錆びない才能
実花は大学を卒業して公務員試験に受かった。面接や採用、研修と多忙を極めたが、やっとのことで入国管理官になれた。家族も友人も祝福した。
刑務官も夢だったが、勉強していた英語も活かしたかった。また、入国管理局は国内外から批判されていると同時に無くてはならない機関である。単に不法滞在者を監禁するのではなく、困った外国人を救えれば良いと実花は頑張った。
施設近くの寮に引っ越すことになり、姉の優花と離れ離れになる。不安ではあったが、徐々に慣れていった。激務が続くが実花は耐えた。
実花は上司に小さくてもかまわないから音楽を披露する場を設ける様に何度も説得した。上司達も同期達も訝しんだが、実花は常日頃大人しく真面目に働いている。かつて演奏した音源を聴かせると同期達は興味を持つようになった。
実花は大学を卒業してから丸二年は練習出来ていない。腕が錆びているか心配だったが、上司は渋々一週間ほどの休暇を許可した。実花は盆と正月にも帰省していなかった。
実花は二十五歳、優花二十八歳。優花もまた仕事に専念していた。新しい商品開発で忙殺されていたのだ。実花と同様、腕が錆びているのではないかと心配した。
千葉県の虹倉一家で盆休みに虹倉姉妹と武と稲島の四人は再会した。四人はSNSで頻繁に連絡を取り合っていたが、懐かしさを覚えた。事情を聴かされていた姉妹の両親は稲島と握手をして自己紹介をした。姉妹の祖父母は老人ホームに入っている。転倒に注意しながら悠々と過ごしているそうだ。
確かに姉妹の指も腕も強張っていてぎこちなかった。しかし二時間ほど集中して練習すると感覚を取り戻していった。四人は合奏した。
稲島と武は近くの宿泊施設に泊まって午前中には農作業を手伝い、午後には音楽の練習をした。姉妹も両親を手伝った。
四日目には以前以上の出来になっていた。苦労と体験を積み重なった響き。特に実花の声が以前より大きく通っている。武と実花は録音する。この音源を実花の職場仲間に聴かせて、許可が下りれば入国管理局にいる外国人にも聴かせるつもりだ。
実花は困った顔をして、
「公務員は副業も労働組合も制限されているし、『規則、規則』と厳しいんですよ」
「それじゃあ、上出来だけどネットに流さない方が良いのかな」
武は残念そうに言った。優花は、
「公開できなくても私も実花も復活できた。自信が湧いて良かったと思う」
「そうだな。それが一番だ」
稲島が同意した。
翌日、四人は解散した。宿泊施設から出る前に稲島は武に、
「このままで良いのか?」
と、案じた。武は、
「どういう事ですか?」
と、訊き返した。稲島は、
「そろそろあの二人は家業を継ぐかどうか考える時期じゃねえのかな」
「まだ早いでしょ」
武が軽く言い返すと稲島は、
「そろそろ職場で好きな人が出来たり、家族の勧めもあったりしても良いだろうに」
「お節介ですね、稲島さん」
武は少し呆れ気味だ。稲島は、
「政江さんと始さんが何人か良い人を紹介したがっているんだよ」
「へえ」
武は相槌を打った。姉妹の両親である政江と始が真剣に婿を探している。稲島は、
「あの二人、まだお前の事が好きなんじゃないのかな」
「止めて下さいよ。二人共、普通です」
武は否定した。稲島は低い声で、
「二人とその家族の将来がかかっているんだよ」
武は溜息を吐き、
「俺達はただのビジネスパートナーなんですよ」
「そこが良くないのかもしれねえ」
稲島の言葉に武は驚いた。




