吉田の勧誘
店員達が後片付けをして打ち上げ用にコーヒーと菓子を用意していく。その間に吉田と白崎が勧誘する。四人は戸惑う。
姉妹は武に振り向く。武は白崎を睨んで、
「二度も断ったはずだけど」
白崎は肩をすくめて、
「この子達が未だにプロデビュー果たしていないなんておかしいだろ」
姉妹は驚いた。白崎の勧誘は冗談ではないようだ。武は、
「この二人は音楽以外にもやりたい事とかやらなければいけない事が有るんだよ」
「そんなの後だよ。俺達の業界は若さが大事だよ」
白崎が否定すると武は眉を寄せて、
「無責任だぞ」
吉田は稲島を見つめながら、
「貴方が見事に再起しているなんて僕は感無量ですよ」
しみじみと言った。白崎は不思議そうに、
「知り合い?」
吉田は微笑みながら、
「雲上人だったね。一度は引退しているけれど」
稲島は苦い顔をした。吉田は稲島の過去を知っているようだが白崎にわざわざ伝えるつもりはないようだ。白崎は姉妹に向き直り、
「音楽より優先したい事って何?仮に音楽で挫折してからでも良くないか?」
「トゲのある言い方だよ」
吉田は注意した。優花は、
「私達の実家は農家なんです。私は会社勤めで妹は公務員試験に挑戦してます」
「え?マジで趣味として音楽をやってるの?」
白崎は驚いた。吉田も目を丸くして、
「御二人と高橋君の演奏を何度も拝聴したけれど、とても趣味とは思えませんね」
実花は恥ずかしそうに目をそらす。武は夏合宿以外にも年明けや慰問会の打ち上げの時に収録した音源をネットで公開していた。優花は、
「練習時間はかなり限られてますが、真面目にやってます。そうでない時でも曲を集中して聴いたり想像しながら指を動かしたりしてます」
「それは素晴らしい」
吉田は微笑む。白崎は、
「二人は武の専属なの?他とは組まないの?」
「まあ、そうですね。本当に練習時間が限られているので。それを分かってくれるのは武さんだけですね」
優花が答えた。吉田は腕を組み、
「無理強いをすべきではないけれど、一年ほど音楽に専念しても良い気がするのだけど」
実花は、
「大学中退は困るんですよ」
「そうだな。俺みたいにオッサンになってからでも再開出来るし。二人なら尚更だよ」
稲島が助け舟を出す。吉田は、
「まあ、そうですね。三年経ってもこちらに諦めがつかなければまたお誘いしてもよろしいですか」
「はい」
優花が力なく返事をした。武は振り向く。白崎はやや不満そうだ。実花は胸を撫で下ろす。吉田の勤務している大きな事務所が自分達を三年も待つとは思えないからだ。
店員達が吉田と白崎の分も用意した。吉田は頭を下げて礼を言った。
武は肌がピリついていた。白崎の薄ら笑いが鼻につく。虹倉姉妹は恐縮しているので白崎の下心に気付いていない。一度、付き合いで打ち上げの飲み会に同席したが、白崎は自身の恋愛遍歴を自慢していた。周りは涼しい顔をしているか煽っていた。下戸で烏龍茶だけを飲んでいた武には不快だった。皆、酔っていたが武は素面で白崎のふしだらな話は雑音だった。




