3−終 勝者の宴
雲の明けた青空の下、その漆黒のドラゴンは無様に仰向けに倒れ、その巨体に縦横一閃で刻まれた十文字の傷から赤黒い血液を吹き出している。
皮一枚で繋ぎ止められたその顔は恐怖の表情で固定され、虚ろな双眸だけが空を見ている。
その強健であった躯は死後の筋肉の痙攣でピクピクと時折不気味に蠢いている。
少々不気味なためそこから数百メートルほど距離を空けた場所でジェラルドを除く四人は傷の治療を行なっていた。
「本当にありがとうございました、いや、この言葉では表しきれないほど……お二人には感謝しております」
メグミは特に重症のネモにイベルダルクの治療魔法をかけながら言う。
「気にしないでよ、メグミさんの事が好きでやっただけだしね」
あっけらかんと言うネモに微笑むメグミ。
「……恐縮です」
そこに差し込むように、応急処置を終えたラムがアガベに回復魔法をかけながらネモに語りかける。
「所でネモさん、ジェラルドさんはあの怪我でどこに?」
「ああ、ジェラルド? お腹空いたからってあのドラゴンの肉を切り取りに行ったよ」
「あの傷で? え……てか食べる気なんですかアレ?」
若干引くラム。
「あの程度の傷ならジェラルドはすぐ回復する、常に魔法で傷の回復を促進してるからね」
「はえー」
「でも治す栄養が無いと逆に体力消費しすぎてすぐ衰弱しちゃうんだ、だから戦闘する時には結構食いだめしてるしこうやってダメージ受けた後は多少無茶してでも、ご飯の調達に行くんだよねー、今回結構深手だから、尚の事……てかさラムさんワイバーンは美味しそうに食べてたのにドラゴンは嫌なの?」
「……いや、その、なんか理屈ではそうなんですけど……なんか嫌というか、なんかアイツ無駄に表情豊かだったし……」
「ははっ、わからないでもないですけど結構美味しいですよドラゴンって」
その会話を横から聞いていたアガベが尋ねる。
「そのジェラルドさんの高度な回復魔法にドラゴンを前にも食べた事があるような口振り、何よりあのとんでもない実力……お二人って、本当に一介の旅の魔法使いなんですか?」
「あっ……」
何のことはない素直な疑問、しかしネモは自身のミスに気がつく。
いくらなんでも実力を晒しすぎたと。
言い訳を考えるために頭脳がフル回転をしだすネモ。
しかしここでメグミが口を挟む。
「そういう事を聞くのはよしましょう、アガベ、きっと深い事情があるんでしょう」
アガベが頭を掻きながら謝罪する。
「そうですよね、すいません気になっちゃって」
「私達は二人に助けられた、一生物の恩義が出来た、それでいいじゃないですか」
メグミはネモの目を見ながら言う。
「……ありがとね、メグミさん」
沈黙する四人、少々気まずい。
そこに豪快な声を上げながらジェラルドがとんでもない量の赤肉を背負って帰って来た。
「皆さん、一旦飯にしましょうっ! 良い肉ですよコイツは!」
「ハイッ」
「遅いよジェラルドー」
「うげ、やっぱり食べるんだ……」
「俺はちょっと楽しみだなぁー」
肉を四人の輪の中にぶん投げるとジェラルドは魔法で釜を創り上げ火を焚べ始める。
これから始まるのは恐怖に打ち勝った勝者達の宴である。
「美味しいっ! お代わりくださいっ!」
「どうぞどうぞ」
「ラム……あんなに嫌がってたのに一番食べてるじゃない……」
山に日が入り影を伸ばす中、焚き火を囲って五人は龍肉に食らいつく。
「ジェラルドさん、めっちゃ硬いっすけどすげぇ美味いっすよ、なんかこう……肉食ってる感じしますよっ! 甘酸っぱいソースもたまんねえっ!」
「はっはっはっ、そうでしょうそうでしょう、癖のないテールの部分をきっちり血抜きし、ハーブをまぶして一時間、その後超高熱で中まで蒸し焼きにした後に表面を焦がす! そこで拾った柑橘とベリーのソースを塗り付ける、ただのステーキに見えて結構手がかかっているのですよ……」
ドヤ顔のジェラルド。
「流石です、レストランの味ですよこれはっ!……でも脂身が無い赤肉だから顎が死にそうですわ、ちょっと休憩しないと……」
「脂身も欲しいところですが、火炎龍は総じて脂身が食えたものではないんです、超高熱の体温で溶けてしまわないように脂身の融解温度がバカ高い、ちょっと火を入れたくらいではすぐに冷えて固まってしまうんです」
料理の説明をしながら大口を空けて、自分用に設えた骨付きの巨大龍肉を骨ごとバキバキと喰らうジェラルド。
「はぁーっ……博識ですねぇ、なんかそういう本とか出せば売れるんじゃないですか? ジェラルドさんの料理めっちゃ美味いですし」
ほんの一瞬ジェラルドの表情が固まる。
「……? どうしました?」
「ははっ、いや、なんでもないです、しかしそこまでお褒めいただくと照れくさいですな」
雑談するジェラルドに横からラムが問う。
「ジェラルドさんっ! もう一枚食べていいですか!?」
「ラム……さすがに食べ過ぎ……」
たらふく食べたその夜、夜警結界の中で政務官の三人は怪我と疲労と満腹感で深い眠りについている。
泥のように眠るとはまさにこの事とでも言わんばかりの深い眠り。
その熟睡振りを見届けるとネモは結界の外に出る。
料理をした残り火の前で胡座を描きながら、ジェラルドは小さな、炭の様に黒い、歪な形の宝石を眺めていた。
「抜け目ないねえジェラルド」
夜警の魔法から出てきたネモがジェラルドに話しかける。
「食材調達する振りをしてドラゴンからきっちり炭の棺を抜いてるんだもん」
「あの三人には……見られたくなかったからな……」
「もしかして積極的にワイバーン料理してたのもドラゴンを解体することを怪しまれないためのカモフラージュ?」
「まあ、考えなかったわけではない」
「流石、僕なんてお腹いっぱいになるまで炭の棺のこと忘れてたよっ!」
「おまえマジかよ……」
「もしかしたら食べちゃったかと思って焦ったね」
「ははっ、ほざけ」
呑気な相棒に思わず笑みをこぼすジェラルド。
「これでやっと八個目だね……」
「ああ、だがこれは今迄集めた炭の棺よりも遥かに力を感じる、ドラゴンに寄生して魔力を蓄えていたせいだろう」
「いいね、五年も待った甲斐があったよ、こうやってほかの炭の棺も肥えててくれたら楽なんだけど」
「全くだ、小粒な物をいくら集めても、我らが主の復活には足りる気がしない」
「はぁー……どれだけ集めりゃいいのか……せめて数の目安ぐらいは誰かに教えといてくれよな、魔王様……」
しつこい熱帯夜の空に浮かぶ無数の星空の元、ネモは大きくため息をついた。




