3−4 トラウマ克服作戦
メグミ率いる調査隊一行は、大きな湖のほとりに出る。
「ここを一周してみましょうか。水場なら痕跡が残っているかもしれません……」
明らかに顔色を悪くしながらも、メグミは粛々と調査を進めようとしている。
その様子を見ながら、ネモはジェラルドに話しかける。
(ねえ、ジェラルド……)
(なんだ)
(ここはさ、僕たちがぱっと本気出して狩っちゃわない? メグミさん、このままだと……)
ジェラルドは静かに首を振る。
(それはあまりしたくはないな)
(なんでさ)
(実力のあるイベルダルクの政務官の前でドラゴンを二人だけで倒す。倒したのは金属の魔法を使う獅子の大男と氷の魔法使い。この場は収まるだろうが、もしそれがベテランの最高神官の耳にでも入ったら……)
ネモはため息をつく。
(……感づく奴は居るかもね。獅子軍神と白雪姫……)
(だろ。だから今回は俺たちは、腕前が確かな魔法探求を目指す冒険者って感じでやらなきゃいかん。欲を言えば、彼女らに倒させて我々は存在感を示しつつサポートに回るのが理想と言えば理想だ)
(でも……)
ネモはメグミを見て物憂げな顔をする。
(まあ、それは理想だ。我々がどこまでどう本気を出すかは、少しずつ念話で相談していこう)
(……わかった)
静かに、目立たぬようドラゴンの痕跡を探しながら、一行は湖のほとりを歩く。
「ギャアアアァァァッ!」
静けさを切り裂くような雄叫びを上げながら、鮫のような姿と大きな翼を持つ水生ワイバーン三頭が、湖の中から不意打ちで五人に飛びかかる。
「うぐっ!」
「くっ!」
「キャアッ!」
ネモとジェラルドはすんでのところで回避したが、他の三人は大きく吹き飛ばされる。
そして運悪く、ラムが三頭に囲まれる配置になってしまう。
「っ……くぅ!」
ラムは急いでレイピアを取り出そうとするが、間に合わない。
三頭の水生ワイバーンが一斉にラムへ飛びかかる。
「クソッ! 煉練鉄火ァッ!」
ジェラルドは錬成魔法を詠唱破棄で発動しながら地面を殴る。
すると地鳴りとともに岩の檻が、ラムの足元の土からせり上がり、彼女を守る。
三頭のワイバーンは檻に激突。しかし負けじと、執念深く檻に噛みつき砕いていく。
「キャアァッッ!」
「ネモォッ!」
「わかってるっ!」
ネモとジェラルドが助けに向かおうとしたその瞬間、疾風のような白い影がワイバーン三匹の間に飛び込み、瞬く間にラムを抱きかかえながら脱出し、ジェラルドとネモの間に着地する。
「メグミさん!?」
「はっやっ! ていうか大丈夫なんですか!?」
「なんとかっ!」
あまりの速さに、ワイバーンたちは檻の中から獲物が逃げたことすら気づかず、三匹でもんどり打っている。
「チャーンスっ! びっくりさせやがって!」
その様子を見て安堵したネモは余裕綽々で近づきながら詠唱を始める。
【さざめけ、揺蕩え、氷の蝋燭。火も付けられず虚しく漂うその御身。せめて鋭く、怒涛の如く、敵を貫け!】
詠唱とともに湖の水がせり上がり、バキバキと凍りつく。
その氷は溶解と凍結を繰り返しながら鋭く、無数の氷柱の如く尖っていく。
そしてその先端はワイバーンへと向かう。
ネモが締めの口上とともに指をクイッと動かす。
【千本氷柱!】
ネモの指に追従するように、氷柱たちは勢いよくワイバーンたちに突撃し、その体を貫き粉砕した。
夕方。ワイバーンの声が遠くでこだまする中、一行は怪我の治療などのため慌ただしく、早めの野営の準備を開始する。
「ジェラルドと僕は、夜警の魔法の構築と野営の準備をしますので、メグミさんはお二人の治療に集中して下さい」
「はい、本来我々がせねばならないことを……申し訳ございません」
「気にしないで下さい♪」
メグミはネモとジェラルドの背中を見送ると、腕まくりをして項垂れるラムとアガベのもとへ向き直る。
「メグミ様……本当にありがとうございます。それと……申し訳ございません」
「私も……情けないです……」
二人は今日の調査を中断せざるを得なくなったことへの申し訳なさで憔悴している。
「ふふっ、私だって吹っ飛ばされた。それに、あの二人がいてくれなかったらどうなってたかもわからない。情けないのはお互い様だよ」
そう言いながらメグミはラムの血の滲む脇腹に手を当て、詠唱を開始する。
【世界よ、巡る常世、連々遷ろう魂の命脈、イベルダルクの星界神の御力で、暫しこの手に留めたまえ】
メグミの掌が柔らかな輝きを帯びる。
【命脈握操掌】
「あぐぅ……!」
「我慢して」
急速に傷を治す反動による激痛がラムを襲う。
光の中、暫しの沈黙。
「大丈夫かしら?」
「はいっ! 完全回復です!」
立ち上がり、ストレッチを始めるラム。
「はい、次はアガベの番」
「お願いします」
優しい治癒の光が灯る中、調査二日目の陽はゆっくりと落ちていく。
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星ひとつ見えぬ夜の闇の中。
メグミ一行は、ジェラルドが魔法で設えた極めて簡易的なコテージの前で焚き火を囲み、今日仕留めた水生ワイバーンを使った料理を食べていた。
「う……美味いですこれっ! 白身魚みたいにプリップリなのに、鶏肉みたいに濃厚で……」
「でも酸味のあるドレッシングのおかげで味が締まっててしつこくない!!」
「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。新鮮な水生ワイバーンの一番脂の乗った部分を筋を断つように切り、オイルと胡椒、森で収穫した柑橘類とハーブで作ったドレッシングを振りかけました」
誇らしげに料理の説明をするシェフ・ジェラルド。
「こ……これは……白ワインを……」
「あの、その……怪我してた分際であれなんですが……」
ラムとアガベがチラチラとメグミの様子を伺う。
その様子を見てクスクス笑いながら、メグミは言う。
「程々にね」
コテージの中に仕舞った備蓄の中から、急いで白ワインを取りに行こうとする二人。
そのコテージの中から、勢いよくネモが飛び出す。
「ラムさん! この備蓄に入ってた白ワイン飲んでいい!?」
二人に先んじて——風、いや光のような速さでネモはすでに白ワインを確保。
三人は酒盛りを開始する。
「はははっ、二人とも元気になって何よりです、メグミさん」
「お恥ずかしい」
酒を配膳し始める三人を横目に、メグミは続ける。
「まだ二日目ですが……お二人には既に過剰な手間をかけさせてしまいました……お恥ずかしい限りです。それに、こんな立派な寝床や、現地調達の料理まで。お二人がいなかったら我々は、いや、私は心折れて撤退していたかもしれません」
ジェラルドは焚き火の光に金色の顎髭を煌めかせ、それをゆるりと撫でながら言った。
「お気になさらず。戦いは金を貰ってする仕事ですし、料理や工作は私の趣味ですので。……時に、メグミさん」
「はい、なんでしょうか」
小躍り気味のネモから白ワインがたっぷりと注がれたワイングラスを受け取りながら、メグミは答える。
「先程の水生ワイバーンの襲撃、貴方の動きはそれはもう見事でした」
「あ……ありがとうございます」
「小型ワイバーン一頭に委縮していた貴方が、なぜ?」
「な……なんでですかね。仲間の危機だったからでしょうか……」
「自分でもおわかりになりませんか。まあ、自身のことほど意外とわからないもんですな」
「……?」
「があぁっ!」
ジェラルドは突然、自ら吠えながら、水生ワイバーンの生首をメグミに突き出す。
「きゃああっ!」
メグミが悲鳴を上げ、一同が凍りつく。
彼女は胸に手を当て、冷や汗をかきながら焦る。
「なっ……何のつもりですか、ジェラルド様っ!」
「びっくりしましたか? 怖かったですか?」
「当たり前です!」
「でも、午前中の飛行ワイバーンほど怯えてはいませんな? グラスのワインをこぼさぬよう気遣う仕草までする余裕もある。貴方の苦手なワイバーンの生首ですよ?」
「いや……? あれ……?」
困惑するメグミに、ジェラルドは静かに言った。
「その原因ですが、多分、こいつ、骨格はともかくガワがあんまりワイバーンっぽくないんですよ」
「……確かに」
「私が思うに貴方のワイバーンへの恐怖心ってのは、貴方の弟さんを殺めたワイバーンの“形状”、スタンダードなワイバーンに近いほど出てしまう物のようだ」
ピンと来たような顔をするメグミ。
「なるほど、頭でワイバーン全部が苦手と、私思い込んでいましたが……こういうのは、完全ではないにしろ平気……みたいですね」
「そういうことです。そして、市街を襲撃しに来るようなワイバーンは翼を持ったスタンダードなワイバーン。そりゃいきなりトラウマを強く刺激されれば動けなくなります。しかし——」
「しかし?」
「ここには水生、土棲、非飛行型……たくさんの種類のワイバーンがいます、それでどうでしょうかメグミさん、ここは任務の遅れを承知で時間を取り、少しずつ姿の違うワイバーン達と連戦しトラウマを克服していく、ドラゴン退治はその後でという作戦は、我々も協力しますよ」
「それは……いきなりそんな……」
意外性が過ぎる提案にたじろぐメグミ。
しかし、そのとき水生ワイバーンの瞳に映る炎が目に入る。
ここでだらだらと逃げていても、ずっと自分はあの夜の炎の思い出に支配されたままだ。
「お願い……いたしますっ!」
メグミは、覚悟を決めた表情で返事をした。




