1-7
侯爵令嬢が姿を消した。
今日はアストリア王立魔法学園の下級科の卒業式だった。
卒業生はすぐ隣にある上級科に移って新たに三年間を過ごす。
最優秀生徒に選ばれたルカスは、一つ年上の恋人の侯爵令嬢と身分差を気にせず上級科で過ごせるはずだった——。
「ルカス……大丈夫?」
私は、一人で考え事をしていたらしいルカスに声をかけた。
「ああ、大丈夫……侯爵令嬢のことなら行き違いがあるだけだと思う……昨日の夜は元気だったから……」
そう言って力無く微笑む。
昨夜、会ってるなら、いなくなってまだ半日だ……行き違いで連絡が取れてないだけかもしれない……。
「昨日の夜って、いつまで一緒だったんだ……?」
私と一緒にいたオスカーがルカスに聞いた。
カァァっとルカスが真っ赤になった。
「よ、夜というより、朝ですね……」
朝まで……一緒だった……。
意味が分かって、私も赤くなってしまう。
やっぱり一緒にいてくれたメアリーと顔を合わせる。
朝まで一緒だったら、本当に行き違いだと思うけど……。
「侯爵家に送って、メイドと話すのを見たから、その後に出かけたのを昨日の夜から帰ってないと誤解されてるんだと思う……」
それはあるのかも。
ルカスが恥ずかしがってるけど、侯爵令嬢が帰って来て、誤解されてる理由を説明するのは恥ずかしいわね。
私も、何故か、ますます赤くなって来る。
ただ、ルカスが心配していなので良かったと思う。
きっと、本当に誤解されたるだけなのだろう。
卒業式の最優秀生徒の発表の時に頑張って、侯爵令嬢が戻って来て、ルカスとの仲を認めてもらうようにする。
ビクッ
ふと見るとエルヴィンがいた。
私たちを見ていた——。
「あ……」
これから私はルカスにキスするんだ……。
エルヴィンの前で……。
死に戻ったら、ルカスが婚約者になっていたから……ルカスが最優秀生徒になっていたからで……キスしたら、ルカスの運命が変わるかもしれないからで……。
私が殺されない未来と、エルヴィンと一緒にいる未来の為——。
エルヴィンが目を逸らすと、背を向けて歩いて行く気——。
ズキズキと胸が痛む。
エルヴィンが止めてくれたら、ルカスとキスしないのに……。
——本当に……?
……それで、どうなるの?
まだ、私は自分が殺された理由も分かっていないのに——。
ルカスがお金の為に私を殺しかかもしれない——これだって本当のことか分からないけど……前回と違ってしまって、手掛かりが何もないんだもの……やれる事を試すしかない……!!
——っ!
私は、エルヴィンの止められても、ルカスとキスする。
私を殺した男と——っ!
「エルヴィンってば、こんな時に……」
メアリーもエルヴィンに気づいて、複雑な表情をした。
「あいつも、マリアナを好きなら素直になったらいいんだ」
オスカーが言う。
「エルヴィン様もマリアナ様が好きなんですね」
ルカスが言う。
「かなりな」
「オスカー、適当なこと言わないでよ……!」
そうだと嬉しいけど……顔が赤くなる。
ルカスは私を見て微笑んでる。
ルカスは、私とエルヴィンの事を——最初から私の事を応援してくれていたから、喜んでくれることは、特に気になる事じゃないけど……。
——でも、ルカスが首を少し傾げた。
「……それなのに、近づかない……変だな」
ゾクッとする声だった。
「きっとまだ恋愛に興味がないのよ。『魔法を極める」って言って最優秀生徒にもなれなかったし、エルヴィンも上級科に行ったら変わるわよ」
「だと、いいですね、マリアナ様」
にこっとルカスが笑う。
メアリーと話すルカスはいつも通りだ。
「……うん」
——そして、卒業式が始まった。
それぞれが名前を呼ばれて、最後に最優秀生徒が発表される——。
「今年の最優秀生徒は、ルカス・ヴァイス!」
学園長のいる壇上に挙げられたルカス。
トロフィーを貰って、照れているルカス。
普通の男の子みたい。
エルヴィンは普通じゃなかったのかも。
当然みたいにトロフィーを受け取って、
『マリアナ——!』
当然みたいに私を呼び寄せて、抱きしめてキスした。
エルヴィンの完璧な魔力が私の唇を包む、幸せな記憶——。
——今回は、私を殺したルカスにキスする事になって。
幸せな記憶が、全て塗り替えられてしまう——。
全校生徒の前で、壇上に上げられて——エルヴィンが見上げる中で——私はルカスの顔に唇を近づけてキスした——。
「……え——っ!?」
すごく甘い……。
ルカスの唇から、エルヴィンと同じ魔力が私に流れて来る……。
完璧で甘く蕩ける——私をおかしくさせる、エルヴィンの魔力——。
エルヴィン! エルヴィンっ!!
私は貪るようにルカスの唇を求めていた。
壇上のみんなが見ている前で。
ルカスの首に両手を回す。
どうして、ルカスがエルヴィンと同じ魔力を持っているの……!?
◇
マ……リ……アナ……っ。
マリアナのこんな姿を見たくはなかった。
俺がちゃんと最優秀生徒になっていたら——いや、さっきだって、マリアナをルカスからさらって逃げられたんだ。
マリアナ以外からキスされるのが嫌で、成績をわざと落とした。
これは、俺が望んだ事だ。
ルカスをマリアナの婚約者にしたのも俺だ。
俺が婚約者を降りたら、次に魔力の優秀な男をマリアナの伯爵家は探すだろうから、ルカスを俺のライバルだと思わせた。
俺は、ただ、彼女に生きていて欲しい、それだけなんだっ!
どうして、ルカスがマリアナを自分のもののように扱うのか?
彼女をあいつから解放したい。
その為に、時間を巻き戻したんだ。
ルカスと婚約させる事で事情が分かるかと思った。
ルカスと一緒にいたマリアナが俺を拒絶した理由——。
何故?
全ては、それを知ることでしか変えられない——!
俺のマリアナを取り戻す為に——!!
卒業式の後で人のいない学園を歩いた。
十七年、そうして来た記憶が蘇る。
学園の中には、どこにでもマリアナの記憶があったから——。
いや、あそこだけは入らなかったか。
窓から見える古い塔。
学園の中庭に今にも崩れ落ちそうに立っている。
かつて大賢者が住んでいた塔だと言う。
これがあるから、ここに魔法学園が出来たんだ。
俺と似た名前の初代学園長が執念で作り上げた。
名前は——、
「……アルヴィン……」
……っ!
暗い教室の廊下の先にマリアンがいた——。
ルカスにキスした唇が——俺が、そうさせた——また、俺じゃない名前を呼ぶ。
「……あ、違う……エルヴィン……」
どこか虚なマリアナ……。
アルヴィン……俺をそう呼んだのか……?
『——前世の私なんて知らない! やめて!』
『思い出したくない!』
あの日のマリアナは、そう叫んでいたのに——。
俺が、本当にアルヴィンなのか——?




