21.女神像 sideマリエーヌ
「あの、アレクシア様……。これはどういうことでしょうか……?」
戸惑う私の視線の先には、帝国騎士団の甲冑を纏う騎士が六名ほど跪いている。
つい先ほど、増援として姿を現した彼らは、私たちにではなく、味方であるはずの帝国側の騎士に襲いかかった。
相手も、まさか味方に攻撃されるとは思っていなかったようで、彼らからの不意打ちに対応しきれず、次々と倒れていった。
そんな調子で私の周辺にいた帝国側の騎士をあっという間に一掃すると、一人、また一人と私の前で跪き始めたのだ。
……どうして?
「お前たち、何をしている⁉」
帝国側の騎士の一人が思わずというように声を上げる。
けれど、私の前で跪く騎士たちは微動だにしない。
何が起きているのか分からないのは私も同じ。
だから、アレクシア様に訊いてみたのだ。
「どうして帝国騎士団の人たちが私たちの味方をしてくれるのですか? 彼らは皇帝を裏切るような行動はできなかったはずですよね?」
彼らが定期的に施されている洗脳は、皇帝の命令であれば死ぬことも厭わないという強力なものだったはず。
だから、帝国騎士団に属する彼らを味方につけるのは不可能だと言われていたのだけど……。
「ああ、そうだ。だが、今の彼らにとっての主君は皇帝ではなく、君だ」
「……はい?」
ますます意味が分からない。
どうして彼らにとっての主君が私になってしまっているのか。
首を傾げることしかできない私に、アレクシア様は丁寧に説明してくれる。
「計画の準備期間中、ジェイクたちが帝国騎士団の人間を何人か拉致し、騎士団が行っている手法を真似て洗脳を上書きしたんだ。脳の神経に作用する香を焚きながら、皇帝ではなく、マリエーヌがいかに崇高な女神であるかを滔々と語り続けた。当然、語りの文面は僕が考えた。小説三冊分に相当する内容だが、もしも気になるのであれば君にもぜひ読んでもらいたい」
「……いえ……それは結構です……」
苦い笑みで断りをいれると、得意げに語っていたアレクシア様の表情が少しだけ物寂しげな顔となる。
きっと私にも読んでほしかったのだろうけれど、書かれている内容が怖すぎてとても読む気にはなれない。
――えっと……つまり、忠誠心を向ける相手を、皇帝から私になるよう洗脳したってこと……?
だとしても、疑問は残る。
「ですが、洗脳は何度もかけ直さないと持続しないのですよね? 帝国騎士団では、週に一度、洗脳が施されるはずですから、そこでまた洗脳が書き換えられてしまうのでは?」
「それも対策済みだ。洗脳が施される集会では耳栓を必ず着用し、できるだけ外部からの音を遮断するようにと指示を出していた。そのうえで、香を焚いた空間では、おのおのが懐に潜ませたマリエーヌ女神像へ祈りを捧げることに集中させた。そうすることによって、マリエーヌへの忠誠心を更に高めさせていたんだ」
なんと……。
つまり、洗脳を施される場を利用して、自分で自分に洗脳のかけ直しをさせていたらしい。
……と、なんとなくそれについては理解したものの、今、聞き捨てならない言葉を耳にした気がする。
「……懐に潜ませた女神像……とは……?」
「ああ、これだ」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの輝かしい笑顔で、アレクシア様は内ポケットに手を入れ、長細い木彫りの何かを取り出した。
何か、というのは、認めたくなかったからだ。
それが何を象った物なのかを。
私はできるだけ、その何かを直視しないよう視線を調整しながら問いかける。
「もしかして、それと同じ物を皆さん所持されているのでしょうか……? あっ……大丈夫です! わざわざ見せる必要はありませんので! お願いですから、それはそのまま懐に収めておいてください!」
跪いていた騎士たちが揃って甲冑を脱ぎ始めたので、私は慌てて止めに入った。
どうやら本当に、アレクシア様が手にしている物と同じ物を彼らも所持しているらしい。
何体も並んだそれを想像してしまい、思わず身震いする。
「アレクシア様……。この計画が終われば、彼らの洗脳は解くのですよね……? ちゃんと解けるのですよね⁉」
「ああ。洗脳はこれきりだ。だが、たとえ洗脳が解けたところで、君がいかに崇高な人間であるかは骨の髄まで染み込ませているから、彼らの中で君に対する忠誠心がなくなることはないだろう」
――……それって、洗脳が解けたって言いませんよね⁉
「それよりも、今はこの状況をなんとかした方がいいだろう。彼らは君の命令を待っている。君の思うままに、何でも命令するといい」
「え……?」
そっと視線を彼らに向ける。
先ほどから跪いた姿勢のままなのは、どうやら私の命令を待っていたかららしい。
――だけど、急に命令しろと言われても……。
アレクシア様に命令を強要する皇帝の姿を見ていた手前、相手を自分の思うがままに従えるという行為にどうしても忌避感を覚えてしまう。
そんな私の戸惑いに気付いたように、アレクシア様が補足する。
「命令という言い方が悪かったな。命じるのではなく、君の願いを彼らに伝えるといい」
「願い……」
重苦しかった心が途端に軽くなる。
そういうことなら、私からも彼らにお願いしたいことがある。
「……あの、皆さん」
私の呼び掛けに、跪いていた騎士たちが揃ってこちらを見上げる。
……圧がちょっと怖い。
「えっと……まずは、自分の命をしっかり守ってください! そのうえで、私たちのことを守ってほしいのです。どうか、皆さんの力をお貸しください。お願いします」
「「は!」」
地面が揺れたかと思うほどの声量を放ち、目の前の騎士たちが一斉に立ち上がった。
六人のうち三人は近くで戦っているウィルフォード騎士団の援護に回り、残りの三人は前方にいるルディオス君たちの方へと向かった。
「すごいな……。皇帝の命令でも、あれほど士気は高まらないだろう」
感心するようにレイモンド様が言う。
けれど、それを素直に喜ぶことはできない。
とにかく、全てが終わったら、彼らの洗脳が完全に解けることを心から願った。
――ルディオス君は大丈夫かしら……?
前方では、帝国軍の騎士たちが固まっていて、ここからではルディオス君の姿は確認できない。
すると、アレクシア様が私の肩にそっと手を置いた。
「マリエーヌ。心配いらない。ガイゼンも守りに加わっているし、ルディオスの運動神経ならあの騎士の中を掻い潜れるはずだ」
「……そうですね。今のジーニアス君には、ルディオス君が付いていますしね」
お別れしたと思っていたルディオス君が戻ってきてくれた。
それだけでも喜ばしいことなのに、どうやら今のジーニアス君とルディオス君は意思疎通ができているらしい。
決して交わることのできなかった二人が、今は念願叶って親しげに会話をしている。
それを想像するだけで感動もひとしおだった。
「聞け! 騎士ども!」
突如、前方からルディオス君の声が上がった。
そちらを見ると、壇上へと繋がる階段を二段ほど上がったルディオス君が高々と剣を掲げていた。
「俺は今からこの男を討つ! 皇太子である俺に付く者は、今すぐ剣を収め、その場に跪け! そんでもって、新たな皇帝誕生の瞬間をその目に焼き付けろ!」
掲げていた剣の矛先を皇帝へと突きつけ、ルディオス君は声高らかに宣言した。
私の隣でアレクシア様が小さく舌打ちする。
「あの馬鹿……。わざわざ煽ってどうする……」
確かに、皇帝に忠誠を誓う騎士たちが、ルディオス君の宣言を聞けば逆上しかねない。
けれど、今のところはそのような状況に陥っていない。
騎士たちはその場に立ち竦んだまま、跪きはしないものの、ルディオス君を攻撃する気もないようで。
もしかしたら、彼らの中で迷いが生じているのかもしれない。
「何をしておる! この帝国に皇太子など存在しないと言っておるであろう! 奴は偽物だ!」
皇帝の咆哮に騎士たちは戸惑いを顔に滲ませながらも、剣を構える姿勢を取る。
「偽物はあなたの方だ! アレディオス・レスティエール!」
今度は入口の方から声が上がった。
振り返ると、グレイソンさんがそこに立っていた。
そのすぐ近くでは、なぜか宰相の人が唖然とした様子でグレイソンさんを見上げている。
「なっ……。貴様、なぜ生きておる⁉」
皇帝が驚愕の声を上げる。
アレクシア様曰く、あらかじめ皇帝側にはグレイソンさんは亡くなったという、偽の情報を流していたらしい。
「前皇帝を殺害し、皇帝の座を不正に奪ったあなたこそが偽りの皇帝だ! 誉れ高き帝国騎士団よ! レスティエール帝国に栄光をもたらすのは正当な皇太子となったジーニアス皇太子殿下である! 貴方たちが討つべきは偽りの皇帝だ!」
「黙れ! 貴様ごときが私のモノに命令するな! お前たちもグダグダしていないでさっさと殺せ!」
数名の騎士がルディオス君へと駆け出すも、傍に居た護衛騎士がそれを阻む。
他の騎士たちは、茫然とした様子でその場から動こうとしない。
「なぜだ……? どうして私の命令を無視するのだ……?」
玉座に座る皇帝は、慄然とした表情でその場に留まったままの騎士たちを見回している。
アレクシア様が失笑する。
「帝国軍の騎士が忠誠を誓うのは、威厳ある君主だ。度重なる醜態を晒し、皇帝としての矜持を失った人間を、命を懸けてまで守ろうとは思わない」
「……!」
皇帝の顔が真っ青に染まる。
「ルディオス!」
アレクシア様の叫びに応じ、ルディオス君は階段を駆け上がる。
次の瞬間、皇帝の隣にいた近衛騎士が動き、ルディオス君の前に立ち塞がった。
「ルディオス君!」
ギィンッ‼ と金属音が響いた。
ルディオス君と近衛騎士の間にガイゼンさんが割り込み、相手の攻撃を防いでいた。
ホッと胸を撫で下ろす私の隣で、アレクシア様が呟く。
「やはり、近衛騎士は特別な洗脳を受けているようだな」
ガイゼンさんが近衛騎士を抑えている間に、ルディオス君は再び階段を駆け上がる。
そこへ、もう一人の近衛騎士がルディオス君の前に立ち塞がり、剣を振り抜く。
それをしゃがんで躱すと、ルディオス君は地を蹴って高々と飛び上がった。
そのまま騎士の頭上を越え、皇帝の前に着地する。
「は……?」
目の前に現れたルディオス君を、皇帝は信じられないという様子で見ていた。




