18.再会
sideルディオスとなります
(タイトルでのネタバレ防止のため)
俺がジーニアスの体を使うのは、多分一ヶ月ぶりくらいだ。
ブランクが心配ではあったが、思っていたよりも全然動ける。
むしろ以前よりも体が軽いくらいだ。
――ジーニアスの努力の賜物だな。
運動神経が死ぬほど悪いくせに、ジーニアスは少しでも戦えるよう、短い期間ではあったが剣術の習得に勤しんでいた。
そのかいもあって、ジーニアスの剣の腕は格段に上達した。
さすがに騎士と同等とまではいかないものの、一度でも騎士の攻撃を防げただけでも十分な成果だ。
本当に、ジーニアスは変わった。
俺の背中を頼りに、後ろを付いて歩くことしかできなかった弟は、今はもう、自分の足で目指すべき道を歩けるようになった。
たとえ俺の姿が見えなくとも、迷わずに進んでいけるはずだ。
そんな弟の成長を嬉しく思う反面、少しばかり寂しさを覚える。
自分から弟を突き放したくせに、俺の方こそ弟離れできていなかったようだ。
(ごめん、兄さん。結局、兄さんに頼ることになっちゃって……)
すっかり意気消沈している弟の声に、思わず笑みが零れる。
気落ちしているジーニアスには悪いが、兄としては、ここぞというところで弟に頼られて悪い気はしない。
「ま、この状況じゃ仕方ねぇだろ。お前はよくやったよ」
(……!)
ジーニアスが息を呑む気配がした。
自分の努力を認めてもらう嬉しさは、俺にもよく分かる。
圧し潰されそうなほどの重圧に耐え、困難に立ち向かう努力を惜しまなかったからこそ、その言葉に救われることも。
「ここからは兄貴に任せな」
肩をぐるりと回しながら、ジーニアスには見えていないだろうが、得意げに笑ってやった。
剣を握り直すと、まずは護衛が交戦中の相手に奇襲を仕掛ける。
突然の横やりを受け、騎士は咄嗟に俺の攻撃を防いだ。
が、背後からの護衛の一撃により、騎士はあっさりと崩れ落ちる。
(兄さん! 右からもくるよ!)
頭の中でジーニアスの声が響く。
視界の端に捉えていた騎士のことだ。
「分かってる!」
相手の攻撃を弾くと同時に、剣の柄で頭部に目掛けて強烈な一撃をお見舞いする。
騎士は一瞬動きが止まり、間もなくして白目を剥きながら床に突っ伏した。
(兄さん! 左からも)
「分かってるっつーの!」
身を翻して攻撃を躱すと、横から飛び出してきた護衛が相手の顔面を掴み上げ、その勢いのまま床へと叩きつけた。
(兄さ――)
「だあーーーーもおーーーー! さっきからうっせぇなぁ! 分かってるっつってんだから、少しは黙れ!」
俺の叫び声に、ギョッとした顔で護衛が俺を見る。
俺はさりげなく目を逸らすことで気まずい空気から回避した。
ジーニアスなりに、少しでも俺の役に立とうとしてくれているのは有難いが、戦闘に慣れている俺は、視界に映る人間の動き全てに神経をとがらせている。
だからいちいち頭の中で叫ばれると気が散って逆に危ない。
(…………ごめん)
沈みきったジーニアスの声に、さすがに言い過ぎたかと反省したのも束の間。
再びジーニアスの叫び声が上がる。
(兄さん! 危ない!)
「だから――」
俺に向かってくる斬撃に対処しようとした時、急に意識が後ろへと引っ張られる。
――は……?
「え?」
突如として発生した入れ替わりに、ジーニアスの口から間の抜けた声が漏れた。
――まずい!
すぐさまジーニアスから身体の主導権を奪い返すも、とても間に合わない。
どうにか致命傷は避けようと体を捻ろうとした時、ギリギリのところで護衛が相手を突き飛ばし、目前まで迫っていた剣先が視界から消えた。
「あ…………っぶねえなぁ! いきなり前に出るんじゃねえよ!」
「え……? あ……も、申し訳ありません!」
俺を守った護衛が俺の方に向き直り、出過ぎた真似をしました……と頭を下げる。
「いや、ちげえよ! 今のはあんたに言ったわけじゃなくて……あーもーめんどくせぇなぁ!」
(ごめん……兄さん……)
猛省するようにジーニアスが言う。
膝を抱えて落ち込む姿が目に浮かぶようだ。
当然、ジーニアスに悪気がないのは分かっている。
体の自由が利かないうえに、この乱戦の真っ只中にいる状況だ。
目まぐるしく変わる状況に気が焦るのも無理はない。
だが、今のはさすがに死ぬかと思った……。
ガシガシと頭を掻きながら、俺は内側にいるジーニアスに話しかける。
「いいか、ジーニアス。よく聞け。お前の感情が昂ると、今みたいに勝手に入れ替わりが発生しちまうことがあんだよ。頼むから、今は俺を信用してしばらく大人しくしていてくれ」
(うん……。分かった)
そう素直に応じると、ジーニアスは自分の気配を消すように何も言わなくなった。
途端に頭の中が静かになる。
これでようやく戦闘に集中できそうだ。
俺は護衛と協力しながら前方の騎士を蹴散らし、少しずつ謁見の間を前進していく。
だが、皇帝のいる玉座へ辿り着くには、前方に控える何層にもなった騎士の鉄壁を崩さなければならないようだ。
たった二人の護衛と共にあの壁に突っ込むのはさすがに無謀すぎる。
「ルディオス」
突然、横から声を掛けられた。
言うまでもない。アレクシアだ。
「……よお」
なんとなく気まずくて、不自然に目が泳ぐ。
俺が最後にこの男と話をした時、俺は消えるからと、ジーニアスをこの男に託した。
まさに今生の別れを告げるようにだ。
それがまさか、またこんな風に顔を合わせることになるとは……。
――いったいどんな顔しろってんだよ……。
自分でやらかしたことなのに、内心では頭を抱えていた。
対するアレクシアは、相変わらずのすまし顔で俺を見ている。
その反応に、思わずムッとしてしまう。
「なんだよ……。あんた、驚かねぇのかよ」
俺が出てきたことに、アレクシアは全く驚いている様子はない。
少しは反応があるかと期待していた俺が馬鹿みたいだ。
「別に驚きはしない。どうせ隠れているだけだろうと思っていた」
「なっ……」
なんとなしに言われ、俺の方が驚きを隠せない。
アレクシアは悠然と俺を見下ろしながら、冷めた声で続けた。
「考えてみろ。ジーニアスがこの状況を乗り切れると思うか? 最初からお前が出てくることは見込んでいた」
「はあ⁉ じゃあもし俺が出てこなかったらどうするつもりだったんだよ!」
「実際、お前は出てきただろう。今更出てこなかった場合を想定しても意味はない」
「答えになってねぇよ!」
(兄さん……文句を言いたいのは分かるけど、この人には何を言っても無駄だと思うよ……)
ジーニアスが諦めたように俺を宥める。
釈然としないが、ジーニアスの言う通りだ。
「てめぇ……覚えとけよ……」
俺がアレクシアを睨んでいると、その背中からマリエーヌさんがひょっこりと顔を覗かせた。
「おかえりなさい、ルディオス君。また会えて嬉しいわ」
心底嬉しそうに笑いかけられて、それまでのモヤモヤが一瞬で吹き飛んだ。
咄嗟に何か返そうと口を開くも、言葉が詰まった。
おかえりと言われても、俺はずっとジーニアスの中にいたわけで、どこか遠くへ行って戻ってきたわけじゃない。
どう返事をするべきかと悩んだ挙句、
「……ただいま」
それしか思い浮かばなかった。
『ただいま』なんて、母さん以外に言ったことはない。
なんとなく面映ゆくて頬が熱くなる。
……が、その熱を冷ますような冷気が漂ってきた。
見れば、アレクシアが冷ややかな目で俺を睨んでいた。なんでだよ。
理不尽なモヤモヤを抱えつつも、俺もアレクシアを睨み返す。
「で……あんたが俺のところへ来たってことは、何か策があんのか?」
和やかなムードに絆されつつあったが、気が抜けない状況なのには変わりない。
俺の護衛は今もなお戦闘中だ。
アレクシアは視線を走らせ「ガイゼン」と、近くで戦っていたマリエーヌさんの護衛騎士を呼んだ。
ガイゼンは相手をしていた騎士を速やかに倒すと、こちらへやってくる。
「ルディオス。ガイゼンをお前の護衛に加える。それで壇上まで強行突破しろ」
「……まじかよ」
何か策があるのかと思いきや、騎士の鉄壁をゴリ押しで通り抜けろと言われてげんなりとする。
「敵の攻撃はガイゼンとお前の護衛で防ぐ。お前は前へ進むことだけに集中すればいい」
俺を守るようにして前に立ったガイゼンは、こちらへ向かってくる敵の攻撃を防ぎながら静かに頷いた。
器用に両手の剣を操りながら複数の敵の攻撃を簡単にあしらっている。
あれだけの敵を相手にしながら、息の一つも乱れていない。
確かに、この男が守ってくれるのならこれほど心強いものはない。
「いいのかよ? マリエーヌさんの護衛騎士だろ?」
「マリエーヌは僕が必ず守る。それに、マリエーヌにとってはお前も大切な人間の一人だ。マリエーヌの護衛騎士がお前を守るのは当然だ」
大切な人間――そんな風に言われて、胸がほのかに熱くなる。
アレクシアにぴったりと寄り添うマリエーヌさんが、俺を見て微笑んだ。
よくよく考えれば、俺はずっとジーニアスを守る側だったから、自分が守られる側になるのは初めてだ。
目の奥がツンと痛んだ。
俺は大切にされている。
自分は守られるべき人間なのだと。
そう思うと泣きそうになった。
「今度は絶対に護衛から離れるなよ」
密かに感極まっていたところに横やりを入れられた。
目に滲んだ薄い膜を誤魔化すように、俺は鼻で笑い飛ばした。
「ジーニアスと同じヘマはしねぇよ」
(……ごめんなさい……)
か細く消えてしまいそうな声が、耳の奥で微かに聞こえた。




