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リバーサイドミステリー  作者: うなぎ先生
[第二話:自殺の為のプレゼンテーション]
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エピローグ

エピローグ 美土(小山内)



 病院と言うのは清潔感のある白を基調としたイメージが強い。だが、それ故に血でもぶちまけようものならその白と相反する赤はもの凄い勢いで鮮やかな自己主張をするのだろうな、彼の寝顔を眺めながらわたしはそんな事を思った。

 ベッドに横たわる彼の身体から縦横無尽に伸びるチューブに触れる。彼の血管を直に触っているような感覚になり、少し不思議な心持ちになる。

「……篠生さん。早く起きて下さいよ」

 わたしは恋人、今は元恋人か、の名前を呼ぶ。わたしが篠生さんの元を去ってからすぐに彼は自殺を図ったのだと彼のご両親から聞いた。どうやら自殺にあたり遺書や死ぬ理由などは残していなかったようで、お母さんからは「いつもありがとねえ。あなたみたいな彼女が毎日お見舞いにきてくれるなんてこの子も喜んでると思うわ」なんて感謝までされる始末であった。さすがに「実は彼の自殺の原因はわたしなんですよ」とは言えず、愛想笑いを返す。

「そろそろプレゼン大会でこき下ろされている頃ですかね?」

 わたしはぼんやりとした記憶を頭に浮かべる。それは懐かしい記憶。わたしがまだ小学生の頃の記憶。記憶と言うにはあまりにも薄惚け過ぎてて夢だったかもしれないなんて思うようなそれ。そう言えばその時はまだ両親も書類上は離婚をしておらず、苗字も今とは違ったはずだ。

「あれから色々あったんですよ」

 篠生さんの策略によって、自殺に失敗したわたしは一命を取り留めてしまった。元々、生真面目な性格であったわたしは彼の言葉に従って今日まで小ずるく生きてきた。最初は自分の考えと履行しなければならない生き方のギャップに身体が千切れそうな感覚に陥った。それこそ今度は、周囲ではなくずるい事をしている自分が許せずに死にたい気持ちになった。でも、篠生さんがわたしに命じたのは「ずるく生きる」事だった為、再び自殺をする事も許されない、本当に酷い枷を負わせてくれたものだ。あの頃はあの自分と同じく生きるのが下手糞な年上の男をいつも恨んでいたと思う。それこそ四六時中、あの大人子供の事ばかりを考えていたような気がする。

 しかし、人間と言うのは便利に出来ているようで、歳を重ねる毎にそんな自分にもどんどん折り合いがついていくのが解かった。窮屈だった世界が、まあこんなものか、と納得出来るようになってきた。今にして思えば、世間に胸を張れる生き方ではなかったとしても、昔の何もかもが真っ直ぐでないと我慢ならないと思っていた頃よりは随分ましな人生を歩めたはずだ。

「そんな時です。近所のお蕎麦屋で貴方を見かけたのは」

 あの時は本当に驚いた。あまりのショックに心臓が飛び出て死んでしまうんじゃあないかと思った。「運命の出会い」なんて馬鹿丸出しみたいな単語が頭に浮かんだりもした。しかし、そんな状況で何よりも一番に驚いたのが彼の容姿であった。彼はわたしが小学生の頃に出会った時の姿そのままだったのだ。

 わたしはぼんやりと明戸さん、屈託ない笑顔を振りまくわたしの担当だった天使、が言っていた言葉を思い出す。


――この世界では時間の概念みたいなものがあやふやだから

――確かいくつかの会場に分けて国だとか何だとかで地域ごとに分けて行っているみたいだよ


 つまり、わたしと篠生さんは同じ町内に住んでいる者同士だったのだ。そして、細かい周期までは判らないが、恐らく十年くらいの周期で組まれた枠組みの中で同じ地域で自殺した人の中で自殺を履行する権利を争わせていたのだろう。だから、ちょっとタイミングさえ重なればわたしと篠生さんが近所で顔を合わせる事なんて言うのは、奇跡や運命なんて大仰なものなんかではなかったのだ。

「わたしの事全然判ってないみたいでちょっとショックでしたけど」

 まあそれもその筈。後にして判った事だが、あの蕎麦屋で出会った時点で篠生さんはまだ自殺未遂をしてない、つまりまだ子供の頃のわたしとも出会ってはいなかったのだ。

『……誰だお前?』

 そんな相変わらずぶっきら棒で他人との付き合いが破滅的に下手糞な彼を見て、わたしの怒気はどこかへと萎んで消えてしまった。いや、多分それ以前からもうそんなものはなくなっていたのだろう。今の自分の生き方に納得が出来た時点で、わたしが彼を恨む理由はない。

「それが判ったからですかね。折角だから貴方から言われたもう一つの命令も履行してやろうかな、なんて思ったんですよ」

 素敵な恋人、には程遠い気がしなくもないが、ともかくわたしは彼が閉じ篭っている部屋から強引に彼を引っ張り出した。荒療治が功を奏すという事は自身の経験で知っていたし、その元凶にわたしが同じ事をしても何も問題はないだろう。

「……そう。そこまでは何の問題もなかったんです」

 篠生さんとわたしは不器用、と言うかお互い人付き合いはスキルは皆無に等しい、ながらも十人並みの恋人として上手く付き合えていたと思う。相変わらずぶすっとした態度で世の中に馴染もうとはしない彼だったけれど、わたしの前では少しずつ笑顔を見せてくれるようになっていた。恥ずかしい表現にはなるけれど、有体に言って幸せだった。でもそれがいけなかった。

『君がいてくれれば僕はいつまででも生きていける』

 ある日彼はいつになく真面目な、でもとても晴れ晴れとした顔でわたしにこう言った。本当に彼らしくない笑顔で篠生さんはそう微笑んだのだ。でも、何故かわたしはその笑顔を素直に受け取る事に違和感を覚えた。そう、そこに至ってわたしは気が付いたのだ。このままでは彼は自殺を図らないのではないかと言う事に。

 篠生さんが死を望んだ理由は何だったか、幼い頃に見た夢ともつかないようなあのプレゼン会場での彼の演説を思い出す。会場のまばらな拍手と、品のない野次しか記憶に残っていない。

 だが、その理由が引きこもりをこじらせた結果だとしたら、世の中に何の希望も見出せずに静かに首を吊った結果だとしたら。ここで問題になるのは、彼が自殺を試みない場合、彼に無理矢理命を救われたわたしは一体どうなるのか。

 そしてわたしは一計を案じた。彼がわたしに出会ったが故に死を遠ざけてしまったと言うのならば、わたしの手でまたそれを手繰り寄せてやればいいのだ。

 そう思い立ったわたしは篠生さんを突き放した。彼の心が一番傷つくやり方で。彼のプライドが一番へし折れるであろうやり方で。

「我ながら酷いやり方だったとは思いますよ」

 だけどそれは仕方がない。だって、これは彼がわたしに命令した事なんだから。誰かを足蹴にして自分を一番に考えろと教えてくれたのは彼に他ならないのだから。

「ただ一つ、誤解しないで欲しいのは、もちろん篠生さんならきっと死んだりしないって信じての事ですからね?」

 そっと彼の髪を撫でると、篠生さんはわずらわしそうに身体をよじる。寝ていても失礼な男である。腹が立ったので髪の毛をわしゃわしゃとやってやった。そして、そんな事をしばらくしていると、彼の目がゆっくりと目と開いた。

 にっこりと微笑むわたしと目が合うと、篠生さんは判り易く動揺した。だからわたしはとてもいい笑顔でこう言ってやる事にする。

「おかえりなさい、篠生さん」

 窓から吹き込んできた風で病室のカーテンがふわっとふくらんだ。


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