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アストリア王立魔法学園の入学式だった。
私、マリアナ・フォン・ローゼンベルクは12歳で、今日から下級科の一年生になる。
私の前回の婚約者、エルヴィン・フォン・アルクライトも12歳だった。
同じく今日からアストリア王立魔法学園の下級科の一年生になる。
エルヴィンは名門公爵家の子息で他に類を見ないほどの魔力を持っている。
すでに学園の有名人で人気者で、たくさんの人に囲まれていた。
——前回もやっぱり同じで、エルヴィンは入学式からみんなに囲まれていた。
でも、
「マリアナ……!」
私に気づくと、エルヴィンは私に手を差し出して、自分の隣に座らせた。
それからずっと、私はエルヴィンのそばを離れることなく、6年間を過ごした。
エルヴィンの婚約者の伯爵令嬢のマリアナの事はみんなが知っていた。
でも、今回は、私はエルヴィンの婚約者ではない。
ただのクラスメイトの一人でしかない。
みんなに囲まれたエルヴィンに近づくことはおろか、姿さえ他の人が邪魔で見えていない。
……入学式だから、エルヴィンの周りに人が特に多いんだと思う。
数日経てばもっと落ち着いて、私でも話しかけられるようになると思う。
そうしたら聞いてみよう——っ!
……って、何を?
……あ、すっかり、エルヴィンに会えたら解決できるとばかり思っていたけど……エルヴィンは知らないんだ。
12歳に死に戻ったのは私だけで……今回は婚約者でもないのに……何を話したらいいの……?
エルヴィンが、私の事を知っているのかをまず確認する事からはじめなきゃいけない。
『もう関わりのない方だ』
お父様がおっしゃっていたけど……。
前は関わりがあったって意味にとれる……。
エルヴィンが、もう私と関わりを持ちたくないと言ったの?
それとも公爵家とうちの伯爵家との問題なの?
分からない……前回は、エルヴィンとずっと一緒で、エルヴィンがいないと今も何も出来ない……。
「……マリアナ様……」
声をかけられる。
振り返ると、居たのは黒髪の少年……。
——ルカスッ!?
私を殺した男で、今の婚約者だった。
ビクッと身体が強張って縮こまった身体が後ろに下がる。
まさか……っ、前回のエルヴィンみたいに、ルカスとも、学園でずっと一緒にいなければいけないの……。
「……両親にマリアナ様に、挨拶するように言われただけです。僕は婚約者だからって、あなたと仲良くしたいなんて思っていない」
それは、暗く冷たい声だった。
婚約者として顔を合わせた時の子供らしい雰囲気はなくなった。
ゾクッと背筋が寒くなる。
「婚約者にされて不本意なのはあなたも同じでしょう? ずっとエルヴィン・フォン・アルクライト公爵子息を見ている」
——ッ!!
エルヴィンを見ていた事がバレている……ルカスに——私を殺した男に……!
「……」
口の中が渇いて、声が上手く出せない。
「……僕は気にしないから、公爵子息と仲良くしてください、マリアナ様」
「え……」
「お互いに、婚約者だと言うことは気にせずに学園では過ごしましょう」
穏やかな声だった。
子供らしい声とは違ったけど、暗くも冷たくもない。
暗い印象を受ける顔立ちは変わらないけど、笑顔を作っている……。
信じていいの……?
私を殺した男だけど、前回の婚約者だったエルヴィンは婚約者じゃなくなってしまった。
同じ世界ではあるのに、変わってしまった事がある。
ルカスも……私を殺さないの……?
そもそも、ルカスが私を殺した理由は……?
6年間、クラスメイトだったけど、なんの接点もない人だった。
それなのに、エルヴィンの元から私を攫って、首を切って殺した——。
記憶がまた鮮明に蘇る。
首を掻き切る感触——。
吹き出す血……目の前には絶対に捕まってはいけなかった男の影——。
ビクッと私の身体が跳ねて、私の身体が無意識に後退る……あ……これもあの時の記憶に重なる。
逃げようとしたんだ……逃げなければいけない人から——!
「マリアナ様……? 婚約者なのに一緒に過ごさないのは変ですか? でも、僕も好きな人がいるんです」
「……え?」
ルカスに好きな人が……。
「エルヴィン様とマリアナ様は、公爵子息と伯爵令嬢だからお似合いだけど、僕は子爵子息で、あの人は侯爵令嬢なんです……。身分が違いすぎるけど、学園にいる間は身分を気にせずにいられるから……」
ルカスの口から普通の恋愛の悩みが飛び出してきた。
「僕みたいな貧乏子爵家の息子が、マリアナ様のような伯爵令嬢の婚約者になれるなんて不満を言ってはいけない事だけど、マリアナ様にも好きな人がいるなら、学園にいる間はお互いに自由にしていてもいいんじゃないかと思ったんです……」
ルカスが気まずそうな顔をする。
その顔は年相応に見えた。
……考えすぎだったのかも……今のルカスには私を殺そうとする意思は無い……。
前回だって、ルカスに私を殺す意思はあったの……?
——なんの感情もない、ルカスの顔……。
『僕みたいな貧乏子爵家の——』
もしかして……お金の為だった?
名門公爵家のエルヴィンが、私みたいな伯爵令嬢と結婚するのが気に入らない勢力はいたと思う。
私が知らなかっただけで、命を狙われていて、依頼を受けたのがルカスだったのかもしれない——。
目の前の12歳のルカスは、私を殺そうなんて思っていない顔をする。
エルヴィンとも婚約者じゃなくなって、誰からも命を狙われていなかったら、ルカスは私を殺さない——?
「……分かったわ、ルカス。お互い学園にいる間は婚約者だって事は忘れましょう」
私が言うと、ルカスが微笑んだ。
「良かった。僕も頑張りますから——マリアナ様は、絶対にエルヴィン様と結ばれてくださいね」
ルカスに言われて、エルヴィンと結ばれた夜を思い出す。
カァッと私の頬が赤く染まった。
ふっと笑ってルカスは居なくなった。
——私たちはまだ12歳。
運命は、まだ変えられる——。
◇
頬を赤くした彼女が、ルカスと笑っている。
それは、君を殺した男なのに——。




