第41話 死闘 VSジャガーノート④
「どう思いますかと聞いています……白雪姫――ネモ・アイソリテュード。獅子軍神――ジェラルド・ハンマーロック……」
静かな呼びかけ。
だがその声音には、万の軍勢すら退かせるほどの圧があった。
「……性格悪いね。最初から気づいてたんじゃない」
ネモが嫌味を返す。
「万が一、人違いであったら洒落になりませんもの……最終確認は大切ですよ?」
ジャガーノートはあっさりと答えた。
「……」
ジェラルドは何も言わない。
だが、その沈黙の裏で念話魔法をシオンへ放つ。
(シオン……手筈通りに……)
炭の棺は事前にシオンへ預けてある。
合図があれば、所定の場所まで逃がす手はずだった。
だが。
「なりませんよ? 獅子軍神」
「くっ……」
念話は途中で断ち切られた。
妨害魔法。
「慌てないでください……今この場で、もう少し状況を整理させてください。もしかしたら、お互い歩み寄れるかもしれませんよ?」
「歩み寄り?」
ネモが眉をひそめる。
「ええ……一つ確認したいのですが。おそらく、あのお嬢さんが持っている何か……魔王ツクモ・アヤセを復活させるための鍵なのでしょう? そしてその行き先は、カイガ島――ラーミア魔道学院」
ジェラルドは一瞬、言葉を失った。
仰天と納得。
その二つが同時に胸を打つ。
この女は昔からそうだった。
あまりにも鋭すぎる勝負勘。
「気づいてるなら、早く獲りに来たらどうかな」
「慌てないでくださいと言っているでしょう?」
ジャガーノートは穏やかな微笑を崩さない。
「今ここで、貴方がた二人のどちらかが囮になって逃走を図れば、私はそれを止めきれない可能性が高い」
「そうだね。だから?」
「ですから――」
ジャガーノートは髪をかき上げ、ネモを見つめた。
「これから、貴方がた二人が絶対に逃げられない魔法をかけます」
「……くっ!」
「……っ!」
二人の身体が強張る。
魔法が来る。
防護魔法の圧を高める。
だが、妙だ。
魔力の増幅がない。
その違和感の中、ジャガーノートは静かに口を開いた。
「いいですか……もしこれから貴方がた二人が私から逃げた場合――私は捨て身でカイガ島へ突撃し、学院の設備を無差別に破壊します」
「……!」
「馬鹿な……」
ジェラルドが低く吐き捨てる。
「あそこには優秀な魔法使いの大部隊や強力な魔導兵器があります。学長ラーミア・ウィップティッチもいる。二晩あれば、さすがに私も死ぬでしょう」
「それでも、やるって?」
「ええ」
ジャガーノートは迷いなく頷いた。
「カイガ島にはきっと、貴方がた二人の寄る辺がある。魔王復活に必要な何かがある。ならば私は、死ぬまでにそれを探し、見つけ出し、破壊します」
「この一帯はラーミア魔道学院の息がかかった土地ばっかりだし、イベルダルクともとんでもない抗争になるよね」
「それでも――」
ジャガーノートは、あっけらかんと言い放つ。
「魔王復活よりは、ずっとましですから」
沈黙が落ちた。
波の音だけが、遠くからかすかに聞こえる。
「つまりだ……」
ジェラルドが低く言う。
「要するにお前は、我らの持つ魔王復活の鍵を賭けて、自分と戦えと言っている。でなければ、捨て身でラーミア魔道学院の方を壊す……そういうことだな、ジャガーノート」
「ご理解が早くて何よりです……」
再び沈黙。
短い。
だが、重い逡巡だった。
やがて、ネモが口を開く。
「じゃあ、さっさと決めよう。何処で殺り合う?」
「うーん……よろしいのですか?」
「何がだ」
ジャガーノートは、わずかに首を傾げた。
「まだ紅茶が残っていますわ……お互い人生最後の一杯になるかもしれませんし、最後まで飲んでから行きませんか?」
その笑みに、嘲りも傲慢もなかった。
それがかえって、どうしようもなく不気味だった。
◇
木々や崖に囲まれた海岸の奥。
常人なら容易に踏み込めぬその場所に、ぽっかりと広い平地が開けていた。
夕陽が斜めに差し込み、地を赤く染めている。
普段なら鳥や獣の気配が絶えぬ場所なのだろう。
だが今は、小鳥一羽の気配すらない。
「私、以前ここへ来たことがありまして……人目もなく、周囲を巻き込みにくい。今回の件にはちょうどよいと思っておりましたの」
ネモとジェラルドは剣呑な表情を崩さない。
シオンだけが不安げに周囲を見回していた。
「御託はいい。さっさと始めたいところだが……その前に一つ話がある」
「はい、もちろんお伺いいたしますわ……」
「この娘、名をシオン・エヴァージェイルという。お察しの通り、今は彼女に魔王復活の鍵を預けている」
「やはりそうでしたか」
「だが、彼女は元々この件と無関係だ。ただ身寄りがなく、身を寄せる先を探しているだけだ。もしこの場で我らが敗れたなら――復活の鍵と共に、この娘も引き取ってもらいたい」
「……ジェラルド……」
か細い声で、シオンがジェラルドを見上げる。
「……承知いたしました、約束しましょう」
「才能のある娘だ。その時はよろしく頼む」
「ええ……では、お離れになってください、お嬢さん……」
シオンはジェラルドの服をぎゅっと掴む。
その頭を、ジェラルドが優しく撫でた。
「不安がるな。別に万が一の話だ。……だが、絶対に降りてくるな。遠くから見ていてくれ」
「……うん……」
シオンは小さく頷くと、ブラドにまたがった。
黒い獣はひと声鳴き、崖の上へと駆け上がっていく。
「じゃ、さっさと始めようよ。時間がもったいないからね」
氷剣を構えるネモ。
呼応するように、ジェラルドもハルバードを構えた。
「ええ」
ジャガーノートは白いコートを脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、イベルダルクの神官服だった。
「天支神官第一席、ジャガーノート・ラビッドフラウ……星界神イベルダルクの御名において、ここに異教徒の断罪を執行します……」




