第8話 クエスト争奪騒動②
炎天下の広場は、白く灼けた石畳ごと光を照り返していた。
中央では、イベルダルクの女神像を象った噴水が涼しげな水音を立てている。普段なら家族連れが腰を下ろし、労働者が昼の休憩を取る、のどかな場所だ。だが今は違う。広場を囲むように野次馬が集まり、その中心には、明らかに穏やかではない空気が張り詰めていた。
「この広場で、こう叫びながら土下座したら許してやるよ!」
斧を肩に担いだスキンヘッドの男が、これ見よがしに両手を広げて怒鳴る。
「弱者は我々です! 生意気な口を利いて申し訳ありませんでした! ……ってなァ!!」
その背後には、酒場でたむろしていた連中が十数人。さらにその仲間に呼ばれたらしいならず者まで加わって、三十人近くがジェラルドとネモを囲んでいた。
その光景の真ん中で、ネモはげんなりと眉を下げる。
「……いや、なんで僕まで巻き込まれてるのさ」
「他人のふりして逃げ切れると思ったか?」
隣でジェラルドが淡々と返す。
「二回もマウントアンダーで派手に飲んで騒いだんだ。あそこの縄張りを張ってる連中に顔を覚えられてても不思議じゃない。俺の連れだってのもな」
「それは……まあ、そうかもしれないけど」
ネモはこめかみを押さえた。
「でも僕、迎え酒しちゃって朝より気分悪いんだよ。ここはジェラルドが一人で何とかして」
「いやぶん殴るぞ?」
「嫌だ」
二人がそんな調子で言い合っていると、ついにスキンヘッドの額に青筋が浮いた。
「無視してんじゃねぇぞ、余所者どもォ!!」
面子を潰された怒声が、広場にびりびりと響く。
暴でこの辺りを押さえつけてきた男からすれば、これだけの人数を集めた場で軽くあしらわれるのは我慢ならないのだろう。だが、その怒号を受けてもジェラルドは眉一つ動かさなかった。
「ああ、すまんな」
むしろ穏やかにそう言ってから、獅子の顔をわずかに傾ける。
「で、確認だ。お前は結局、何がしたい?」
「だから土下座しろって言ってんだろうが!」
「断る。理由がわからん」
「俺たちを舐めたからだよ!」
「弱者と言ったことか? それとも、依頼を受けようとしたことか?」
「両方だ!」
「ならなおさら断るしかないな」
ジェラルドは肩をすくめた。
「弱者と言ったのは事実だ。依頼については、最終的に決めるのはギルド長だろう。俺は何も間違えちゃいない。つまり土下座の必要はない」
「お前……マジで殺すぞ」
スキンヘッドは低く唸り、斧を構えたままじりじりと距離を詰める。
その殺気を受けても、ジェラルドは一歩も退かなかった。
「そうだな。依頼の件は俺一人では決められん。だが、弱者呼ばわりの件については簡単だ」
獅子の口元が、わずかにつり上がる。
「お前を叩きのめせば証明になる」
「上等だァ!!」
咆哮と同時、スキンヘッドが駆けた。
巨体に似合わぬ速さだった。振り下ろされた斧が風を裂き、ジェラルドの頭を叩き割らんと迫る。だがジェラルドはそれを大きくかわし、石畳の上を滑るように後退した。
「驚いた……当たっていれば死んでいたかもしれないぞ?」
「はっ! 脅しじゃねえんだよこっちは! なあっ!? まだ強がれるか!?」
スキンヘッドはせせら笑う。
「武器もねえんだ! さっさと這いつくばった方が身のためだぜ!」
「そうだな」
ジェラルドはわざとらしく息をつき、そのまま片膝をついた。
そして、まるで降参でもするかのように、広場の石畳へ掌を当てる。
その所作にスキンヘッドがにやりと笑った、その瞬間だった。
―金屋子神よ、熱く蕩かし、堅く打て――煉錬鉄火―
低く響く詠唱と同時、石畳に赤い魔法陣が展開する。
次の瞬間、地面そのものが炉のように赤熱した。
「な――」
驚愕するスキンヘッドの目の前で、石と鉄が溶け、練られ、一本の武器へと形を変えていく。現れたのは、赤熱を帯びたハルバード。華やかな装飾をまといながらも、明らかに実戦向きの巨大な一振りだった。
ジェラルドはそれを無造作に握る。
灼けた鉄を素手で掴んでいるというのに、その顔色は一切変わらない。
「武器なんて、大体どこでも調達できるのでな」
淡々とした声が広場に落ちた。
「いちいち持ち歩く必要がない」
そこで初めて、スキンヘッドの顔が強張る。
鮮やかすぎる魔法の発動。
赤熱した武器を平然と扱う肉体強度。
そして、この大勢の見物人の前で始まってしまった一騎打ち。
ここで無様に負ければ、自分も、自分のチームも終わる。
まずい――そう本能が叫んだのだろう。
スキンヘッドは舌打ち混じりに呪文を叩きつけた。
―我が主、蚩尤よ! この斧に注げ、破壊の力! 万力鉄衝!!―
斧に黒ずんだ赤光が走る。
強化された一撃が、真正面からジェラルドへ襲いかかった。
だが、ジェラルドはそれを軽々と受け流した。
火花が散る。
衝撃が鳴る。
二人は数合、激しく武器を打ち合わせる。
傍目には拮抗しているように見えた。だが実際は、ジェラルドがわざとそう見せていた。
そして鍔迫り合いに持ち込んだ一瞬、ジェラルドは獅子の口元を寄せ、耳元で囁く。
「どうした。魔法強化までして、その程度か? 弱者よ」
「……っ、てめぇ!!」
スキンヘッドは怒りに顔を歪め、力任せに斧を押し返す。
一度離れ、互いに間合いを取る。
そのときだった。
「おい!!」
突然、スキンヘッドが広場全体に聞こえる声で怒鳴った。
「こいつ、闇の魔法を使ってやがる!! 魔王どもの残党に決まってる! 全員で叩き潰すぞ!!」
野次馬たちがざわつく。
ジェラルドは一瞬だけ目を細めた。
苦し紛れの口実。だが、妙に芯を食っていて笑えない。
もっとも、この場の大半は魔法に明るくない。煙に巻いて徒党で襲わせるには十分だろう。だからこそ、ジェラルドは逆に声を張った。
「おいおい、待て待て。まったく……」
わざとらしく肩をすくめ、広場中に聞こえるように大きく言う。
「嘘までついて、そこまでして我々に依頼を受けさせたくないのか。実に冷たい。排他的だな」
「な……何だと!?」
「嘆かわしいことだ。まるで――」
そこでジェラルドは、芝居がかった仕草で方天戟を掲げる。
「――白露の冬の白き様、白銀吐息で踏み入るを拒み、入りては全てを凍て排す、高く反り立つ険しき銀嶺――そのものだ」
「はぁ!?」
当然、スキンヘッドには意味がわからない。
だが次の瞬間、それまで完全に傍観を決め込んでいたネモが、心底だるそうな顔のまま口を挟んだ。
「ホントだよっ! こんなの普通に不公平だし、感じ悪いし、治安も悪いし、最悪じゃん」
そして、どこか投げやりに、それでいて妙に通る声で続ける。
「まるで――踏み入る愚かな気高き蛮勇、寒気凛冽が呑み込んで、冷徹無常に、気高き不遜を凍て押し返す――って感じ」
「は?」
スキンヘッドだけでなく、舎弟たちもそろって困惑した。
言葉は繋がっているようでいて、まるで繋がっていない。
だが、次の瞬間。
ネモとジェラルドは、ぴたりと背中合わせになる。
互いに人差し指を、それぞれ別方向へ向けたまま、同時に唱和した。
――万魔退陣・冬将軍――
広場を、寒風が駆け抜けた。
瞬時に空気が冷える。
そして二人を囲んでいたならず者たちの足元だけが、バキバキと音を立てて凍りついていった。
「ひえっ!?」
「な、なんだこれ!?」
「足が……動かねぇ!!」
「俺たちだけ凍ってるぞ!!」
舎弟どもはたちまち大混乱に陥る。
見物人たちも騒然となった。
「二人で会話しながら詠唱したのか!?」
「そんなこと出来るのか!?」
「今の、上級魔法だろ……!?」
スキンヘッドの背中に、ぞっとする冷汗が流れる。
自分にもある程度の魔法知識があるからこそ、目の前の二人の異常さが分かってしまう。
「嘘だろ……」
思わず漏れた声。
「まさか本当に……魔王の残党……」
阿鼻叫喚の中、ジェラルドが腹の底から笑う。
「ガッハッハッハ!! どうした、強き男よ!!」
大仰にハルバードを構え、芝居じみた口上を高らかに響かせた。
「我々より力に勝るお前でも、この見事なる不意打ちの氷の一撃は防げまい! このまま俺と戦い続ければ、そこにいる舎弟どもは全員まとめて凍え死ぬぞ!?」
「……っ!?」
あまりにも古臭い悪役のような台詞に、スキンヘッドは逆に一瞬反応が遅れた。
だが、その直後には理解する。
これは脅しであり、同時に助け舟でもある。
「手下の命が惜しければ膝を折れ!! 我々の要求を呑み、協力を誓え!!」
ジェラルドの声が広場に響く。
スキンヘッドは唇を噛み、そして絞り出すように言った。
「……わかった」
斧を下ろし、片膝をつく。
「わかったよ……」
見物人たちがどよめいた。
ジェラルドはゆっくりと歩み寄り、その耳元で低く囁く。
「いいか。今回の依頼は、お前たちの名義で受けろ。手続きは全部やれ。報酬も満額取れ」
「……」
「だが、実際にやるのは俺たちだ。達成も、報酬の受け取りもこちらが持っていく」
スキンヘッドの喉がごくりと鳴る。
「そしてこの場は、卑劣な俺たちの罠に嵌ったお前たち、という形で流せ。手下にもそう言い含めろ。我々の実力は、好きなだけ罵倒して誤魔化せ。風説でも何でもいい。だが――」
獅子の眼が、すっと細くなる。
「余計なことを喋ったら、その時は分かるな?」
「……わ、わかった。要求は全部呑む」
「賢い選択だ」
ジェラルドは満足げに頷いた。
「これでお前は、この場では手下を救うために膝を折った男だ。舎弟思いの勇者になれる」
そして最後に、軽く笑う。
「また夕方に会おう。それまでに全部済ませておけ」
そう言ってジェラルドはハルバードを石畳へと沈めるように溶かし戻し、何事もなかったかのように踵を返した。
ネモも、まだ少し気分の悪そうな顔のまま、そのあとに続く。
ざわめく広場の中心で、スキンヘッドはしばらく膝をついたまま動けなかった。
やがて誰にも聞こえないほど小さな声で、絞り出すように呟く。
「……完敗だ……」




