやがれってんだ。

「オレの予想では車イスの坊ちゃん、あんたが一番怪しいかな」

 と饒舌になってきた海藤氏はそんなトンデモ推理を披露し始めた。そろそろ止めるべきだろうか。このおっさん言わなくても言い事を平気で口にしそうである。

「おいおい、彼に殺人なんて出来るわけがないだろう?」

 社氏が引田君を擁護する。言外に「足が不自由な人間が殺人なんて出来るわけないだろう」と言うニュアンスが含まれているような気がし、少し気分が滅入る。そう思ってしまう俺自身こそが障害者に対する偏見をもった人間なのかもしれないとも思うが、イタチごっこになるので深くは考えない。

「実は足が悪いと言うのはフェイクで、昨日の晩とかに普通に歩きながら山道に岩を置いてきて俺たちを殺したんだ。そう、少年、犯人はお前だ」

 車イスの少年を犯人と断定する太った中年男性。それは中々にシュールな光景であった。ちなみに引田君の体格では、仮に足が不自由でなくても、あのサイズの岩を動かせるようにはどう頑張っても見えないのだが無茶を言うおっさんである。それに、引田君本人が「そうだったらいいんですけどね」なんてその言葉をユーモアと受け止めているからいいものの、これはいささか問題発言ではないのかなと思った。きっと本人に悪気はないのだろうが、不謹慎には違いない。俺はさすがにここら辺で少しばかり注意をしておいた方がいいなと腰を浮かした。

「おい、アンタ……」

 と、俺が言いかけたところで別の人間から叱責の声があがった。

「おい、てめえ……何言ってやがる。足の不自由な人間に対して、事もあろうかそれをフェイク呼ばわりだと……」

 それは叱責の声と言うよりもチンピラだとか、や、のつく方たちが放つような殺気を伴った声であった。その低いヴォイスだけで人を殺める事が出来そうな、そんな迫力さえをもっていた。

「……明戸さん?」

 声の主は明戸さんであった。これまでの朗らかな雰囲気はどこへやら、般若の形相で海藤氏に詰め寄る彼女。三途の河原に鬼の姿が見えないと思ったら、なんとびっくりこんなところにいらっしゃったわけだ。

 なおも海藤氏に汚らしい言葉を投げつけながらその胸倉を掴みにかかる明戸さん。「君、落ち着きなさい」なんて言いながら、社さんが仲裁に入っているのが見えたが、俺はただそれを傍観していた。理由?怖いからである。

「ただの冗談だよ。悪かった、悪かったって」

「それはアタシに謝ってんのか?ああ?謝る相手が違うんじゃねえのか?」

 必死に弁明をする中年男とそれを罵倒する若い女性。場違いな感想かもしれないが、なんだか凄く興奮する絵面である。

「明戸さん、ボクは気にしてませんから止めてください」

 埒があかないと思ったのか、今度は引田君本人が制止を試みる。俺はまだ動かない。わざわざ必要もないのに怖い事に首を突っ込むのは馬鹿かマゾヒストのやる事である。生憎と俺はそのどちらでもないつもりだ。

「でも……」

 引田君に咎められ、その激情を、しゅん、と萎えさせていく明戸さん。

「でも、じゃありません。ボクがいいと言っているんです」

 厳かな雰囲気で明戸嬢を一括する少年。勝手にいじめられっ子のイメージで彼を見ていたが、意外と芯はしっかりした男のようだ。ふむ、俺とは大違いである。

「……わかりました」

 最後に、きっ、と海藤氏を睨み付けた後に明戸さんは彼を解放して距離をとる。俺の位置からでも海藤氏のポロシャツがだらしなく伸びてしまっている様子が確認出来た。一体、どんな力で掴んでいたのか。

「一体、なんだってんだよ。女ってのはこれだからわけがわかんねえ」

「何か言った?」

 毒づく彼にもう一度ガンを飛ばす明戸さん。彼女の口からは今にもまた罵詈雑言と言う名の言葉の日本刀が飛び出てきそうな勢いである。何がスイッチだったのかは不明だが、数分前まであった「明るい天然系女子」と言うイメージは彼女から完全に消え去っていた。それはもう跡形もなく木っ端微塵に吹き飛んでしまっていた。海藤氏の肩を持つつもりは毛頭ないが、確かに女心と秋の空と株価の動きだけは決して解からないものなんだなあと再認識をする。

 ちなみに今の騒動に参加していなかった茶園と久留間氏に関しては、お互い一人の世界に入っている様子であった。茶園は顎に手を当てぶつぶつと推理らしきものをしているし、久留間氏は相も変わらずぶつぶつと途方に暮れ続けているようだ。もう少し輪と言うものを尊んで欲しいもんである。

「……解かったぞ」

 茶園が謎を解いた探偵よろしくにわかに口を開いた。その妙に堂の入った装いが腹立たしい。それにしても一体何が解かったと言うのか。海藤氏と明戸さんの一件もあるので、滅多な事は口にしないで欲しいものだが。

「何が解かったんですか?」

 本来であれば明戸さんの役どころなのだろうが、未だ溜飲覚めやらぬ彼女に代わって引田君が茶園に疑問を投げかける。

「いえ、大した事ではないんですが」

 柄にもなくもったいをつける茶園。こいつが謙遜をするような可愛い性格ではない事を知っている俺から見れば「きっと本当に大した事じゃないんだろうな」と呆れるばかりではあるが、他の人たちにしてみればそうは映らないのだろう。みな、やつの言葉を固唾を呑んで見守っていた。

「現時点での情報では犯人の特定は不可能だと言うことが判りました」

 場が、しん、と凍りつく。それはまるで極寒地獄に放り出された時のような感覚に近いだろう。最初に茶園が「犯人はこの中にいる」と宣言した時と同じ空気である。一友人としては居たたまれない気持ちでいっぱいなのだが、渦中の本人が意にも介していない様子であり、それがまた癪に障る。

「ですのでもう少し情報を集めたいと思います。あ、ちなみに海藤さんの推理はおそらく間違っていると思いますよ」

 そりゃあそうだ。そもそもとして推理をする必要があると思っているところからして間違っているのだからその推理が間違っているのは自明の理である。

「それは、こうだったら面白い、と言うオーディエンスの推理、願望です。それでは少々現実味にかけます」

「……それをお前が言うのか」

 人の振り見てわが振り直せと言う言葉を額にいれて進呈してやりたい衝動にかられる。

「状況を整理したいのですが、久留間さんが旅館から駅へ僕達を迎えに来る時にはあの岩はなかったんですよね?」

 茶園が久留間氏に尋ねる。

「……わかりません」

「わからないって事はないだろうよ。岩があったなら旅館から迎えになんて来れないんだからその時はなかったんじゃないのか?」

 曖昧な返事をする久留間氏を海藤氏が詰問する。

「いえ、実は自分もあの道を通るのは久しぶりでして。何日か前、確か丁度一週間くらい前ですかね、あの辺りでは工事を行っていて、昨日の夜までは山道が通行止めになっていたのです」

 つまりあの岩は久留間氏が一週間前に山を降りてから今日までの間にあそこに転がり込んだってわけだ。

「犯行時刻はおよそ一六八時間の間って事になりますね」

「……猶予あり過ぎだろ」

 そんな長い間に確実なアリバイがある人間なんてのは世界中探したって極々少数しかいないだろう。

「そもそもとしてなんだけど」

 明戸さんが「はい、先生」と手を挙げる。どうやら元の調子が戻ってきたようである。やはり彼女はこっちのキャラクターでいてくれた方が俺としては嬉しい。うん、あの恐ろしいイメージは心の奥底に封印してしまう事にしよう。

「あの大きな岩を人為的にあそこに配置する事なんて言うのは可能なのかな?」

 なるほど。まっとうな意見である。

「そうですね……」

 その言葉に思案顔を浮かべる茶園。せめてそれくらいは論破出来る武装を固めてから騒いでくれないかと思うのは俺だけだろうか。

「というか人為的であろうとなかろうと何であんなところに岩があったのでしょうか?」

 今度は久留間氏が疑問を浮かべる。その通りだ。

「この前の大雨で土砂崩れが起きたんじゃないのか?」

「あれくらいで土砂崩れがおきますかね?」

 続いて海藤氏が会話に加わり、それに引田君が疑問をあげる。さて、どうなのだろうか。昨日か一昨日だかの雨程度で岩が転がり落ちるような土砂崩れが起きえるのか。あり得るようにもあり得ないようにも思える。俺は土の専門家ではないのでその判断は出来かねるところだ。

「可能性はなくもないですね」

 社氏の立派に蓄えられた髭の下にある口が静かに開く。

「ほう、何故でしょうか?」

 茶園が社氏に質問を投げかける。その仕草から「探偵として一言のミスも逃しませんよ」と言う意気込みが見て取れて正直うざい。

「あの辺りは地盤が緩いんですよ」

「地盤が緩い?あなたはどうしてそんな事を知っているのですか?」

 確かに普通はそんな事は知らない。犯人かどうかは一先ず置いておくにしても不自然ではあった。

「職業柄そう言った方面の知識は豊富なんです」

 職業とは地質学者か何かだろうか。イメージとしてはぴったりであるが。

「茶園さん、もしかして私を疑っているんですか?私は一見怪しいけど犯人ではないと言う触れ込みでしたが」

 そう言って社氏は余裕の笑みを浮かべた。そういう事をやられると、逆に犯人ぽく見えるから止めて欲しいな、と俺は心の中で申し立てる。

「それは海藤さんの推理でしたが……まあ僕も別にあなたが犯人だと思っているわけではありません。単なる質問ですよ」

 探偵と犯人候補が平静を装って熾烈な問答を続ける。これぞミステリーの醍醐味かもしれない。唯一問題点を挙げるとすれば、実際のところここには探偵もいなければほぼ間違いなく犯人なんてものも存在しないって事である。

「とにかくあの程度の降水量でも何か切っ掛けがあれば土砂が崩れる可能性は十分にあるって事です」

「キッカケ……ですか。例えばどんな事が考えられますか?」

「そうですねえ。山頂付近で穴を掘っていたとかそう言ったような事があれば或いは……」

 山で穴を掘る。無理矢理ミステリーに繋げていくのであれば死体を埋めたとかそんなところだろうか?もしそうであるならば死体を一つ埋める為に余計に七つの死体が生まれた事になる。まるで笑い話のようであるが、被害者である俺たちとしてはまったく笑えない。

「工事だ!」

 と、そこで明戸さんがひと際大きな声をあげた。

「工事だよ、工事!さっき久留間さんが山道で工事をしてたって言ってたよね?もしかしてその所為で山肌が崩れやすくなっていて、土砂崩れが起きたんじゃないの!?」

「そうか……確かにそう言う事かもしれないな」

 俺は明戸さんの意見に同調する。確かにそう考えれば辻褄が合う。

「となると無理矢理この件に犯人なんて存在を作るのであれば、間接的にではあるけども工事会社の人間って事になるのかもしれないな」

 そういう風に考えれば責任を感じている久留間氏も少しは救われるかもしれない。であるならばこの茶番にも意味があったと言う事になるのだろうか。

「いえ、それはありえません」

 だが、俺が口にした言葉は社氏によって遮られた。

「その工事は事故があった現場とは反対側の山肌で行われていたはずです。そうでしたよね、久留間さん?」

 問われた久留間氏は少し考えた後に「ええ、そうだったはずです」と答えた。彼は折角工事関係者に責任を押し付けられると思った矢先にその可能性を潰された為か、少し居心地を悪そうにしている。

「そう言われてみれば、山道を走っている時にこちら側の山が切り開かれている様子はなかったような気がしますね」

 引田君が社氏の発言を後押しする。ますます小さくなる久留間氏。また例の「やっぱり自分が悪いんです」が始まりそうな勢いである。

「あちゃあ、振り出しに戻っちゃったね」

「ははは、そんなに簡単に事件の真相なんてものが解かれば探偵なんて必要ないですからね」

 わりとどうでもよさそうに言う明戸さんに茶園が肩をすくめる。何度も言うが、別にお前は探偵でも何でもないと言うことをもっと自覚してくれ。

「なあ黒井よ」

 茶園がそっと俺に耳打ちをしてくる。

「君はもう犯人の目星はついたかい?」

 目星も何も最初から言っている通り俺はこの件に犯人なんてものがいるとは思っていない。全てはお前の妄想である。だから、そのままそれを伝えてやる。

「なるほど……まだ判っていないわけだね」

 ちょっとは他人の話を聞いてくれ。

「正直な話、僕もまだ誰が犯人か全く判っていないんだ」

 いけしゃあしゃあと真顔でそんな事をのたまう茶園。だからこいつが「ちょっと付き合って欲しい事があるんだ」なんて提案をしてきた時に、俺が欠片もノリ気でなかったのも致し方がないってもんである。

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