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第4話 白雪姫の潜入作戦④

「一体全体、どういうことですかな。見た目こそ可愛らしいが、どうにも流れの魔法使い様とお見受けするが」


突然の乱入にも動じず、成り行きを見守っていた最高神官アルバトロスが、ネモへ静かに問いかける。

その問いに、ネモはわざとらしいほど仰々しく、うやうやしく一礼してみせた。


「おっしゃる通り、通り一遍の魔法使いでございます。突然の狼藉、まずはお詫び申し上げます」

「その魔法使い殿が、一体何用でここに?」

「言いたいことも、聞きたいことも、やりたいことも色々ございますが……今は取り敢えず――」


ネモは冷え切った眼差しを向けながら、剣先をアルバトロスへ突きつける。


「貴方がた全員、不愉快で癪に障るので、ぶちのめそうかと思っております」


その瞬間、アルバトロスの表情が変わった。


「理由はまるで分からんが、お楽しみのところ悪いが諸君……戦闘態勢だ。イベルダルクの名のもとに、その不届き者を粛清しろ」

「……!」

「はっ!」


戸惑いを残しながらも、八人の二級神官がネモを取り囲む。

その輪の中心で、ネモの表情は微塵も動かなかった。


「多分大丈夫だとは思うけど……もし手加減できなかったら、命の保証はできないよ」

「ほざけっ! 一人で何ができる!」


――イベルダルクの護り神! 罪深き者に贖罪を! 罪断切空!――


八人のうち七人の神官が、詠唱と共に白く輝く刃の魔法を次々と放つ。

斬撃は大聖堂の空気を切り裂き、幾筋もの白光となってネモへ殺到した。


だが、ネモはそれをひらりひらりと避けていく。

まるで蝶が舞うように、軽やかに。

一歩、半歩、身を捻るだけで、斬撃は尽く空を裂く。


その合間に、一人の神官が蹴り飛ばされた。

次の刃はまた躱され、さらに別の神官が剣の腹で薙がれて吹き飛ぶ。

囲んでいるはずなのに、誰一人として捕まえられない。


「おのれ……ちょこまかとっ! ……だが!」


最後の一人が、ネモの着地の瞬間を見計らったように詠唱する。


――イベルダルクの護り神! 御神を害する不届き者に、清らかな神の鉄槌を! 銀練一喝!――


巨大な白銀の鉄槌が、轟音と共に振り下ろされた。

まるで重機同士が正面衝突したかのような凄まじい音が大聖堂を揺らし、塵と砂埃が一気に舞い上がる。


「やったか!?」

「決まった……挽肉だな……」

「ふん、何者か知らんがあっけない」


会心の一撃。

神官たちの顔から緊張が緩みかけた、その時だった。


砂煙の中に、涼しげに立つ影が一つ。


「最低限の連係はできてるね……でも、この程度で勝った気になってんじゃないよ」

「なん……だと」


信じがたいことに、ネモはその白銀の鉄槌を片腕の前腕で受け止めていた。

しかも、そのまま扉を叩くような気軽さで拳を打ち込み、鉄槌そのものを弾き飛ばす。


「信じられん……! そんな……!」


そのあり得ない光景に、神官たちはあっさりと恐慌状態へ陥った。

斬撃と鉄槌の魔法が、半ば乱射のようにネモへ降り注ぐ。


だが当たらない。

もはや掠りもしない。


荒れ狂う攻撃の嵐の中で、ネモはなお舞うように動きながら、静かに詠唱を始める。


――寒流滑りて熱奪え、凍えて霜付き、粗熱吐いてはまだ奪え、円転流転し終の果てには命を奪え、流氷激流…………――


「何かしてくるぞ!」

「止めろ!」


神官たちの焦りはさらに増す。

だが、その焦燥を嘲るように、ネモの締めの詠唱が大聖堂に響き渡った。


――……熱喰大蛇(ねつぐいおろち)!――


ネモの懐に現れた魔法陣から、氷の大蛇が音もなく滑り出る。

それは神官たちとネモを囲むように、するり、するりと床を這い、円を描いて高速で巡り始めた。


「何だこれはっ!?」


大蛇はさらに加速する。

一周するごとに、円の内側の気温が急激に下がっていく。

白い息が生まれ、空気そのものが凍り始めていることに、神官たちはようやく気づいた。


「やばいっ! 逃げ――」

「もう遅い」


次の瞬間、唐突な静寂が訪れた。

先ほどまでの怒号も轟音も嘘のように消え失せる。


パキパキ、と氷の成る音が響く中、神官たちは次々と膝をつき、その場に倒れ伏した。

体の半身は凍りつき、寒さか衝撃か、ぴくぴくと痙攣している。


「手加減したから、死にはしないと思うよ。多分」


そう言ってネモは剣を振りかぶり、アルバトロスへと切っ先を向けた。


「聖職者のくせに、こんなことして心は痛まないんですか?」

「悪いとは思っているよ。だが、これは必要な犠牲なのだ」


アルバトロスはどこまでも尊大に答える。


「犠牲?」

「正しき思想を持つ、聡明なるこの私が、イベルダルクの天支神官に立つためのね!」


ネモは、心底呆れたように息を吐いた。


「……ああ、なるほど。大体わかったよ。お前、身の程知らずのマヌケなドクズなんだね」

「なんだと!?」


アルバトロスの顔が怒りで引きつる。


「まず、イベルダルクの天支神官は、お前みたいな無能にはなれないよ。あそこは想像を超えるほど強くて、残酷で、頭のイカれた連中の集まりだ」

「ふん、最高神官たるこの私を無能呼ばわりとは……見る目がないようだ」

「無能じゃないなら、出世を性犯罪なんかに頼るなよ。ばーかざーこ」

「貴様……! 貴様に一体、私の何が分かる! 私の力も見ずに何を言う! 私は! 貴様如き! 一撃で屠れるのだぞ!」

「じゃあ見せてみなよ」


ネモは人差し指をくい、くい、と動かして挑発する。


「後悔するなよ、クソガキが!」


憤激したアルバトロスは、錫杖から巨大なオーラを噴き上げながら詠唱を始めた。


――イベルダルクの最高神よ! 御神に害成す逆徒共、屠る力をこの我に!

覇を和と成すため月を喰み、慈愛と共に創造せん!

破戒無慙(はかいむざん)を破滅に導け! 燼滅巨神爪(じんめつきょしんそう)!――


月光を浴びるステンドグラスを背に、銀色の魔法陣が展開する。

その奥からは、巨大な鉄球を叩きつけるような重々しい音が響いていた。

音が鳴るたび、魔法陣に亀裂が走る。


「恐れ慄け小娘ぇっ! これが私の実力だ!」


ついに魔法陣が砕け割れ、漆黒の鎧をまとった巨大な腕が姿を現した。

鋭い爪を備えたそれは、神の写し身とでも呼ぶべき禍々しさを放っている。


へたり込んだまま呆然と見守っていた女性たちから、悲鳴が上がった。


「きゃあぁーっ!」

「なんなのよ……こんなの……いったい私が何したっていうのよぉっ!」

「なに……あれ……」


フェリスもまた、その腕が放つ威圧感に息を呑み、ろくに言葉を発せない。


「クァハハハハァッ! どうだ!? これが神の写し身! イベルダルク最上級の攻撃魔法、燼滅巨神爪!! これでも! 私を雑魚と罵れるかね?」

「…………」


ネモは、まるで反応を返さない。


「震えて声も出ぬか! ではそのまま、私を愚弄したことを悔いて死ぬが良い!」


巨大な掌が、爪を立てたままゆっくりと持ち上がる。

ネモを叩き潰すために。


「ソフィ! 逃げて!」


恐怖で震える唇を無理やり動かし、フェリスが叫ぶ。

だがネモは動かない。

ただその巨大な腕を見上げている。


「ソフィッ!」


その時だった。


まるで大地の底から響くような、太く低い声が大聖堂に満ちる。


――我が眠り唄を捧げよう、微笑む寝言で地を翻し、寝床を揺蕩い岩砕き、冥深微睡め、……女媧(じょか)転寝ノ夢遊(うたたねのゆめあそび)――


腕が振り下ろされる、その寸前。


轟音と共に地面が揺れ、ネモの目の前に巨大な岩壁が地底からせり上がった。

燼滅巨神爪がそこへ激突し、破片を撒き散らしながらも食い止められる。


「何だと……私の燼滅巨神爪を……止めただと……」


突如現れた巨大な壁に、アルバトロスもフェリスたちも呆気に取られる。


「まったく、お前の魔力が暴れてるのを感じて来てみたら……何だこの大騒ぎは」


土煙の中から、獅子面の巨大な騎士が姿を現した。


「それに、俺が来るって気づいてたなら、身を守る素振りくらい見せろよな、ネモ。ちょっと心配になっちまうぜ」

「う……うん……ありがとう……ジェラルド」


ネモは少し気まずそうな顔で礼を言う。


「どうした? なんか様子が変だな」

「……う、うん……あのさ……ごめんね……」


ジェラルドはその妙な態度を見て、すぐに察した。


「ああ……もしかして、騒ぎ起こしちまったこと謝ってんのか?」

「うん……」


ジェラルドは、ぼろぼろの服で怯える女性たちへ視線を向ける。

そして豪快に笑い飛ばした。


「ガハハハッ! 気にすんな! やっちまったことは仕方ねえし、それに――」


彼はネモをまっすぐ見つめる。


「正しいと思ったからやったんだろ?」

「…………うん!」

「ならよし! だが細かい状況が分からん! 指示を出せ、ネモ!」


二人の騎士は即座に戦闘態勢を取る。


「少し考えがある。あいつの魔法を正面から消し飛ばしたい! 詠唱の時間を作って、僕が撃つ瞬間に壁を消してほしい!」

「了解っ!」


壁の向こうからアルバトロスの怒声が飛ぶ。


「何のっ! まだまだ我の呪文は消えておらん! その小賢しい岩壁、破壊してくれる!」


燼滅巨神爪が爪で穿つように岩壁を削り始める。

するとジェラルドは、まるで指揮者のように両腕を動かした。


その動きに合わせて岩壁が蠢き、ねじ曲がり、自在に形を変える。

女性たちへ破片が飛ばぬように。

衝撃を受け流すように。

うねる岩は生き物のように大壁を制御していた。


「あれは燼滅巨神爪の下位呪文か? まあまあな威力だな……知らなかった。早くしろネモ、もし本物の燼滅巨神爪を撃たれたら、この壁もあまり持たんぞ」

「あれ、燼滅巨神爪なんだよ……」

「えっ……うん? ……なんか……その……ちっちゃくないか? 一本しかないし……」

「僕も覚悟決めてたら、ちょっとびっくりしてさ。ちっさいし、なんか爪ふにゃふにゃだし、それに魔法陣から出てくるのにも手こずってたよ」

「えぇ……」


一瞬、奇妙な沈黙が落ちた。


「……まあ……ゆっくりやってくれ」

「うん」


ネモは深く息を吸い、手を合わせて祈るような姿勢を取る。

そして、ゆっくりと詠唱を始めた。


――曇天佇む氷の帝王……世界に満ちる……貴殿の優しき力の奔流……ほんの僅かにお貸し頂く、捧げるは小さな誇りと猛る生き様、頂くは巨大なる威光と冷徹なる強さ、獄に堕ちるは邪悪に嗤う簒奪者っ!――


ネモの頭上へ、ゆっくりと、だが濃密に冷気が束ね上げられていく。

言霊に呼応するように冷気は渦を巻き、その勢いは徐々に増していく。

やがてそれは凝縮し、揺らめく魔法陣となって浮かび上がった。


その瞬間を見て、ジェラルドは叩き伏せるように岩壁を地面へ押し戻す。


それを見計らい、ネモは詠唱の締めを叩きつけた。


――悪辣よっ! 全て凍てつき無様に砕けろ!! 氷狼公凍獄大咆っ!!!――


まるで城門が開くように、魔法陣が音もなく開く。

その内側から、巨大で、濃密で、激烈で、膨大な冷気と氷の奔流が一気に解き放たれた。


それはアルバトロス自慢の燼滅巨神爪を、まるで紙細工でも貫くように易々と吹き飛ばす。

さらにそのまま後方のステンドグラスへ突き抜け、月光ごと砕き散らすように粉々に破壊してしまった。

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