1-5 魔導激突、燼滅巨神vs凍獄大咆
「一体全体、どういうことですかな? 見た目こそ可愛らしいが、どうも流れの魔法使い様とお見受けしますが」
突然の出来事にも動じずに、事を見守っていた最高神官アルバトロスはネモに問いかける。
その問にネモは、わざとらしく仰々しくうやうやしく答える。
「おっしゃる通り、通り一遍の魔法使いでございます、突然の狼藉お詫び申し上げます」
「その魔法使い殿は一体何用でここに?」
「言いたいことも聞きたいことも、やりたい事も色々ございますが……今は取り敢えず……」
冷たい瞳を向けながらネモは剣をアルバトロスに突き付ける。
「貴方がた全員、不愉快で癪に障るのでぶちのめそうかと思っております」
その瞬間アルバトロスの表情が変わる。
「理由がまったくわからんが、お楽しみのところ悪いが諸君……戦闘態勢、イベルダルクの名の元に奴を粛清しろ」
「……!」
「はっ!」
戸惑いながらも八人の二級神官はネモを取り囲む。
表情一つ変えないネモ。
「多分大丈夫だとは思うけど……手加減出来ないようであれば命の保証は出来ないよ」
「ほざけっ! 一人で何が出来る!」
「イベルダルクの護り神!罪深き者に贖罪を!罪断切空!」
八人の内の七人の神官、彼らは詠唱と共に白く輝く刃を発する攻撃魔法を次々と撃ち放つ。
それをネモはひらひらと蝶のように舞い飛び避ける。
避ける間に神官は一人蹴り飛ばされ、また避けられ、切り飛ばさてはまだ逃げられる。
「おのれ、ちょこまかとっ! ……しかし!」
神官の最後の一人がそのネモの着地を見計らったかの用に魔法を唱える。
「イベルダルクの護り神!貴殿を害する不届き者に、
清らかな神の鉄鎚を、銀練一喝!」
巨大な白銀の鉄鎚がネモを叩き潰す。
まるで重機がぶつかり合ったかのような巨大な轟音。
塵と砂埃が舞い踊る。
「やったかっ!?」
「決まった……挽肉だな……」
「ふん、何かわからんがあっけなかったな」
強力な魔法、会心の一撃、神官達の緊張が解ける。
だが砂埃の中で涼しげに佇む影一つ。
「最低限の連係は出来てるね……でもこの程度で勝った気になってんじゃないよ……」
「なん……だと」
信じられぬことにネモはその白銀の鉄鎚を片手の前腕で止めている。
そしてそのままノックする様に拳を鉄鎚に叩き付け吹き飛ばす。
「信じられんっ! そんなっ……」
その信じ難い光景、神官達はあっさりと恐慌状態に陥りまたも斬撃と鉄鎚の魔法を乱射する。
しかし斬撃も鉄鎚も、もはや当たらない、かすりもしない、その攻撃の嵐の中、舞い踊るようにネモは魔法の詠唱を始める。
「寒流滑りて熱奪え、凍えて霜付き、粗熱吐いてはまだ奪え、円転流転し終の果てには命を奪え、流氷激流…………」
「何かしてくるぞ!」
「止めろ!」
神官達の恐慌はより一層激しくなる。
そこにネモの魔法詠唱の締め口上が大聖堂に響き渡る。
「……熱喰大蛇!」
ネモの懐に出現した魔法陣から氷の大蛇が滑り出る、そして神官達とネモの周りを円を描くようにするりするりと素早く這い回る。
「なんだこれはっ!?」
大蛇は加速し円を描く、そして一周回るたびに円の中の気温が低下し大気が氷結していっている事に神官達は気づく。
「やばいっ! にげ……」
「もう遅い」
突如の静寂、先程までの争乱が嘘の用に静かになる。
パキパキと氷の成す音と共に神官達は膝を付き倒れる。
体は半分凍りつき寒さかダメージの為かは分からないがピクピクと震え痙攣している。
「手加減したから死にはしないと思うよ、多分」
そう言うとネモは剣を振り被りアルバトロスに突きつける。
「聖職者のくせにこんな事して心が痛みません?」
「悪いとは思ってるよ、しかし、これは必要な犠牲なのだよ」
尊大に答えるアルバトロス
「犠牲?」
「正しき思想を持つ、聡明なるこの私が、イベルダルクの天支神官に立つためのね!」
呆れかえるネモ。
「いや、まあ大体わかったよ、お前、身の程知らずのマヌケのドクズだって事がね」
表情一つ変えずに滑らかに罵倒するネモ
「なんだと!?」
突如の暴言に怒りを隠せないアルバトロス。
「まず……イベルダルクの天支神官はお前みたいな無能にはなれないよ、天支神官は想像を超える程強く残酷で頭のイカれた奴らの集まりだ」
「ふん、最高神官である私に無能とは……まるで見る目が無いようだ」
「無能じゃ無いなら出世を性犯罪になんかに頼んないよばーかざーこ」
「貴様……貴様に一体私の何が解る! 私の力も見ずに何を言う、私は! 貴様如き! 一撃で屠れるのだぞ!」
「じゃあ見せてみなよ」
ネモは人差し指をクイクイと動かし挑発する。
「後悔するなよクソガキが!」
憤激したアルバトロスは巨大なオーラを錫杖から放ちながら呪文の詠唱を始める。
「イベルダルクの最高神よ! 貴殿に害成す逆徒共、屠る力をこの我に!
覇を和と成すため月を喰み、慈愛と共に創造せん!
破戒無慙を破滅に導け! 燼滅巨神爪!」
月で輝くステンドグラスをバックに銀色の魔法陣が展開する。
そしてその魔法陣の奥からはまるで巨大な鉄球を叩きつける様な音が響いている。
その音が響く度に魔法陣に亀裂が入っていく。
「恐れ慄け小娘ぇっ! これが私の実力だ!」
そして遂に魔法陣が砕け割れ、鋭い爪と漆黒の鎧を身に着けた巨大な腕が出現する。
へたり込んで呆けながら事態を見守っていた女性達は悲鳴をあげる。
「きゃあぁーっ!」
「なんなのよ……こんなの……いったい私が何したって言うのよぉっ!」
「なに……あれ……」
フェリスもその巨大な腕が放つ威圧感にろくに言葉も出ない。
「クァハハハハァッ! どうだ!? これが神の写し身! イベルダルク最上級の攻撃魔法、燼滅巨神爪!! これでも! 私を雑魚と罵れるかね?」
「…………」
ネモはノーリアクションだ。
「震えて声もでぬか! ではそのまま、私を愚弄したことを悔いて死ぬが良い!」
掌は爪を立てネモを叩き潰さんとゆっくりと手を振り上げる。
「ソフィ! 逃げて!」
恐怖で強張る口を必死に動かしフェリスは絶叫する。
それでもネモは何をするでも無くその巨大な腕を見つめている。
「ソフィッー!」
しかしその時まるで、地響きがするかの様な太く低い声で、魔法の詠唱が大聖堂に響き渡る。
「我が眠り唄を捧げよう、微笑む寝言で地を翻し、寝床を揺蕩い岩砕き、冥深微睡め、……女媧転寝ノ夢遊」
腕が振り下ろされるその瞬間。
突然の轟音と地震を伴い、ネモの目の前に巨大な岩石の壁が地底からそそり立つ。
それに燼滅巨神爪が激突し、破片を巻き上げ制止する。
「何だと……私の燼滅巨神爪を……止めただと……」
突如の巨大壁の出現に呆気にとられるアルバトロスとフェリスたち。
「全く、お前の魔力が暴れてるのを感じて来てみたら……何だこの大騒ぎは」
土煙の中から獅子の面の巨大な騎士が現れる。
「それに俺が来るって気付いてても、身を守る素振りぐらい見せろよなネモ、ちょっと心配になっちまうぜ」
「う……うん……ありがとう……ジェラルド」
少し気まずい表情で礼を言うネモ。
「どうした? なんか様子が変だな」
「……う……うん……でさ、あのさ……ごめんね……」
ジェラルドはネモのその妙な態度に気が付くとその原因をすぐに察する。
「あぁ……もしかして騒ぎ起こしちまったこと謝ってんのか?」
「うん……」
ジェラルドはボロボロの服で怯える女性達に目をやる。
そして豪快に笑い飛ばす。
「ガハハハッ! 気にすんな! やっちまったことは仕方ねえし、それに」
ジェラルドはネモを優しく見つめる。
「正しいと思ったからやったんだろ?」
「…………うん!」
「ならばよし! しかし細かい状況が分からん! 指示を出せネモ!」
二人の騎士は戦闘態勢を取る。
「すこし考えがあって奴の魔法を正面から消し飛ばしたい! 詠唱の時間をつくって、僕が魔法を撃つ瞬間に壁を消してほしい!」
「了解っ!」
壁の向こうでアルバトロスが叫ぶ。
「何のっ! まだまだ我の呪文は消えておらん! その小賢しい岩壁、破壊してくれる!」
燼滅巨神爪が爪で彫り込む様にジェラルドの岩壁に攻撃を開始する。
そうするとジェラルドは指揮者の様な素振りを見せる。
その腕の動きに合わせて壁が蠢きネジ曲がり、自在に動く。
フェリス達に破片が飛ばぬように、衝撃を吸収するように、自由自在に壁がうねる。
「あれは燼滅巨神爪の下位呪文か? まあまあな威力……知らなかったな……早くしろネモ、もし本物の燼滅巨神爪を撃たれたらこの壁も余り持たんぞ」
「あれ燼滅巨神爪なんだよ……」
「えっ……うん?……なんか……その……ちっちゃくないか?……一本しか無いし……」
「僕も覚悟決めてたら、ちょっとびっくりしてさ、ちっさいしなんか爪ふにゃふにゃだし、それに魔法陣から出て来るのに手こずってたよ」
「えぇ……」
一瞬の沈黙
「……まあ……ゆっくりやってくれ」
「うん」
そう言うとネモは息を深く吸い込み手を合わせ祈りのポーズを取る。
そしてゆっくりと魔法の詠唱を開始する。
「曇天佇む氷の帝王……世界に満ちる……貴殿の優しき力の奔流……ほんの僅かにお貸し頂く、捧げるは小さな誇りと猛る生き様、頂くは巨大なる威光と冷徹なる強さ、獄に堕ちるは邪悪に嗤う簒奪者っ!」
ネモの頭上にゆっくりと、しかし濃密に冷気がたばねあげられる。
そして言霊の勢いが徐々に増していく。
その冷気が結集し揺ら揺らと魔法陣が浮かび上がる。
その瞬間を見たジェラルドは、叩き伏せるように自身の出した岩壁を元の地面に押し戻す。
それを見計らったネモは詠唱の締めの雄叫びを放つ
「悪辣よっ!! 全て凍てつき無様に砕けろ!! 氷狼公凍獄大咆っ!!!」
まるで城門の扉の様に魔法陣が開く。
そして開かれた魔法陣から、巨大、濃密、激烈、膨大な量の冷気と氷の奔流が疾走る。
それはアルバトロス自慢の燼滅巨神爪をまるで紙を貫く様にあっさりと吹き飛ばし後ろのステンドグラス共々軽々と粉々にしてしまった。