第38話 死闘 VSジャガーノート①
サクマ村南の森。ネモたちが去ってから一日後――
森を抜ける澄んだ風に、不意に獣臭が混じった。
キノコを集めていたリザードマンの少女は、はっと顔を上げる。
そこにいたのは、腕を振り被った灰爪熊だった。
なぜ。
ここには、こいつはいないはずだ。
少女にはわかるはずもない。ガルバースの蹂躙で、森の均衡が乱れていることなど。
だが、考える暇はない。
剛爪が振り下ろされる。
「ヒィッ!」
少女は思わず目を伏せた。
―銀錬一喝―
轟音。
次いで、静寂。
恐る恐る目を開ける。
そこには、地面にめり込み、原形もなく潰れた灰爪熊。
そして、その傍らに立つ、薄手の白いコートを羽織った金髪長身の女がいた。
「大丈夫? お嬢さん?」
「うわあああっ!」
少女は思わず、その女に泣きついた。
「あらあら……大丈夫よ。落ち着いて?」
少し困ったように目を瞬かせながらも、女は少女が泣き止むまで、黙って頭を撫で続けた。
◇
――サクマ村。
「そんちょーっ!」
ザガンの家に、少女が飛び込む。
「ノックぐらいせんか、ユナ!」
書物から顔を上げたザガンが眉をひそめる。
その視線が、少女の後ろに立つ女へ移った。
「む……どなたかな」
「わたしね! このおねえさんにたすけてもらったの!」
「ほう?」
「まもってくれたの! でもわたし、おれいできるものもってないから、村長おれいして!」
「ふむ」
ザガンは女へ向き直る。
「詳しくはまだわからんが、どうやら世話になったようだ。話を聞かせてもらえますかな、御婦人」
「はい……いやでも、あの……別に大したことはしていないのですが……」
「ユナがああ言うのですから大したことをしたのでしょう、少し待っていてくだされ。茶を淹れてきましょう」
「そんな……申し訳ございません……ありがとうございます……」
◇
「本当にありがとうございます!」
事情を聞き終えたザガンは、机に額がつくほど深く頭を下げた。
「ワシとしたことが、竜どもが暴れたあとの獣の分布までは頭が回らなんだ……」
「いえいえ……」
女は穏やかに首を振る。
「竜の群れが暴れた後に何がどう変わるかなど、分かりようもありませんもの。どうか、ご自分をお責めになりませぬよう……」
「いや……その竜の件といい、貴方といい、最近は外の者に助けてもらってばかりでしてな……自分の無力さが嫌になりますわい」
ザガンは苦く笑い、それから改めて女を見る。
「ところで御婦人、もしよろしければお名前を伺っても?」
「名乗るほどの者ではございませんが……ジャガーノート。ジャガーノート・ラビッドフラウと申します」
「ほう。勇ましい、良いお名前だ。ジャガーノート殿、せめて今晩の夕餉の一つでも振る舞わせてくだされ」
「少々急ぎの旅でして……」
ジャガーノートは手を軽く前に出し、やんわりと断った。
「お気持ちだけで十分ですわ」
「そうですか……何か、ユナの代わりに礼をしたいのですが……」
「……そうですね」
ジャガーノートは唇に指を添え、少し考える素振りを見せる。
「では一つ。先ほど、外の者に助けられてばかりだとおっしゃいましたよね。もしよろしければ、その話を聞かせていただけませんか?」
「はあ、そんなことでよければ」
「……旅先で、少し変わった話を聞くのが好きでして」
「そういうことであれば」
ザガンは先日のガルバースの一件を語り始めた。
ジャガーノートは静かに頷きながら、その話にじっと耳を傾ける。
ただ一度だけ。
ザガンがその恩人達の氷と大地の魔法の内容を語った瞬間、その瞳がわずかに細められた。
◇
「森抜けたああぁああっ!」
「ウオオォオオオンッ!」
海岸線が見えた瞬間に飛び上がるネモとブラド。
砂浜へ走り出す。
「…疲れた……」
「ふう、全くだ」
「……ここが目的地?……」
「いや、もう少し先だ、あそこに島が見えるか」
ジェラルドが海岸線沿いの遠方の島を指さす。
「カイガ島という、あそこに我々の仲間がいる」
「……カイガ島って……ラーミア魔道学院の?……」
「知ってるのか?」
「……うん……イベルダルクの言うことを聞かない悪い奴らだって……学校で教わった……」
「ガハハハッ、まあそう教わるだろうな!」
「……ラーミア学院も魔王復活……させようとしてるの?……」
「まあ、そこはおいおい話すぜ、取り敢えず宿屋でも見つけて一休みしよう、ここら辺には温泉もあったはずだ」
「…温泉……」
表情は一切変わらずだが、明らかに足取りが軽くなるシオン。
二人と一匹の様子を見てジェラルドはため息をつく。
「1日くらいはいいところに泊めてやるかな……」




