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19.生まれてきた理由

sideルディオス

 アレクシアと軽く確認作業をして、俺は手にしていた剣を腰の鞘に収めた。

 護衛に守られながら走るには少々邪魔だ。


「んじゃ、行くぜ!」


 俺の呼び掛けを合図に、ガイゼンが前方の騎士の集団へと突っ込んだ。

 その背中から離れないよう、身を屈めて後ろを追いかける。

 前進しながら、全方位から剣を打ち合う金属音がひっきりなしに聞こえてくる。

 時折、すぐ近くで攻撃の気配がして反応しそうになるが、どうにか堪えた。

 俺を守る護衛を信じ、前方へ続く道を切り拓いてくれているガイゼンの背中から離れないことだけに集中する。

 自分が今、どの辺りにいるのかも分からないまま、とにかく足を前へと進めていく。


 密集する騎士の熱量。

 ひしめく喧騒。

 蒸されるような熱気とプレッシャーのせいか、ひどく息苦しい。

 だが、俺を守るガイゼンと護衛はもっとしんどいはずだ。


 ふいに視界が開け、壇上へと続く階段が見えた。


 ――もう少しだ……!


 顔を上げると、さっきよりもずっと近い距離で皇帝と目が合った。

 途端、皇帝は大きく目を見開いて俺を凝視する。


「なぜだ……? そなた、さっきは赤い瞳ではなかったであろう? なぜ瞳の色が変わった⁉ そなたは何者だ⁉」


 あからさまに焦りと苛立ちを露わにする皇帝の反応に、思わず笑ってしまう。


「七年ぶりの親子の再会だってのに、それはねえだろ」


 俺の言葉に、まるで仇でも目にしたかのように、皇帝の赤い瞳が憎悪を剥き出しにしていく。

 俺は前髪を搔き上げ、皇族の証がよく見えるようにしてやった。


「あんたの四番目の息子だって言えば、思い出してくれるのか?」

「四番目……? ふざけるな! 私の息子は全て死んだ! 息子の死体も全員確認したのだ! お前が四番目の息子であるはずがない! 戯言をぬかすな!」


 皇帝の口からは、一度も俺の名前は出てこない。


 ――どうせ俺の顔も名前も憶えてねぇんだろな……。


 昔からこの男にとって、所詮俺は四番目の息子というだけの存在で、俺(・)自身には何の関心も抱いてなかったのだろう。


 本当に嫌になる。


 こんな時でさえ、目の前の男を父親として見てしまう自分がいることが。


 この男のせいで、俺は殺されたっていうのに……。


 胸に刺さったまま残る棘の痛みを無視して、俺は不敵な笑みを貼り付けた。


「ああ、そうだ。俺はあんたに殺された。だけど今、俺はこうして弟の体の中で生きてるんだ」

「弟……? また空想の息子の話か? いい加減にしろ! 私には五番目の息子などいないと言っておるであろう!」

「いるんだよ!」


 俺の叫びに、皇帝は一瞬気圧されたように目を見張った。


「俺にはジーニアスっていう双子の弟がいる!」


 弟の存在を否定する奴は、誰であろうと許さない。

 それが実の父親であるなら尚更だ。


 急速に膨れ上がった怒りが、俺の中に秘めていたあらゆる感情の蓋を開けていく。


 幼き日に抱いた父親に対する尊敬の念、憧憬(どうけい)、羨望――。


 何も知らなかった幼い頃の俺は、ただただ父親に対して強い憧れを抱いていた。

 それがいつしか、尊敬は畏怖へと変わり、父親の内側に潜む残酷性が自分に向けられることがないように、本音を押し隠し、機嫌を伺いながら、息を殺すように生きていた。


 ――ああ、腹が立つ。


 なんでよりによって、この男が俺たちの父親なのか。


 だが、この男が父親でなければ、俺らもここに存在していなかったのだ。


 腹の中でひしめきあい、ぐちゃぐちゃになった感情を、これ以上自分の中に押し止めることはできなかった。


「あんた……なんで子供なんて作ったんだよ! そんなにその地位を譲りたくないなら、子供なんて最初から作らなけりゃよかったじゃねぇか!」


(兄さん……)


 ジーニアスの乾いた呟きに、胸の奥に痛みが走る。


 ――ごめん。ジーニアス……。


 弟の存在を否定されたことに怒りを覚える俺が、こんなことを言うなんて矛盾していると思う。

 でも、どうしても知りたかった。


 自分がここに存在する意味……この世に生まれてきた理由を。


「あんたは、最初から殺すつもりで俺らを産ませたのかよ⁉」


 その答えを知れば、ジーニアスまで傷つけることになるのかもしれない。

 それでも訊かずにはいられなかった。


 期待なんて微塵もしていないのに……。


 ふいに、聞こえていた喧騒が遠くなった。


 ガイゼンと護衛二人が俺を囲うようにして剣を構え、周囲の騎士たちと睨み合っている。


「愛せると思ったのだ」

「……え?」


 呟くように返ってきた答えは、想像だにしないものだった。


 目を瞬かせる俺から視線を外し、皇帝は俺の後方を見る。


「誰かを愛したことのない人間でさえ、親になれば子を愛するようになる。それを目の当たりにしたのだ」


 皇帝の視線の先にはアレクシアがいた。


「血を分けた我が子であれば、私にも愛せると思った」

「……!」


 ぎゅっと胸がきつく締め付けられ、目の奥が熱くなる。


 自分は意味もなく生まれてきたのではない。

 ちゃんと、望まれて生まれてきたのだと知って、たまらない気持ちになった。


 目を細める父親の眼差しが、どこか優しげな雰囲気を纏っているように見える。


「無垢な赤子は可愛いものであった。こちらが少しでも加減を間違えれば簡単に壊れてしまうほど、脆く儚いモノであるのに、私を前にして邪気のない笑みを見せるのだ。人間の取り繕った顔ばかりを長く目にしてきた私にとって、それは新鮮なモノであった。コレをもっと欲しいと思ったのだ」


 続けて告げられた言葉に、込み上げていた熱が一気に引いていく。


 言葉の節々に引っかかる違和感が、どこか薄気味悪かった。


「だが、可愛いと思えたのも、ほんの僅かな時間にすぎなかった。アレが自我を見せ始めた時から微塵も可愛いと思えなくなった。些細なことですぐ泣き喚き、訳が分からぬことで怒りを露わにする。そのくせ都合の良い時には愛想を振りまき、周囲を従わせようとする。なぜあのようになってしまったのか……。母親に原因があるやもしれぬと妃を変えてもみたが、結果は変わらなかった。それどころか……」


 そこで皇帝は何かに気付いたように顔を上げた。

 赤い瞳がジッと俺を見つめる。


「そうか……。思い出した。そなたがその時の息子であったか」

「……」


 ようやく俺のことを思い出したらしい父親に対して、もはや何の感情も湧かなかった。

 もしも名前で呼ばれていたら、少しは違ったかもしれない。


 すると、皇帝は小首を傾げた。


「ああ……そういえば、確かにいたな。そなたと時を同じくして生まれた片割れが。だが、アレを私は自分の息子とは認めておらぬ。皇族の証を持たぬ、ただの欠陥品ではなかったか」

「……! てめぇ!」


(兄さん、落ち着いて)


 憤る俺とは対照的に、ジーニアスの声は冷静さを保っている。


 だが、俺の勝手なエゴのせいで、こんな心無い暴言をジーニアスに聞かせてしまった。

 俺が余計なことをしたから、ジーニアスまで傷つけた。


 ――くそ! やっぱり訊くんじゃなかった……!


 なんで俺はいつも、考えなしに感情のまま突っ走ってしまうのか。

 昔から変わっていない、考え足らずな自分自身にも心底腹が立った。


 皇帝は俺を見下ろしながら冷ややかに笑う。


「そなたの言うように、最初から子供など作らなければよかった。そうしていれば、このような余計な手間を被る必要もなかったのだ」


 やれやれ……と、皇帝は疲れたように溜息を吐き出す。


 さすがに我慢の限界だ。


「なんだよ、それ……!」


 俺は腰に帯びた剣の柄を強く握りしめる。


(ごめん、兄さん。ちょっと替わってくれる?)


 ――……は?


気付いた時には、すでに俺の意識はジーニアスの内側へと追いやられていた。




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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読んでます! ダメ親父でよかった! 少しでも二人の兄弟がためらうような優しさ(愛情表現?)が見られたら、二人の決意が揺らぐかもと心配はしてた。 皇帝陛下は死なないと交代出来ないシステム…
ガイゼンはもちろん、護衛騎士さん達も強いのですね! 人に任せるのも上に立つ者の度量と思います 突っ走って突破口を開く勇兄! 分析して熟慮して頭脳で戦う賢弟! 皇帝に一泡吹かせてほしい!!! o(*≧∇…
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