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マリアナがいない。
ベッドに乱れた様子もなく、まるで身体ごと消えてしまったような——。
「マリアナ!」
俺はすぐ部屋の外に出た。
「エルヴィン様? どうかしましたか?」
「マリアナを見なかったか!?」
「いいえ……朝からここにいますが、部屋から出てきた方はいませんでした」
屋敷の誰に聞いてもマリアナを見たものがいない。
外に出たのか?
門は夜から朝にかけては閉まっているし、開ける時間になれば門番がずっといる。
門番によると、誰もしまっている時間に外へ出たいと言ってきたものはいない。
「エルヴィン様……マリアナ様はどこに……」
昨日、マリアナの支度をしてくれた侍女が心配そうに皆に指示してマリアナを探している。
「エルヴィン様……申し上げにくいのですが……。マリアナ様の服は私どもがまだ預かっております。昨夜の服はベッドの上に置かれていて……」
そうだ……俺も、自分の服を着る時に、マリアナの昨日の寝巻きがそのままなのは確認して……。
マリアナは、服を着ていない——?
——助けて、エルヴィン!
「っ!?」
マリアナの声が聞こえてきた。
——いや、やめてっ!
「マリアナっ!?」
あたりを見渡す。
姿は見えない。
「エルヴィン様……?」
急に叫び出した俺に侍女が驚いている。
マリアナの声が聞こえてない。
でも、俺には聞こえてる。
——エルヴィン、エルヴィン!
直接、頭に響く声。
マリアナが、俺を必死に呼んでる——!
魔法だ——。
マリアナは魔法で連れ去られた。
こんな魔法は知らないけけど、魔法なら、屋敷の外にも連れ出せる!
俺は門の外に走った。
周りは貴族の邸宅が並ぶ区画で、もし、この屋敷の中にいたなら探せない。
——いやだ! 思い出したくない! いやー!
マリアナの声が聞こえ続けてる。
俺の目から、涙が溢れていた。
こんなにはっきりとマリアナの声が聞こえるのに、俺は何もできない。
きっと、昨日の夜にマリアナと俺の身体と一緒に魔力がつながって……一つになれたから、今のマリアナの声が聞こえてくるんだ。
こんな魔法も知らないけど、現に起こってる事だ。
マリアナ、マリアナ——!
俺も呼びかけてみる。
魔力の流れもわからないし、動揺で魔力をうまく紡げない。
マリアナに伝わるとは思えなかった。
けど、必死に呼びかけて、探し回った。
マリアナ、どこだ!? 返事して——!
——前世の私なんて知らない! やめて!
俺の声を無視して、マリアナは誰かと話している。
頭に直接、流れてくる、マリアナの声。
誰と話してる?
前世……?
——いやああああぁぁぁぁぁ!!
「っ!?」
マリアナの絶叫が頭に響く。
なんだ!? マリアナ!?
叫びと共に、俺の魔力が身体から半分消えた。
「——っ!!」
俺は、マリアナが死んだと思った……。
昨日の夜、あれだけ深く愛し合って、結びついた心と身体だから、失えば魔力の半分は消えるだろう——。
——マリアナ……。
それでも、俺は街を駆け回った。
俺の心は、絶望して、目は虚で、周りが奇異の目を俺に向けているのも気にならない。
マリアナ……。
もう、頭の中に声は聞こえない。
——でも?
マリアナが歩いていた。
「……!」
一緒に居るにのは、クラスメイトだった男だ。
昨日の朝、コイツも笑えるのかと思った男……ルカス。
俺もマリアナも、ほとんど話したことのない男。
暗い男。
——何故、マリアナといる!?
「エルヴィン……」
マリアナは俺を見ると、後退った。
どうして……。
「エルヴィン、マリアナを君に返す。もっと、可愛いがってやってくれ」
ルカスがマリアナの背中から肩を掴んで、俺の方に押し出す。
『マリアナを君に返す——』
『もっと、可愛いがってやってくれ——』
どうして、お前にそんな事を言われなければいけないんだ?
俺のマリアナだぞ!
なのにマリアナは怯えている。
「あ……っ」
俺が手を伸ばすと、俺の手をサッと振り払う。
俺に怯えて……。
マリアナの怯えた顔の横で、キラッと刃が光った。
ちょうど、ここは市場の前で、運悪く金物屋があった。
マリアナは金物屋に走ると、一番鋭いナイフを手に取った。
俺はその行動が理解できない。
予測できなかった。
マリアナが、俺を一瞬見た。
マリアナの唇がかすかに動いて、何か言いたそうだった。
でも、マリアナが声に出したのは、強化魔法の呪文だった。
マリアナの右手を筋力強化の光が包む。
その手にはナイフがある。
右手のナイフが、マリアナの喉に突き立てられる。
スーッと吸い込まれるように、ナイフがマリアナの喉の上を滑った。
血が噴水から溢れたように吹き出して、俺の顔を濡らす。
——マリアナが地面に、血を撒き散らしながら倒れた。
俺は何が起こったのか分からず——。
「マリアナっ!? マリアナーっ!!!」
名前を呼んで治癒魔法を必死でかける。
周りの人々は大騒ぎだった。
無数の足が俺の横で動き回る。
でも、何も気にならない、何も聞こえない。
「マリアナ! マリアナァ!! マリアナ……ッ」
何度も何度も何度も、治癒魔法をかける。
なんの反応もなく、広がり続ける血に涙が溢れて、呪文が紡ぎづらくなっていく
……。
俺は身体をマリアナから引き離された。
「離せッ!!」
引き離したのは騎士だった。
上級の騎士の力は強く、振り解けない。
目の前で男がマリアナの身体に手を触れる。
「やめろ! マリアナに触るな!」
男は、白衣と知的な様子から、医師のよう見えた。
彼は、首を横に振る。
「即死です——」
血が、マリアナから流れるのをやっとやめたのに。
マリアナが、死んだ——。




