5-5
「ルナリアー! ルナリアー!!」
僕は魔法使いの塔を探し、外の畑や鶏小屋を探した。
いない——。
ルナリアがいない。
村に行っても、ルナリアはいないと言う。
「どうしたの? カルエル?」
心配してくれる人たちに背を向けて、僕は他の場所に急ぐ。
ルナリアが他に行きそうなところは、ウサギを獲る森の中くらいだ。
ずっと、森を探す。
ガサッ。
「ルナリアっ!」
物音に振り返るけど……ルナリアじゃない……狼だ……。
森の狼は、僕が魔法を使えるのを知っているから襲っては来ない。
何度も魔法で追い払ったから。
ただ、今の僕には魔力がない……。
魔法使いの塔に戻る。
人の気配があった——!
ルナリアだ!
ガチャ
塔の中には、村の人たちがいた。
僕は笑顔を消して、ガクッとその場に膝をついた。
「ルナリアがいなくなったのか?」
村長の息子に聞かれても答える気力がなかった。
「……村のみんなで探してる。カルエルは塔で待つんだ」
もう昼をとっくに過ぎていた。
でも、ルナリアが夕方まで、帰って来ないことはあったんだ。
待っていよう。
夜になってもルナリアは帰って来なかった。
「明日も、村のみんなで探すよ」
村長の息子が伝えに来た。
僕は何も答えない。
次の日も、僕は待つ。
夕方に村長の息子が来て、今日も見つからなかったと言う。
「何があったんだ?」
僕は答えられない。
「鶏に餌をやっておいた。ルナリアが戻って来るまでちゃんと世話をするんだ、カルエル」
それから、食事を持って来てくれていた。
ルナリアの作ったあの日の夕食が、台所にそのまま置かれている。
もう食べられない。
僕の好きなスープと肉料理が腐っていた。
新鮮だった料理も、二日経つとこんな風になってしまう……。
ルナリアも——。
「うっ!」
自分の想像に吐き気がした。
翌朝も村長の息子が尋ねて来る。
僕は、鶏の世話をして、畑に水をやっていた。
家の中でも、腐った料理は片付けて、掃除もした。
全て、魔法が使えないと、大変な作業だった。
「カルエル……気になってたんだが……魔法が使えないのか……!?」
汗を流す僕に、村長の息子が言った。
僕はルナリアが消えて魔力も使えなくなった事を話した。
「魔法使いの塔といっても、前に住んでた爺さんが魔法使いだったから呼ばれてるだけで、魔法が使えなきゃ住んじゃいけない決まりじゃないしな……。ただ、魔法薬や護符を作って貰えないのは困るな」
僕は今ある魔法薬と護符だけでも渡そうと思った。
けど、
「カルエル、それは貴重な物だ。簡単に渡すんじゃない。魔法が使えない人間の生活をもっと学んだ方がいい」
怒られた。
「……ルナリアが、戻ってくるといいな……」
村長の息子はそう言って帰って行ったが、来た時とは違う気持ちが込められていると思った。
もう、ルナリアの事は——。
魔法の貴重さは村長の息子に言われるまでもなく、僕は気づいていた。
魔力があれば、僕の作った魔法が使えたのに……。
ルナリアを連れ戻せたのに——。
僕は、何も出来ない。
それでも僕は、ルナリアを待った。
鶏の世話、畑の手入れ、食事に掃除。
全部自分の力でやる。
魔法の研究は必要ないから、時間はある。
でも、身体がついていかない。
掃除がおろそかになる。
昔みたいにパンにカビが生える。
魔法でカビをなくすことはできないから、パンは捨てた。
掃除もやらないと……。
ルナリアの部屋だけは、いつでも戻ってきてもいいように綺麗にしていたかった。
でも、そんな余裕はなくなる。
一番下の階だけは綺麗にして、寝るのも全てここでやる。
お風呂なんて沸かす余裕はないから近くの川に行く。
狼や危険な獣に遭遇するかもしれない。
今までは魔法が使えたから、獣にどう警戒すればいいのかわからない。
村の人に少しずつ教えてもらう。
だけど、村の人が僕を疎ましく思い始めている事も知っていた。
たまにだったら食事もくれるし、ルナリアのことも必死に探してくれた。
でも、ずっと面倒は見れない。
当たり前の事だ。
魔法薬が作れなくなった僕が、食料や日用品と交換できるのは、畑で採れた野菜と鶏の卵だけ。
村で取れるもので、僕が生きていける量の食糧と交換するには、かなりおまけして貰っている。
ウサギを獲って持って行こうと思ったけど、魔法がないと全然ダメだった。
23歳まで魔法に頼って生きてきて、今更、普通の人間と同じ事は出来ない。
村に行くと、ヒソヒソと遠巻きに見られている。
もちろん、ルナリアのことを深く同情してくれている人もいるし、遠巻きに僕を見る人だって同情する気持ちはあるだろう。
ただ、大の男一人が依存するには、村は小さく貧しかった。
「汚ったない、偉大な魔法使いだったって嘘だろ!」
村を歩いていると男の子が僕に向かって言う。
たちまち僕は子供たちのからかいの的になる。
「コラ! 何してるの!」
村長の息子の奥さんが子供たちを追い払ってくれた。
ただ一人、最初にからかいに来た男の子が捕まってる。
「ごめんなさい! お母さん!」
村長の息子の息子だったらしい。
——ルナリアと一緒にいた時に妊娠していた子だ……。
あれから何年経ったんだろう。
僕に謝るようにお母さんに言われて、子供が謝る。
謝った後に憎まれ口を叩く。
「ふん、俺の方が絶対に偉大な魔法使いになれるのに! 教えてくれる人がいないだけだ!」
魔法使いになりたいのか……?
「……僕が教えてあげようか? 魔力はなくても教える事くらいはできると思う」
男の子の顔が変わる。
「……師匠ーっ!」
調子のいい子だ。
お父さんには似なかったみたいだ。
村長の息子に話が伝わり、子供たちに魔法を教えることでお金が貰えることになった。
「なんで気付かなかったんだ。村から魔法使いが出れば、街まで高い魔法薬を買いに行かなくてすむ!」
とても喜んで貰えた。
「でも、魔法は必ず誰でも使えるわけじゃないんだ、魔力がないと。僕は魔力はなくなってしまったから、子供たちの誰が魔力を持ってるのかはわからないから、教えて無駄になる事もあるよ」
「その時は仕方ない。とりあえず、傷を治す魔法薬だけでも作れたら助かる」
こんなに魔法薬が必要だったのに、村長の息子は僕に魔法薬を渡すなと言ってくれたのか……。
何度かあの魔法薬を売って助かったことがある。
僕は、魔法使いの塔で村の子供たちに魔法を教えた。
子供たちの親が食料を持たせてくれて、塔で作る野菜や卵と合わせると十分に食べていけるようになった。
それとは別に村長の息子はお金を渡してきた。
僕はいらないと言うけど、彼の方も譲らなかった。
——そうして数年後。
ほとんどの子には魔力がなく、あっても傷薬が作れる程度にしかならなかった。
ただ一人、あの男の子だけは、僕が昔作っていた魔法薬と護符が全て作れるようになっていた。
「悔しいな……本当に偉大な魔法使いだったんだな、師匠は」
男の子に認めて貰えて嬉しい。
いや、彼も20歳で、立派な大人だ。
僕が20歳の時より、ずっと大人だ。
「本当に行っちゃうのか? ルナリアって子を探しに……たぶん、もうその子は……」
生きていない——。
僕だって、その事はもう受け入れた。
ルナリアはあの日、僕の魔力とともに死んだんだ。
ただ、ルナリアが残した言葉——『……私、カルエルの為に、作られた……』、そして『……ルカス』——。
探さなくてはいけない……真実を知らないと終われない。
あれだけ深く結ばれたんだ、ルナリアの幽霊がいたらまだ僕を探しているはずだ。
村長の息子に貰ったお金が外の世界に出る時には役に立つ。
僕は弟子の青年の前で、残っていた昔作った魔法薬を使って塔に鍵をかけた。
「……すげぇ。こんな高度な封印したら、解けるやついないよ……」
「解ける人がいたら、塔に何されても仕方ない」
ただ、まだ僕はルナリアとのここでの生活を諦めきれない——。
僕は弟子と別れて、街へ向かった。




