篠生
篠生
壇上に立つ茶色いコートを羽織った男はまるで演説家よろしく自殺の理由を会場にいる人間たちに向かって語り出した。その声は澄み渡り、僕らの心へ、ずしん、と響いてくる。自殺の理由自体は大した事はない、なんでもない理由だったはずだ。なのに何故だかその男の言葉はオーディエンスの心を鷲掴みにして逃がさない。それはまるで魔法のようでもある。
だがしかし何より驚くべき事はそいつが語る、今尚周りの感情を揺さぶっている自殺の理由が、そいつ自身が自殺する理由ではない、と言う事実である。
「……お前の友人ってのは一体なんなんだ?」
「俺が聞きたいぐらいだよ」
壇上に立つ男を忌々しげに見つめながら僕の言葉に返答する黒井。そう、壇上に立つ男は自殺志願者ではない。黒井の友人であり、彼と同じ自殺者のサポーター、名前を確か茶園と言ったか、なのだ。彼はオーディエンスにとうとうと自分が支援するべきパートナーの自殺理由について語る。みな彼の一挙一動に注目する。隣にいる自殺志願者本人ですら感極まって泣き出しそうな様子だ。今や会場はこれまでに見ぬほどの緊張感に包まれていた。
「相変わらず茶園君のアビリティは汚いなあ」
「しかも、あいつ、パートナーの為、とかじゃなくて絶対自分が気持ちいいから喋ってるだけですからね」
呆れと笑いを混ぜたような表情の明戸と、呆れと怒りを混ぜたような表情の黒井が壇上の男に対してコメントをつける。
「これ、茶園君が自分で代役を志願したのかな?それとも横でめそめそ泣いてる志願者に頼まれたのかしら」
「……どうでしょうね」
そう言って黒井は僕の方を見る。その目は「これでよかったんだな?」と問いかけてくるようだったので、僕は曖昧にうなづく。あまりよくはないが最悪ではないと言ったところか。
この茶園代役案は僕が黒井に持ちかけたものである。黒井の友人である胡散臭い探偵、彼が他人を強引に納得させてしまう話術を持っている青年だと言う事は黒井が僕に語った事故の話で知っていた。同じ事故にあった黒井と明戸がサポーターをやっているなら、一緒に事故にあった茶園と言う謎の説得力を持つ男もやはりサポーターをやっている可能性は高いと踏んだのだ。早速黒井から茶園に連絡をいれさせサポーターをやっているか確認すると、結果はビンゴ。やはり茶園も自殺志願者のサポーター任務を請け負っていたのだった。後は黒井から茶園に志願者の代役が可能である事をそれとなく伝えれば、話に聞く彼の性格上自らその役を請け負うだろう。仮に彼のパートナーである自殺志願者が否定の意を表しところで、茶園と言う男ならそれすらも説き伏せてしまうだろうと言う読みであった。
「残念だったな。これで優勝は名も知らぬ彼に決まりそうだ」
僕は肩を震わせている小山内にそう言った。
「……これは篠生さんの策なんですか」
「さてね」
僕は右の手を空に向けててシラを切る。そんな事を彼女に教える必要なぞ微塵もない。僕の演説がすこぶる不評で「このままじゃ優勝どころか賭けにすら負ける」と慌てふためいた上に出来上がった苦肉の策である旨を何故この少女に教える必要があるのか。
「約束は守ってもらうぞ?」
「……ずるいです」
「その言葉は聞き飽きた」
にべも無く少女の言葉を一刀両断する。
「ずるい事は嫌いか?」
「……嫌いです」
「そうか、だったら」
僕は少し逡巡する。いや、もう内容はとうに決めていたのだからこれはただのフリに過ぎない。壇上に立つ似非探偵が好きそうな演出と言うやつである。
「ずるく生きろ」
「……え?」
僕の言葉の意味が理解出来なかったのか呆けた声を上げる少女。
「命令だよ。これからお前は死ぬまでずるく生きていけ」
賭けの内容は何でも相手に命令が出来る。つまり相手が一番嫌がる事を命令する事が出来ると言う事だ。普通の人間なら命を差し出すだとかそんなところだろうが、それは僕らには何の意味も持たない。
「お前は一命を取り留めたらこの後の人生をずるく生きろ。自分だけ甘い汁を啜るような生き方をしろ。自分の事を一番に考えて他人を足蹴にして生きていけ」
黒井や明戸が「子供になんて事を言うんだ」などと口をはさむかと思ったがそう言った事もない。きっと僕の真意を「これから辛い人生を歩んで行にあたっての叱咤激励」みたいに解釈しているのだろう。ただの嫌がらせだっての。
「不服か?」
ずるい事が何よりも嫌いな少女。その真っ直ぐさゆえに賭けの結果を反故する事も許容出来ない不器用な少女。その身体が小さく震える。
「……だったら二択にしてやるよ」
僕は、はあ、と息を吐いた後、少し考えてからそう言った。彼女に同情したわけでもない。ただの気まぐれだ。
「自殺なんか考えずに素敵な男でも捕まえて幸せに暮らせ」
会場から沸き起こる歓声が僕たちの背中をうった。




