3-2 ワイバーンのトラウマ
身の奥まで焼き上がっていくワイバーンの肉を眺めながらラムは静かに語る。
「どこから話すべきかは分かりませんが……結論から言いますと、メグミ様はワイバーン恐怖症……とでも言うような症状がありまして」
「えっ?」
「はぁっ?」
間抜けな声をあげるネモとジェラルド。
「本人から聞いた話だと、幼少の頃に弟を目の前で漆黒隻眼の巨大なワイバーンに噛み殺され、本人も弟を守ろうとして致命傷に近い大怪我をしたとか……それがトラウマになりワイバーンやドラゴンの類を見ると手が震えてしまうと……」
「それって明らかに人選ミス……」
「そんなレベルのトラウマ、中々克服出来るものではないんじゃないか」
ラムは、静かに項垂れる。
「当人もそれを理解してワイバーンなどには近付かないようにしておりまして、そのトラウマも親しい者たちの間でだけ共有して秘密にしていました、そして万が一ワイバーン等の竜族や爬虫類族に近寄るような任務があれば私たちが変わるようにしていたのですが……」
アガベが続ける。
「今回のワイバーン連続襲撃で、メグミ様も討伐に駆り出されまして、その時のワイバーンがよりにもよって黒い巨大な個体で……」
「それで?」
「普段の姿からは信じられない程腰を抜かしてしまいまして……」
「いや……それはしょうがなくない? そんなの腰抜かすよ……」
「しょうがないです、でも……メグミ様の【敵】には好都合だったのです」
「敵?」
「それは……」
語る若者たちを横目にジェラルドは焼き上がった肉を千切り骨ごと噛み砕きバキバキ音をさせながら丸飲みし、ワインを一気に飲み干し、口を挟む。
「ふーっ……メグミさんは若く優秀なのは見て取れる、そして曲がった事は嫌いそうだな……その性格、損な事が多そうだ、恐らく……それが今回の様々な面倒事の原因なのではないか?」
アガベが答える。
「ご明察です、メグミ様は努力家で、優しくて高潔な方……政務官としてソルトマウントに蔓延る汚職を一掃しようと想像を絶する程の努力をしてまいりました……」
ラムが繋げる。
「そんなメグミ様がワイバーンへの恐怖という弱みを見せた……それに目をつけたソルトマウントの汚職を行う者達、具体的に言えばこの地域の高位の政務官達が……このワイバーンの事件の調査を、メグミ様に依頼と言う名の命令を下したのです」
ネモの目の色が変わる。
「いやっ……それってメグミさん死んじゃうかも知れないし、メグミさんが失敗したら街の犠牲者も増えるし……」
ラムは少し泣きそうな顔だ。
「そうです……言うなればこの任務は……あいつらにとっては公開処刑なんです……メグミ様が失敗すれば糾弾して威勢を削ぎ、出来ればワイバーンかドラゴンに殺されれば尚良し、そういう事なんです」
「そんな馬鹿な話ってある!? そんなの……! すぐ引き返そう! 駄目だよこんなの!」
ネモは炭の棺の事を忘れ怒りながら帰り支度をしようとする。
「まて、ネモ……」
「なにっ!?」
「落ち着け……まだこの話に俺は疑問がある」
ジェラルドは顎の鬣を撫でながらラムとアガベに問う。
「その様な事情であれば、なぜギルドにこの任務への協力依頼が来たんだ? 制裁対象の政務官への協力依頼など揉み消されそうなものだがな」
「……このソルトマウントの汚職には、政務側の人間にも苛立つ者が多いのです、そんな方々はメグミ様に期待を寄せております……寄付を募り、ツテを縋り、高位政務官達にバレないように……私達がギリギリでギルドに依頼を繋げました……」
「彼女はこんな所で堕ちて良い人ではない……そう思う人たちがせめて力添えをしようと、あらゆる手続きを行い依頼して、ようやく来て頂いたのが貴方達なのです」
「事情を隠していて申し訳ございません、もし……これで依頼放棄をなされるのであれば、私達は違反金等の請求等は致しません、我々は大人しく帰って……」
パチパチと、あちこち毟られ喰われたワイバーンの肉の脂が炭の熱に落ちて爆ぜる。
それを見ながらジェラルドは呟く。
「ふーむ……こちらもそれに値する金を貰う事になっているし、それを諦める気は微塵もない、それにその皆の志、無碍にするわけにはいかんよな……なぁ、ネモ」
「そんな理由があるなら当たり前だよ! このクエスト成功させて全部メグミさんの手柄にして、そいつらに目にもの見せてやろうよ!」
気合の入ったネモはワイバーンの肉にかぶりつき、ワインをかっこむ。
ラムとアガベは二人に頭を下げる。
「本当に!本当にありがとうございます、私達も死ぬ覚悟で同行させて頂きます」
「お二人とも、そんなに必死になる必要はない、我々もある程度は腕に自信はある、殺される様な事には絶対にしない、あと、今日は流石に踊りだすほど呑むなよ……ネモ」
「あ……はい……」
月の無い漆黒の夜、佇むは不自然な程に長い首をもたげた三本角の隻眼のワイバーン。
その真っ黒な表皮はてらてらと火災のもたらす炎に照らされる。
その嗜虐的な隻眼の瞳に写るのは倒れ伏す自分の弟を庇うように、そしてわなわなと怯えながら木の棒を構える銀髪の女児。
ワイバーンはわざと女児を軽く跳ね飛ばす。
空転する視界、そして地面に叩きつけられる。
彼女の瞳には横に映った冷たい地面。
朦朧とする意識の中で弟の苦痛を伴った悲鳴が聞こえる。
必死に動こうとするがそのか弱い身体は震えるだけで動かない。
その目の前に思い切り何かが叩きつけられる。
それは、まるで血塗れの半挽肉になったかの様な彼女の弟の姿。
女児は絶叫すら出来ない。
自身の無力と強烈な喪失感。
呼吸が止まり動悸が弾ける……。
「……っ!! はぁっはぁっ!」
寝床で息を詰まらしながら朝日の中、飛び起きるメグミ、その心臓はあの時と同じ様に激しい動悸を鳴らしていた。
翌朝、空は相変わらず曇天で重苦しく蒸し暑い湿気が五人の頬を撫でる。
メグミは他の四人の様子を見て察っする。
「ラム、アガベ、私が寝た後……私の事、二人に話しましたね……」
ラムとアガベはメグミに頭を下げる。
「勝手な真似をして申し訳ございません……しかし今回ばかりはそうする方が正解かと」
しかしメグミは優しく微笑んだ。
「二人共……いつも……私が不甲斐ないばかりに心配ばかりかけて済まない、感謝してるよ……」
「えっ?」
「いや不甲斐なくはないですよ!」
流石に叱責されるだろうと思っていた所に逆に頭を下げられ二人は困惑する。
そんな二人を尻目にメグミはジェラルドとソフィに頭を下げる。
「ジェラルド様、ネモ様、どうか情けないこの私に協力して頂けませんか、私は……色々なモノに……負けたくないのです…」
少し不安げに問うメグミにジェラルドとネモは意気揚々と答える。
「勿論っ!」
「当然ですよ」
堂々と二人は答える。
「ありがとうございます、皆さん、行きましょう」
メグミは元のキリッとした顔に戻り、腰のレイピアに手を掛け歩みだす。
これから、彼女に強大な試練が待ち受けているとも知らずに……。




