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私、マリアナは、婚約者のエルヴィンと共に迎えた18歳の幸せな朝に、クラスメイトだったルカスに殺された。
エルヴィン——!!
気づいたら暗い中でエルヴィンの名前を必死に呼んでいた。
やっと会えると、光の中に飛び込んだのに——押し戻されるように引っ張られて……。
12歳に戻っていた。
◆◇◆
血は……ない……。
自分の首を触って確かめる。
傷も。
あれだけ噴き上がって、辺りを血の海に染め上げていたのに……。
ゴクリと唾を飲み込む……痛みもなく滑らかに喉を通っていく。
やっぱり、なんともない……。
落ち着いて目の前を見ると、見覚えのある景色が広がる。
白いカーテンが朝日を浴びて輝く様子を、18年間見つめてきた。
ここは、新貴族邸地区にある私の部屋だった。
そして、私はマリアナ・フォン・ローゼンベルク、伯爵令嬢だ。
でも、何かが違う……。
手が……小さい……?
「マリアナお嬢様! 今日は婚約者に初めてお会いする日ですよ。早く起きて下さい!」
メイドのネネが私を起こしに来た。
「あら、起きていたんですね、マリアナ様」
彼女は三年前——私が15歳の時に辞めてしまったのに——。
あ……!? 婚約者に初めて会う日って言った!!
——それは、学園に入学前の12歳の時のことだ——。
街の旧貴族邸地区にある名門公爵家の子息のエルヴィン・フォン・アルクライトと初めて会った日。
輝く金髪の美しいエルヴィン。
一目見た瞬間に恋に落ちた。
それからずっと……私、マリアナとエルヴィンはとても仲の良い婚約者同士だった。
ずっと一緒の魔法学園で6年間を過ごした。
エルヴィンは私の明るいイエローゴールドの金髪を撫でて、愛を囁いてくれた。
私もエルヴィンの輝く金髪に手を伸ばして、指の中で光に透ける色を楽しんだ。
卒業する日を、特別な日にしようねって約束して、その日に結ばれた。
——なのに、翌日に私は殺された。
首筋に突き立てられたナイフの感触が、まだ、生々しい。
血が吹き上がる感覚——。
エルヴィンの顔が歪んで見えて……。
私を殺したあいつも……——。
あれは——本当に起こった事だ……私は死んだ。
でも、私はまだ生きてる……12歳のあの日に戻って——!
◆◇◆
やり直せる……!
私は、あの日のエルヴィンと結ばれた朝に殺されてしまったけど、取り戻せるの?
12歳のエルヴィンとの出会いの日に戻ったのなら、今度こそ殺されない!
今度こそエルヴィンと結婚して、一緒にずっと過ごすの!!
婚約者同士の初顔合わせ、旧貴族邸地区の公爵家で行われた。
街の中心地に反対側にあって、新貴族邸地区に住む私は、ほとんど行ったことがない場所だった。
前の記憶では、そのはずだったんだけど——。
婚約者が私の家に来るらしい。
エルヴィンは公爵家の子息だから、伯爵家の私が挨拶に向かった——そういう解釈をしていたけど、逆になる事もあったんだ……。
——けれど、私の婚約者としてやって来たのは、ルカス・ヴァイス、子爵子息だった……っ!
それは——、
あの日、私をエルヴィンの元から攫って、殺した男の名前だった——。
「ルカス・ヴァイス子爵令息がお見えになりました——」
そう告げられた私の心臓が止まる。
何かの間違いじゃないの……。
私が、あいつの名前を考え過ぎて、聞き間違えてしまったんだわ……。
両親と一緒に待っている私の前に姿を現すのは、ちゃんとエルヴィンのはずよ。
「……——っ!!?」
なのに、どうしてあなたなの——。
ルカス・ヴァイスが、いつもと同じ暗い顔で立っていた。
——エルヴィンと私が一緒に過ごした魔法学園の6年間……ずっとクラスメイトだった男。
一度も話した記憶がないのに……私を、殺した男——!
「僕は、ルカス・ヴァイスです。マリアナ様、よろしくお願いします」
暗い外見とは似合わない、子供らしくあどけない声が聞こえた。
6年間、クラスメイトだったのに話した覚えがないんだ——元々こんな、話し方をする男だったのかもしれない。
両親の間に挟まれた、普通の男の子に見える。
「——っ!」
私は声も出せなかった。
詰まった言葉に、空気を飲み込むのも喉が痛い。
引き裂かれた喉から、また血が溢れ出す。
錯覚だとしても、12歳に戻ってから半日も経っていない。
18歳で殺されたのは、死に戻る直前の最後の記憶だ……。
ただ、暗い闇の中を通って死に戻り、遠い昔の出来事のような気もして……感覚の生々しさに比べて、死んだ直後の恐怖と混乱は落ち着いていた。
息を呑んで言葉の出ない12歳の私を、『恥ずかしがってる』と周りは思ったらしい。
「さようなら、マリアナ様」
そう言ってルカスは帰って行く。
一言も話せなかった私はお父様に叱られた。
「礼儀作法の授業をサボっているからだろう」
でも、お母様が庇ってくれる。
「マリアナは礼儀作法ならいつも先生に褒められていますよ。きっと婚約者のルカスが美少年だから恥ずかしくなったのよね、マリアナ」
叱られるよりもずっと辛い言葉だった。
完璧な様子をしていたエルヴィンに比べたら、見劣りはするけど、暗いだけと思っていたルカスは、確かに客観的には美少年なのかもしれない。
でも、私は恥ずかしがっているわけじゃない……。
この気持ちを、好意と誤解されるなんて……。
「お父様、お母様……エルヴィン・フォン・アルクライトをご存知ですか?」
私は本来の婚約者のはずの、エルヴィンの事を聞いた。
「——っ!」
「——あ……!」
お父様とお母様の様子が変わった。
二人はエルヴィンの事を知っている。
なのに、私の婚約者ではない——、
「……まさか……亡くなって……」
最悪の事態が頭をよぎる。
せっかく、私が死に戻って、殺されない人生をやり直せるかもしれないのに……エルヴィンがいないなんて……。
「まさか、エルヴィン様は生きておられる。どこで聞いて来たのか知らないが、もう関わりのない方だ。忘れなさい、マリアナ」
お父様は私に背を向けて行ってしまう。
「ルカスもエルヴィン様に負けないほどに魔法が優秀だと聞いていますよ」
お母様も話を逸らす。
私はエルヴィンが生きているだけで、ホッとした。
けれど、二人の様子が不自然だった……。
——まるで、以前は関わりのある人だったような——。
……どうして?
エルヴィンじゃないの?
私を殺した男が、どうして、私の婚約者になっているの——。
もうすぐ、魔法学園に入学する。
そこにはエルヴィンがいる。
今回はただのクラスメイトとして。
また6年間を過ごすけど……前とは、すでに大きく違ってしまった。




