老夫婦と武
十月。武は何とか夏に二人と出会った公園を見つけ出した。車を駐車場に停めて演奏した場所に向かう。昼間から夕方ぐらいまで毎日一週間ほど独奏すれば、手掛かりは掴めるだろう。公園は広い上に他にも楽器を演奏したり手品を披露したりしている者がいるので苦情は来ないはずだ。それらを禁止する看板もない。
晴天の昼時には明るい曲。黄昏時には哀愁漂う曲。曇天には敢えて軽快な曲。雨天時は演奏を中止して東屋で他人の曲を端末で聴く。聴衆が少しずつ集まってくる。演奏中に前方にギターのケースを開けていると投銭する者も少なくなかった。QRコードで投銭する者も何人もいる。ファンも増えた。
五日ほど経つと老夫婦が近寄って来た。老夫婦は興味津々と最後まで聴いている。演奏を終えると武が頭を軽く下げる。妻の方が、
「最近、ここで演奏を始めているそうね」
武は微笑んで、
「はい。夏に凄腕の若い女性二人を探しているんですよ」
夫の方は驚いて目を丸くして妻を見やった。妻は、
「やっぱり、優花と実花の事かしらね」
武は息を飲み、
「御存知なんですか」
妻は首を傾げながら、
「凄腕か分からないけれど、夏に孫二人が毎日の様にここで練習してたのよ」
武はどぎまぎした心地を隠しながら、
「お孫さんでしたか。実は僕は御二人とバンドを組みたいのですよ」
夫は困った顔をした。武は苦笑いして、
「僕は高橋武です」
と、言いながらCDとDVDを老夫婦に渡した。老夫婦は不思議そうに受け取る。武は、
「上手く証明出来ませんが本当に僕は怪しい者じゃないんですよ。御二人の技術はプロですよ。他の誰かとバンドを結成して活動すべきですね」
と、早口でまくし立てた。夫は眉を寄せて、
「事務所とか著作権とか色々複雑なんだろう。頑張っても意外と儲かんないんだろ」
妻も渋い顔をして、
「うちの孫達はまだ高校生と大学生よ」
武は驚いて声を漏らした。二人が大人になりたてだと思っていたが、そんなに若かったとは。
武はなるべく落ち着いた口調で、
「明日もまたこちらに来ますよ。音楽業界はマトモだという事をちゃんと説明してさしあげます。それでも御二人がお嫌でしたら僕は諦めます」
老夫婦は顔を見合わせる。妻は武に振り返り、
「上の子は今こちらにいないし、下の子はあまり表に出たがらないの。私達が代わりに聴くわ」
「有り難うございます」
武は深く頭を下げた。
再会の可能性が出て来たと同時に説得しなければならない重圧。胸躍る心地良さと鈍い胃の痛みの二つの感覚。武は複雑な気持ちになった。
どの業界でもふざけた卑劣漢以上に地味で誠実な人物の方が多いし彼等彼女達が運営している。けれども卑劣漢の振る舞いが悪目立ちするのも事実である。また、公務員や医療従事者や法曹の不祥事は執拗に糾弾されるが、普段は堅い仕事だとされる。一方、芸能界や音楽業界は良くも悪くも人気商売だ。人気が落ちれば命取り。不祥事を避けるけれども、報道陣は執拗に醜聞を探す。
武は音楽で生計を建てているけれど、超一流というわけではない。ストーカーや報道陣に追われているわけではない。しかし、人気商売は綱渡りだと感じる事は何度もある。
そういう事を老夫婦に包み隠さず簡潔に話さなければならない。著作権や市場戦略の基本も話すべきだ。自信は無かったが、そうしないと二人に会えない。




