第40話 死闘 VSジャガーノート③
忘れようはずもない。
幾度となく矛を交え、殺し合い、そして最後には自分たちのすべてを奪い去っていった者たち――天支神官。
その頂に立つ一人。
ジャガーノート。
「……違いましたか? あまりにも特徴が似通っておりましたものですから……」
女は穏やかに微笑んだまま、そう言った。
ジェラルドがほんの一瞬押し黙る。
本当に分かっているのか、それとも試しに来ているだけか。少なくとも、今この瞬間に「確信した」という顔ではない。ならば、まずは話を合わせるしかない。
「はあ……一体、どこでそんな話を?」
「先ほども申し上げました通り、サクマ村のザガン村長からですわ。私もあの村を通りかかりまして」
「そうでしたか」
そこはもう誤魔化せないと判断する。
「まあ、色々と巻き込まれましてな。仕方なく手を貸しただけですよ」
「その割には、随分と親身になられたようで。お優しいのですね、本当に嬉しそうに、御三方と……可愛い一匹を語っておられましたわ」
「ははっ、ただの気まぐれです」
ジェラルドは軽く笑って受け流した。
「では、我々はこれで」
「あら、せっかくですのに。もう少しお話を聞かせていただけませんか?」
「申し訳ない。先を急ぐ旅でして」
「……おかしなことをおっしゃるのですね」
その一言で、空気が変わった。
柔らかい声音のまま。だが温度だけが、すっと落ちる。
「貴方たちは船を探しておられた。けれど今はご覧の通り、船がない。であれば、時間はむしろ余っているのでは?」
「…………」
「よろしければ、あそこの喫茶店でお茶でもいかがですか? 私がご馳走いたしますわ」
三人は答えない。
上品な物腰だった。笑みも崩れていない。なのに、その微笑みの奥にあるものだけが、ひどく冷たい。
「私……旅先で、少し変わった話を聞くのが好きでして……」
◇
かもめが鳴いている。
雲間から差した夕陽が、海にキラキラと光を返し、水面を赤く染める。
シオンとブラドは、喫茶店から見える砂浜で波を避けながら遊んでいる。
「――まあ、こんなところですな。あまり面白い話ではなかったですが」
語り終えたジェラルドが、ティーカップを置いた。
その間、ネモも口を挟みながら、あくまで“偶然トラブルに巻き込まれた旅人たち”として振る舞った。少なくとも、外から見れば確実にそう見えるはずだった。
「いえいえ、とても興味深いお話でしたよ」
ジャガーノートは優雅に紅茶を口へ運ぶ。
「それにしても、その魔道具とやらも気になりま
すね……」
「そこは事情がありましてな」
ジェラルドが軽く掌を突き出し、そこから先を遮る。
「さて、船がないとなれば今日の宿を探さねばなりません。そろそろお暇しようかと、ご馳走になりましたな」
「そうですか……」
ジャガーノートは残念そうに目を伏せた。
だが次の瞬間には、また静かな微笑を浮かべていた。
「では……最後に、私の話も少しばかり聞いていただけないでしょうか?」
「だから、もう行くって言ってるじゃない」
ネモが露骨に眉をひそめる。
「ふふっ……貴方たちにとっても、無関係ではないお話ですわ」
ネモの不機嫌を意に介さず、ジャガーノートは卓上へ一枚の地図を広げた。
そこには、この一帯の街道と村々、そしていくつかの地点に小さな印が打たれている。
「……っ」
「………」
二人の呼吸が、ほんのわずかに止まった。
「私、実はある【痕跡】を追っておりまして……サクマ村も、その痕跡を辿った先のひとつだったのです」
白い指先が、地図の印を静かになぞる。
「お伺いしたいのですが……貴方たちが辿ってきた軌跡は、これでお間違いありませんよね?」
印が打たれていたのは、炭の棺にまつわる事件が起きた場所ばかりだった。
「何のことやら、さっぱりですな」
「そうですか」
ジャガーノートはあっさりと答える。
そして意に介さず淡々としゃべり続ける。
「ですが、これらの土地で起きた出来事を拾い集めていくと……どうにも思い出すのですよ」
「だから何の話だって――」
「氷を操る魔法使い。鉄を操る獅子の男。二人組。異様なまでに高い実力。何かを集めているような素振り。そして、あからさまに情報を隠すような動き」
ネモの言葉を、ジャガーノートは柔らかな声で上書きした。
「そうして今になって思うのです。昔、魔王の弔い合戦と称して聖皇国に攻め入り、無残に果てたとされた魔人二人、四災禍――白雪姫と獅子軍神は、本当にあのまま死んだのかと」
「……随分と突飛な思いつきですな」
「ええ。私もそう思います」
ジャガーノートは微笑んだ。
けれどその瞳だけは、まっすぐ二人を射抜いている。
「世は、魔王の死で乱心した愚か者どもだったと片付けました。ですが……私は以前から、どうにも腑に落ちなかったのです。あの魔人二人は、あそこまで浅はかな死に方をするような者たちではなかった。」
「…………」
「…………」
二人は、もはや口を挟めなかった。
押しつけがましい圧ではない。怒号でも脅しでもない。
だが、逃げ道だけを丁寧に塞いでいくような圧力が、確かにそこにあった。
ジャガーノートは紅茶を一口静かに飲み、それから艶めいた唇で二人に問う。
「ねえ、どう思いますか?」
わずかな笑み。
その奥に、冷えきった確信を秘めているのが嫌なほどに理解できる。
押し黙る二人。
静かに微笑むジャガーノート。
「どう思いますかと聞いています……白雪姫――ネモ・アイソリテュード、 獅子軍神――ジェラルド・ハンマーロック……」




