第42話 死闘 VSジャガーノート⑤
―さざめけ、揺蕩え、氷の蝋燭。火も付けられず虚しく漂うその御身。せめて鋭く、怒涛の如く、敵を貫け――千本氷柱!―
―我が眠り唄を捧げよう。微笑む寝言で地を翻し、寝床を揺蕩い岩砕き、冥深微睡め――女媧ノ・転寝夢遊!―
夕焼けを映した海面が、一瞬で凍りつく。
無数の鋭い氷柱がせり上がり、絡み合い、やがて巨大な氷龍の姿を取った。
同時に、岸壁の地盤が轟音とともに盛り上がる。
岩と土が練り上げられ、うねる巨蛇となって鎌首をもたげた。
二体の異形が、咆哮とともにジャガーノートへ殺到する。
「くたばれ、ジャガーノート!」
「失せろ、ジャガーノート!」
ネモとジェラルドの同時攻撃。
―月神断壊壁―
ジャガーノートの前方に、白く輝く巨大な防壁が展開された。
氷龍と巨蛇は真正面からそれに激突する。
轟音。
防壁は受け止める。だが、押し返しきれない。
白い壁面に亀裂が走り、軋み、砕け始める。
「ぶっ潰れろ!」
ネモが吠える。
その瞬間――壁の向こう側で、別の詠唱が静かに紡がれる。
―イベルダルクの最高神よ、御神に害成す逆徒共、屠る力をこの我に。
覇を和と成すため月を喰み、慈愛と共に創造せん。
破戒無慙を破滅に導け――燼滅巨神爪……―
次の瞬間、防壁が内側から粉砕された。
弾け飛ぶ光の破片。
衝撃波に打たれ、氷龍と巨蛇がまとめて吹き飛ぶ。
砕け散る白光の奥から現れたのは、燼滅巨神爪。
だが常軌を逸した出で立ち。
黒い帯の様な幾何学模様が、奔流めいた煌めく神気を無理やり縛り上げ、腕の形へ押し固めている。
神聖さと不気味さが同居した、異形の力。
「相変わらず不気味だね!」
「ふんっ!」
ネモとジェラルドが一気に距離を詰める。
同時に、吹き飛ばされていた氷龍と巨蛇も体勢を立て直した。
左右から燼滅巨神爪へ巻き付き、その動きを封じにかかる。
―罪断切空―
ジャガーノートの周囲から、無数の斬撃が照射された。
詠唱破棄による、威力より速度と数を優先した牽制。
だがネモとジェラルドは怯まない。
斬撃をかいくぐり、そのままジャガーノートへ突っ込む。
「うおおおおらあぁっ!」
「ウオオオオオォッ!」
斬撃の雨を抜けた二人を前にしても、ジャガーノートは退かない。
「少し熱くなりすぎですよ?」
あえて前へ出る。
「うぐっ!」
身をひねった流麗な飛び蹴りが、ネモの腹を捉えた。
小柄な体が横へ吹き飛ぶ。
さらにジャガーノートは空中で一回転し、そのまま虚空へ手をかざす。
―銀錬一喝―
「ぐあっ!」
銀の巨槌が瞬時に顕現し、ジェラルドへ真正面から叩き込まれる。
重い一撃、巨体が吹き飛ばされる。
その間に、燼滅巨神爪が力任せに抵抗する二体を引き千切る、氷と岩の破片が夕空へ舞う。
さらにその背後、巨神爪を支える二つの魔法陣の中央に、三つ目の魔法陣が浮かび上がる。
―玉石虹彩、狂い虹。
腕縫い抜くテノルハスターの蛸の脚。
澱みに揺蕩う欲と自我、せめて慈愛で締めちぎれ……八卦乱彩砲―
魔法陣から放たれたのは、八本の光線。
赤、青、金、紫――色とりどりの光が、触手のようにうねりながら空を裂く。
―氷狼公凍獄大咆!―
ネモが放った凍気の激流が、それを迎え撃つ。
だが光線は正面衝突しない。
生き物のように軌道を捻じ曲げ、凍気の奔流を避けながらネモへ殺到した。
「くそっ!」
追尾する八本の光。
回避にほんの一瞬気を取られる。
その隙を、ジャガーノートは逃さない。
燼滅巨神爪が大きく振りかぶられ、平手打ちの軌道で薙ぎ払われる。
ネモへ直撃――その寸前。
―金屋子神よ! 熱く蕩かし硬く打て! 煉錬鉄火!―
ネモと燼滅巨人爪の間に巨大な黒鉄の壁がせり上がる。
燼滅巨神爪の一撃はそこへ叩きつけられ、耳を劈くような激突音が響く。
「サンキュージェラルド!」
ネモが後方へ跳び、ジェラルドも同時に距離を取る。
二人は肩で息をしながら、冷静に状況を測った。
思っていた通り――強い。
体術、魔法、戦闘センス。
すべてが超高水準で噛み合っている。
一方ジャガーノートもまた、冷たい表情のまま二人を見つめる。
「……あの時とはだいぶ姿も形も違いますが……」
小さく息を吐く。
「それでも、まだまだ強くて……何故か安心しましたわ……」
「余裕ぶりやがって」
ネモが氷剣を握り直す。
夕陽に染まる海岸で、三人の殺気が静かにぶつかり合った。




