22.最後に笑うのは sideマリエーヌ
皇帝の前に降り立ったルディオス君は、その勢いのまま剣を振りかぶる。
その先では、皇帝が大きく目を見開き、驚愕の表情となる。
誰もが息を呑んだかのように、一瞬の静寂が生まれた。
私は胸元で手を組みながら、しっかりと目を見開いた。
この先に待ち受ける光景が、どんなに恐ろしいものだとしても……私が目を逸らしては駄目。
この計画に賛同した以上、私も見届けなければならない。
歴史が変わる瞬間である、皇帝の死。
私の選択が導いた、この戦いの結末を――。
キィンッ‼
高い金属音が、束の間の静寂を裂いた。
振り下ろされたルディオス君の剣は、皇帝には届いていない。
皇帝を庇うように割り込んだ近衛騎士の剣が、ルディオス君の剣を受け止めていた。
「ちぃっ!」
舌打ちと同時に後ろへ飛び退くも、ルディオス君は再び、近衛騎士に斬りかかる。
けれど、それは簡単に弾かれてしまい、今度は近衛騎士の剣がルディオス君へと迫る。
それをギリギリで受け止めるも、ルディオス君の体は少しずつ後ろへと押し返されていく。
――あ……階段が……!
声を上げようとしたけれど、遅かった。
「うお⁉」
段差で足を踏み外したルディオス君の体は大きくバランスを崩し、頭から落下するとゴロゴロと階段を転がり落ちていく。
「ルディオス君!」
「大丈夫だ。受け身は取っている。しかし……マヌケめ……」
呆れ果てるように溜息を吐き出すと、アレクシア様は皇帝の前に立っている近衛騎士を見上げた。
一瞬、近衛騎士がこちらを見ていた気がした。
けれど、すぐに背を向けると、皇帝のすぐ横に立ち、耳元で話しかけるような素振りを見せた。
すると、近衛騎士は身を屈めて皇帝の腰に手を回すと、その体を肩に担ぐようにして立ち上がった。
「おい! もう少し丁寧にできぬのか!」
皇帝は頭上の王冠を押さえながら、自分を抱える近衛騎士に非難の声を上げる。
けれど、近衛騎士はそのまま階段を飛び降りた。
着地した衝撃で「ぐふっ」と皇帝の口から呻き声が零れる。
直後、カランッと、皇帝の頭上にあった王冠が地に落ちた。
「あ……」
近衛騎士の肩に担がれたまま、皇帝は床に転がった王冠に手を伸ばす。
けれど、近衛騎士は全く気にする素振りもなく、皇帝を抱えたまま奥の扉から外へと飛び出していった。
「追うぞ!」
すぐに数名のウィルフォード騎士団の団員が二人を追いかける。
私は胸元で組んでいた手の力を緩め、隣のアレクシア様を見上げた。
「……逃げた……のでしょうか……?」
「そのようだな。恐らく、この状況を不利と見込んだのだろう」
アレクシア様は、どこか冷めた眼差しで皇帝が出ていった扉の辺りを見つめている。
「でも、もしもこのまま皇帝がどこかへ行ってしまったら、ジーニアス君はどうなるのでしょうか?」
――皇帝が逃亡してしまったとなれば、新たな皇帝を立てることができないのでは……?
そんな不安が頭を過ったけれど、アレクシア様は余裕たっぷりに微笑んだ。
「マリエーヌ、心配いらない。全て計画通りに進んでいる」
「え?」
――計画通り? 皇帝が逃げてしまったのに……?
アレクシア様の視線が、誰も居ない壇上の玉座へと向かう。
「あの玉座はすでに空席だ。今、この帝国で皇帝を名乗れる者はいない。一人を除いてだが」
そう言うと、アレクシア様は悠然と歩き、床に横たわっていた王冠を拾い上げた。
「ルディオス。こっちの方がいいだろう」
そう声を掛けると、ポイッと王冠をルディオス君に向けて放り投げた。
それを片手で受け取ると、ルディオス君は頭上の冠を床に転がし、一回りほど大きい王冠をかぶった。
「ああ……神聖な冠が……なんと粗末な扱いを……」
二人のやり取りを見ていた宰相が、真っ青な顔で嘆きの声を上げる。
床に転がる皇太子の冠と、放り投げるように渡された皇帝の王冠。
どちらも強大な権威を示す象徴とも呼べる物なのに……確かに扱いが雑すぎるわ……。
「ちょ……兄さん⁉」
突如としてルディオス君……ではなく、ジーニアス君が戸惑いの声を上げた。
どうやら玉座を前にして、ルディオス君は内側へと引っ込んだらしい。
「だけど、僕は皇族の証は…………うん……でも……」と、ジーニアス君は少し俯きながらボソボソと話をしている。
「誰と話をしているんだ?」
「それよりも、また瞳の色が変わったのか?」
「いったいどうなっているんだ……?」
それまで口を閉ざしていた周囲の騎士たちが、独り言のように話し始めたジーニアス君を見て騒めきだす。
そこへアレクシア様が一歩、前へ出た。
「ジーニアス。皇太子になったのはお前だ。だからお前があの椅子に座れ」
「……!」
アレクシア様に促され、ジーニアス君はハッとしたように顔を上げた。
青い瞳がアレクシア様を見つめた後、その視線は私へと向けられた。
まだ迷っているような不安げな眼差しに、私はニコリと笑って頷いた。
――大丈夫。ジーニアス君ならきっと、素晴らしい皇帝になれるわ。
私はそう確信している。
ジーニアス君はグッと口元を引き結ぶと、一度俯いた。
静かに深呼吸をして、ゆっくりと顔を持ち上げる。
しっかりと見開かれた青い瞳には、それまでの迷いの色は払拭され、自信に満ちた力強い眼差しとなっていた。
ジーニアス君が身を翻すと、真っ赤な外套が大きく揺れた。
皆の視線を一身に浴びながら、ジーニアス君は一段ずつ踏みしめるように階段を登っていく。
やがて玉座の前に辿り着くと、ジーニアス君はこちらへと振り返った。
そして壇上から周囲をぐるりと見回し、大きく息を吸い込む。
「僕は、この帝国の第五皇子、ジーニアス・レスティエール。だけど見ての通り、僕は皇族の証とも謳われる赤い瞳を持っていない。だから、もしかしたら僕が皇帝になることを認めない者もいるかもしれない。……それでも、あなたたちに皇族の証なんて関係ないと思わせられるような、立派な皇帝になってみせる! だから、どうか僕を新たな皇帝として認めてほしい! ……いや、認めやがれ!」
最後の一声で、しん……と場が静まり返る。
私も驚きに目を瞬かせた。
――え……? 今の……ルディオス君が出てきたわけじゃないわよね……? 瞳の色も変わっていないみたいだし……。
壇上のジーニアス君は、口元を引き結んだまま顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
その様子から察するに、恐らく最後の一声はルディオス君からけしかけられての言葉だったのだろう。
ジーニアス君は気を取り直すように息を吐くと、表情を引き締め直す。
そして、ゆっくりと玉座に腰を下ろした。
次の瞬間、ウィルフォード騎士団、帝国騎士団の騎士全員が一斉に動き、その場で跪いた。
グレイソンさんとレイモンド様、そして入口付近で静観していた宰相、集まっていた人たちも皆、同様に跪いている。
今、この場にいる全員が、ジーニアス君を新たな皇帝として認めたのだ。
――良かった……ジーニアス君……。
感動で胸がじんと熱くなる。
けれどそこでハッと我に返った。
自分がまだ跪いていないことに気付いたのだ。
慌てて膝を折ろうとした時、突然後ろから回された腕にぎゅっと抱きしめられた。
「⁉ アレクシア様⁉」
私の顔のすぐ横で、アレクシア様が微笑む。
新たに誕生した皇帝を前にして、誰もが跪く中、私だけが後ろからアレクシア様に抱きしめられているという状況……なんで⁉
「あの、アレクシア様……どうかなされましたか……?」
さりげなく身をよじって腕から逃れようとするけれど、アレクシア様は私を離そうとしない。
「マリエーヌ」
すぐ耳元で、アレクシア様の甘い声が私の名前を呼ぶ。
途端、抵抗していた力がしゅるしゅると抜け、動けなくなる。
顔も体も異常なほど熱くなっているのは、その甘い声のせいなのか。
それとも、この状況が恥ずかしくて堪らないからなのか。
……多分、両方だと思う。
甘美な笑みを浮かべながら、アレクシア様はジッと私を見つめて囁いた。
「僕が跪くのは君にだけだ。だから君は、誰を前にしようとも跪く必要なんてない。君は、この世に存在する全ての者を超越する女神なのだから」
――アレクシア様……皇帝陛下の御前で何を仰っているのですか⁉
心の中で抗議の声を上げるも、私の周りで跪いている騎士数名が、アレクシア様の言葉に同調するよう大きく頷いている。
いたたまれなさに、涙目になりながら恐る恐る玉座の方へと視線を向ける。
ジーニアス君は心底呆れ果てるような半眼でこちらを見つめていた。
けれど次の瞬間、
「ぷっ……あっははははは!」
堪えきれなかったように噴き出すと、声を上げて笑いだした。




