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シンクロニシティ―青い調和(ハーモニー)―〜二度目の人生、モラハラ夫から逃れ、不器用で重たい愛に全てを上書きされるまで〜  作者: 滝丸
【第一楽章:前奏曲(PRELUDE)】

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第一話 一九九〇年 【巻き戻った時間と、前世の亡霊】

「……私、四十九歳だと思うんだけど……ていうか、さっき歩道橋から……」

混乱する頭を抱えながら真由子が呟くと、目の前にいたセーラー服姿の親友——美穂が、呆れたように笑い声を上げた。

「やだ、何寝ぼけてんの真由子。あなた中一でしょうが。十三だよ。あ、まだ誕生日きてなかったっけ? じゃあ十二歳か」

「十二歳……?」


美穂は手にしたクラリネットのリードをマウスピースにセットしながら、いかにもミーハーな声で続ける。

「今日は六月の第三日曜日! 松本蒼峰まつもとそうほう高校の定期演奏会の日だよ。真由子だって、あんなに楽しみにしてたじゃん。サックスの花岡さん、すっごくカッコいいよねえ。今日は学生指揮もするみたいだし、楽しみだなー! あーあ、ホントに彼女にしてくれないかな〜!」


花岡さん。……健二。

脳の奥底にこびりついたその名前に、真由子の心臓が嫌な音を立てた。

そっか。思い出した。

今日は、健二が通う地元一番の進学校であり吹奏楽の強豪・松本蒼峰高校の定期演奏会の日だ。

当時の健二は学生指揮者で、サックスも飛び抜けて上手いと、この辺りの中学生の間でも有名だった。アイドル的な人気があって、美穂たちと一緒にキャーキャー言いながら客席から彼を見ていた記憶がある。


でも、今は……。

あんなモラハラ男の顔なんて、二度と見たくもない。


(え、ちょっと待って。一九九〇年? なんで私、十二歳なの?)

状況が追いつかず、真由子は床にペタンと座り込んでいた状態から立ち上がってみる。

「よいしょ」

無意識に口を突いて出たおばちゃん臭い声に自分でもハッとしたが、驚くべきはその直後だった。

「え……?」

身体が、嘘みたいに軽い。

更年期特有のあの鉛のような重さも、日々の過労で軋んでいた関節の痛みも、一切ない。本当に、十二歳なのだ。


真由子は慌てて音楽室を飛び出し、トイレの鏡へと駆け込んだ。

そこに映っていたのは、白髪染めの必要なんてない艶やかな黒髪と、シミひとつない張り詰めた頬を持つ、間違いなく十二歳の自分だった。

(何かの夢かしら……)

冷たい水で顔を洗っても、この生々しい感覚は消えない。


もし夢なら、いつか覚めるまでこの夢を見ていればいいか。今までの息苦しい人生には、娘の遥以外に楽しみなんて何もなかったし、もうあの健二には絶対に会いたくない。

もしかして、健二のことをもう一回好きになれっていう、神様からのお告げの夢なのだろうか。


冗談じゃない。もし本当に人生をもう一度やり直せるなら、遥のことが気がかりだけれど、健二とだけは絶対に結婚したくない。

自分にも至らないところはあったのかもしれない。けれど、健二は結婚してから——いや、遥が生まれてからか——どんどん変わっていった。傲慢で、冷酷で、妻から自由と尊厳のすべてを奪うモラハラ夫に。



真由子がそんな暗い気持ちで音楽室に戻ると、いつの間にか午前のパート練習は終了し、みんな帰り支度を始めていた。

「真由子、遅い! ほら、行くよ!」

美穂がクラリネットのケースを抱えて手招きしている。

「各自お昼食べて、三時に校門の前に自転車で集合ね! 市民会館へ、レッツゴー!」

レッツゴー。

……なんだか、昭和の終わりのようなその言い回しが、たまらなく懐かしかった。

第一話 吹奏楽用語辞典

・スネアドラム

いわゆる『小太鼓』。


・バルブオイル

トランペットやホルンなどの金管楽器は、ピストンやロータリーという管の長さを変える機構があり、バルブオイルはそこに注ぐ潤滑油。動きを良くするほか、錆の防止や管体の摩耗を防止する効果もあります。

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