稲島の質問
三人はコーヒーを頼んだ。四人は店員達に虹倉姉妹の楽曲を披露する。店の奥には小さな劇場になっており、アンプもドラムも備え付けだった。武と稲島はこの店で何度も客を呼んで演奏会を開いているので店とは持ちつ持たれつだ。店は盛況になるし二人も場所を提供されて助かっている。
今度こそ録音できたので、四人は確認してみる。稲島は、
「もう、完璧だな」
コーヒーが届いたので四人は飲み始める。稲島は、
「二人共、けっこう将来について考えすぎているんだろ」
優花は苦笑いして、
「そんな事ないですよ。同期でもう結婚した人もいるし、起業した人もいます」
稲島は微笑み、
「他人と比べるなよ。実家は農家だから色々と背負っているんだろう」
優花は実花をチラリと見やって、
「長女だからといって私が継ぐとは限りません。二人で助け合うつもりですよ」
稲島は感心ししみじみした口調で、
「偉いな、二人共」
実花は気まずそうに、
「実は私、就職出来なかったら、親の手伝いをしようかなと思ってるんですよ」
「素晴らしいじゃないか。親御さん達も喜んでるんだろ」
稲島が褒めると実花は頭を振り、
「一度、三年ぐらいは就職した方が良いと父が言うんです」
「厳しいね。でも、良いお父さんじゃないか」
稲島は相槌を打つ。
武はコーヒーを黙って飲みながら三人の会話を聴いていた。やはり姉妹は家業と仕事で頭は一杯で、恋愛どころではないようだ。
稲島は、
「でもさあ、農家を継ぐとなるとお婿さんとかも考えているのかい」
武は不快そうに目を細めて稲島を睨む。優花はそれに気付かない様子で、
「親戚が見合いを設定してくれるようです。両親はマトモな出会い系サイトで新規就農希望者を募ってるようです」
「ええ?二人共、それで良いの?自分達の好みとか意思とか有るだろう」
稲島は驚く。優花は苦笑いして、
「一応、皆には譲れない考え方とか好みとかは何度も伝えてます。皆が良い人を探したらちゃんと直接会って確かめます」
「しっかりし過ぎだね」
稲島は感嘆の溜息を吐いた。傍らで話を聴いていた武はコーヒーを飲み干していた。二杯目を頼む。虹倉姉妹はやはり恋愛に興味が無い。ましてや武を恋愛対象にしていない。
稲島は、
「子どもの時からそんなにシッカリしていたのか。恋愛したことがないのか。挫折ない人生もまた怖いよ」
「何を脅しているんですか」
武は軽く注意した。優花は実花を見やりながら、
「私達、モテないんですよ。毎回、片思いで終わるんです」
「へえ。二人共、性格良くて綺麗なのにね。シッカリし過ぎているから男達が恐縮しているだけじゃないのか」
稲島は武を見やった。武の目が泳ぐ。優花は、
「そうじゃないですけれど、農家の婿になりたがる人がいないのも理由かもしれませんね」
「武。お前だったらどうする。農家の娘さんが真剣に口説いてきたら婿になるか?」
武はジロリと稲島を睨む。稲島は真顔で怯まない。姉妹は少し怯えた。稲島は僅かに口角を上げて、
「あくまでも仮の話だよ」
武は宙を睨んで考える。音楽を辞めてまで農家になるつもりはない。しかし真剣に口説いてきた女をムゲに断るのも気が引ける。武は低い声で、
「音楽を続けさせてくれるなら結婚を考えますけどね」




