第39話 死闘 VSジャガーノート②
曇り空。日は薄く、空気は濁っていた。
金の鎧を纏い、褐色の肌に黒の短髪、容姿端麗――そして右腕を失ったその人が、足を止める。
「おいっ! レモナ! 何してる、速く行くぞ!」
ジェラルドが怒鳴る。
ネモはジェラルドに背負われたまま、その背越しにレモナを見ていた。
「ジェラルド、ダメだ。追いつかれる」
「だから速くっ!」
レモナは振り返る。
「距離を詰められてる。私が止める。だから二人は逃げて」
「馬鹿野郎っ! ネモがどう思うかわかってんのか! なら俺がっ!」
必死な形相のジェラルドを、レモナは優しく見つめた。
「ジェラルド、君はいっつも優しいな」
「言ってる場合かよっ! 追いつかれるんなら、お前とネモで逃げろよ! 俺が囮になる! お前ら二人は……」
レモナはジェラルドの口に、そっと人差し指を当てる。
「私もネモも学がない。この先には……君がいなきゃ立ち行かなくなる」
「バッ……」
ジェラルドは口を噤む。
「混行国にも、ネモにも、この先きっと君が必要だ。だから一緒に生き延びてほしい」
「…………わかった……」
泣きそうな顔で絞り出すように答えるジェラルド。
レモナは小さく微笑んだ。
「ふふっ、ありがとう……ジェラルド。ネモ。二人とも……大好きだ」
そう言うとレモナは背を向け、魔法の詠唱を始める。
――喜劇を望む雷神よ!
希望、羨望、節穴の眼、罪悪、贖罪、乾かぬ血涙、全て灼き切り死ぬ迄踊るを我誓う!
多少なりとも嗤えたならば!
侮蔑の投げ銭、賜り候!
鏖殺万雷、神域転装 痺黒焦稲妻雷公!!
強烈な雷撃がレモナに落ち、光の塊となる。
天候は一瞬で荒れ、豪雨へと変わった。
光の塊が宙に浮く。
そして中から、それを突き破るように、黄金と雷を纏った騎士が現れる。
「四災禍レモナ・サンダーバロウは此処にいるぞっ! イベルダルクの痴れ者どもよ! 首を取りたくば、命を賭けてかかってこいっ!」
視界すら塞ぎそうな雨の中、ジェラルドの背でその黄金の騎士へ手を伸ばす。
「いかないで……レ……モナ……」
◇
「くっ……はぁっ、はぁっ!」
高級毛布を跳ね除け、ネモは飛び起きた。
動悸が激しい。息が苦しい。
胸元を押さえ、どうにか呼吸を整える。
「……またこの夢か」
「……大丈夫?……」
「うわっ!」
目の前に、シオンの顔があった。
「……嫌な夢……見たの?……」
「あはは、そんなところ」
「……そう……お大事に?……ちょっと違うか……」
「ふふっ」
言葉は少しずれている。
それでも、心配してくれていることはちゃんと伝わってきた。
「ジェラルドは?」
「……外……ブラドと散歩……」
「そっか。僕らは朝風呂行ったら、朝ご飯でも食べに行く?」
「……うん……さっきちらっと見たけど、すごい豪華だったよ……」
「それは楽しみだね」
◇
「ああー、いっぱい食べたし温泉も最高でしたねぇ!!」
「相変わらずだなお前は」
昼過ぎ、宿から出たネモは腹をぽんぽんと叩く。
「……ネモってよく食べるよね……」
「少食に戦士は務まらないからね」
「……戦士……」
シオンが、よく見れば傷跡だらけのネモの手を見ながら尋ねる。
「……ネモは凄く強いけど……いっぱい戦ってきたの?」
「んおっ……」
想定外の質問に、一瞬だけネモは言い淀む。
「まあね、いっぱい戦って、いっぱい……殺したね」
「……何のために戦ったの? そんなに傷だらけになってまで」
「恩人のため。それと、自分が死なないためかな」
「……そう……」
もう少し踏み込んで聞きたかったシオン。
だが、そこをジェラルドが遮った。
「で、次の目的地だが……ここから先の港でまず船を借りる」
「……船……」
「ああ。カイガ島はラーミア魔道学院の、いわゆる要塞でな。あらゆる魔法防壁や魔導兵器が張り巡らされてる。開いているのは小さな港一つだけだ」
「……へえ」
「そのために船頭と船が要る」
「……船……初めて見る……」
「よかったじゃん! ジェラルド、シオンちゃん初めてなんだし、高いやつ借りようよ! 中で酒飲めるやつ」
「お前、飲みたいだけだろ。最低限のやつで十分だ。行くぞ」
「ちぇーっ! ケチ」
◇
2時間後――カイガ島近くの港。
「なっ……なんだこれは……」
ジェラルドが絶句する。
異様な光景だった。
港の船が、すべて木っ端微塵に粉砕されている。
木片がゆらゆらと、濁った海に揺蕩っていた。
「一体、何があったのですか」
近くで途方に暮れている男に、ジェラルドが声をかける。
「どうもこうもねえよ……この近辺の船、全部……一晩で全部【何か】にぶっ壊されちまった」
「何か?」
「わかんねえんだよ、本当に何も……誰がこんなに酷いことを……」
想定外の事態に困惑する三人、少しの間ばかり、無事な船はないかと探す。
しかし全て、執拗なほどに全ての船は叩き壊されていた。
「……ジェラルド、どうするの?」
少し残念そうなシオン。
だがジェラルドは返事をしない。
まるで、シオンの声すら耳に入っていないようだった。
「ジェラルド……」
「…………」
そして壊れた舟の縁にしゃがみ込み、その破断面をじっと見つめる。
切られたのではない。
焼かれたのでもない。
まるで、巨大な何かに掴まれ、そのまま握り潰されたような壊れ方だった。
ジェラルドの顔から、血の気が引く。
「ネモ、シオン……今すぐここから逃げるぞ!」
「え」
「……なんで?」
「話は後だ! さっさと来い!」
いつもの朗らかで穏やかな態度ではない。切迫した声音だった。
戸惑いながらも、その場を離れようとした、その時。
「もしかして……貴方たちがネモさんとジェラルドさんかしら?」
上品で美しい声。
ジェラルドが振り返る。
ネモの表情が引き攣る。
「そうでしょう? 特徴がぴったりですわ。北のリザードマンの村をお救いになられた……村長からお伺いしたのですが……違いましたか?」
自然な笑顔で語りかけてきた薄手のコートを羽織ったその女。
二人にとっては忘れようはずもない。
天支神官第一席――ジャガーノート・ラビッドフラウ。




